第2話 二人の兄、レオニダスとガイダス
広いエントランスホールに、執事やメイドたちが並んでいた。
「お帰りなさいませ、ゼオルタス様」
大執事レーノが首を垂れると、ほかの執事やメイドも一斉に頭を下げた。
「皆、留守中ご苦労だったな」
迎えられた男はそう、声を掛けた。
この屋敷の当主、ゼオルタス・ガストレットである。
「変わりはなかったか、レーノ?」
「はい、ゼオルタス様」
レーノは応じつつも、慣れた手つきでゼオルタスより荷物を受け取った。
「「お父様!」」
突然、二人の男の子が飛び出してくる。
彼の息子たちである。
「おおっ! 元気にしていたか、レオニダス、ガイダス! 我が息子らよ!」
膝を着くと、ゼオルタスは息子たちを抱きしめた。
ガストレット家三兄弟の長男、レオニダスは十二歳、次男のガイダスは十歳になる。
「貴方、お帰りなさい」
「イラハルテ、留守をありがとう」
「いえ、お疲れ様でした」
立ち上がると、今度は妻のイラハルテと抱擁を交わした。
ゼオルタスは王宮での執務のために、長期間屋敷を空けることも少なくない。
今日も、数カ月ぶりの帰宅だった。
「領地に問題はなかったかい」
「ええ、特には」
「うむ、そうか」
この屋敷は王都の外れにあり、ガストレット家はその領地を任されている。
イラハルテも同じく公爵家の出身で、今では子どもたちを見守りながら、ゼオルタスが不在の際は領地経営を担っていた。
「夕食の準備が出来ていますが、どうなされますか?」と、レーノが尋ねる。
「折角だ、温かいうちにみんなで頂くとしようか」
「やった! 俺はもう、腹ペコで死にそうだったんです!」
ガイダスが腹を抱えて眉を寄せた。
「まったく、食い意地が張っているな、ガイダスは」
やれやれと兄のレオニダスが首を横に振る。
二人の様子を見て、ゼオルタスとイラハルテはくすりと笑い合った。
「兄さんだって、今日の夕食は楽しみだって言っていたくせに……」
ガイダスが不満げに言うと、兄は肩を竦めてみせた。
「それはそうさ。なんたって今日は、お母様特製の【一角羊】の仔羊肉のローストが頂けるのだから」
「ほう、それは楽しみだね」
妻の腰に手を回すと、ゼオルタスはお道化たように目を丸くした。
「お口に合うと良いですが……」
「君の料理はどれも好きだよ」
妻をエスコートしつつ、階段を上がって行く。
その後ろを、レオニダスとガイダスも駆け上がった。
「ああ、そうだ」
ゼオルタスは立ち止ると、レーノを見やった。
「パーシヴァルとローマンも呼んできてくれないか?」
「かしこまりました」
レーノが恭しく頭を下げた。
その夜、ガストレット公爵家のダイニングルームには、普段よりも豪華な食事が並んでいた。
「お父様、聞いてくださいよ!」
食事が始まるとすぐにレオニダスの声が部屋に響いた。
席に着いた皆が、顔を上げる。
「どうした、レオニダス」
「私はこの前の定期テストでトップになりました」
「ほう!」
貴族の子息たちは十~十五歳まで六年間、王立の学園に通うのが通例になっている。そこで貴族としてのさまざまな教養を学ぶのだ。
「凄いじゃないか、もうこれで何度目だ?」
「四度目ですよ、お父様! 私にかかれば、大したことではありませんがね」
そう言いつつ誇らしげな様子のレオニダスを見て、母のイラハルテはくすりと笑った。
「ふふ、はやく貴方に報告したいとずっと言っていたんですよ」
「俺だって負けてませんよ、お父様!」
今度はガイダスが身を乗り出す。
「ガイダスはどんな話を聞かせてくれるんだ?」
「俺は入学以来、模擬戦で一度も負けたことが無いんです!」
ガイダスはそう言うと胸を張った。
「それは頼もしいな!」
ゼオルタスも唸る。
「学園に入学したばかりだと言うのに、頑張っているじゃないか、偉いぞ!」
父に褒められて、ガイダスは笑顔の花を咲かせた。
「けれど困ったこともあるんですよ」
「ほう、なにかな?」
「同じ学年ではもう、満足いく相手が見つからないんです……」
肩を落として溜息を漏らす。
それを見て、また周囲は笑った。
「この前は上級生とやりあっていたよな、私も見ていたよ」
レオニダスがそう言うと、ガイダスは深刻な顔をして頷くのだった。
「みんな、弱くてさ。弱い奴と戦ってると、なんだか弱い者いじめをしている気分になるからね……」
溜息を漏らす。
「弱い者いじめは、騎士のすることではない。ですよね? お父様、パーシヴァル?」
ガイダスは父と向かいに座る男を見やった。
赤い巻き髪の体格の良い男である。年齢は四十手前だが、歳よりもとても若く見える。
「然様でございます、ガイダス様」
パーシヴァルは優し気に頷いた。
ガストレット家とその領地を守る近衛騎士であり、彼はその騎士団長を務めている。
魔族との戦の経験もある
「騎士は弱きを助け、強きを挫く存在にございますから」
パーシヴァルからそう言われると、ガイダスは自信満々に鼻息を漏らすのだった。
それを見ていた、兄のレオニダスが思わず口を尖らせる。
「だがね、ガイダス。貴族は剣だけがすべてじゃないんだからな」
弟を窘める。
「歴史学に経済学に政治学……、あらゆる学問を修め教養を身に着けてこそ、一人前の貴族なんだぞ?」
「分かってるさ」
ガイダスはやや不満そうに返した。
「けれど、貴族は領地を他国や魔族から守る必要があるからね、まずは強くなくっちゃならないよ?」
「そんなことは私だって、分かっている」
弟を見やり、レオニダスが片方の眉を吊り上げる。
「私は魔法の成績だってトップクラスなんだ。【ファイアボール】も習得済みなんだぞ」
「嘘だぁ!!」
思わずガイダスが大声を上げた。
同時に、配膳のために控えていた執事やメイドたちも、思わずその手を止めてレオニダスを見やった。
ここにいる執事やメイドもそれなりの身分であり知識や教養を兼ね備えている。だからこそ、十二歳の少年が【ファイアボール】を習得することがどれほどのことなのか、理解しているのだ。
「本当なのか、レオニダスよ!?」
「本当なの!?」
父と母も、同時に問いかける。
他の者たちも、言葉は発さないものの、その目をレオニダスに向けていた。
その顔は一様に皆、驚いている。
「そんなに驚くことでしょうか?」
その様子が可笑しかったのか、レオニダスは肩を竦めて笑った。
「当たり前だ。何故なら属性魔法は本来、上級生になって学ぶ術式なのだからね」
ゼオルタスは息子に言った。
「十二歳の君がそれを習得するなんて、あり得ないことだ──」
彼はその顔を、パーシヴァルの横に座る老婆へと向けた。
薄紫色の長い髪の老婆である。彼女はゆったりとした白いローブを纏っていた。
「だろう、ローマンよ?」
ゼオルタスがローマンに問いかける。
ローマンは王宮にて魔法使いを長年務め、あらゆる魔法術式に長けていた。パーシヴァル同様、今は子どもたちに魔法を教える
「ローマン?」
「え、えぇ……」
そんなローマンだが、周囲とは驚きのタイミングが一瞬遅れていた。
魔法使いのローマンならば、レオニダスがどれほど凄いかは理解しているはず、なのにである。
「まったく信じられないことでございます。レオニダス坊ちゃまの才能には、驚かされるばかりです」
胸に手を当てると、恭しく首を垂れる。
「やれやれ、属性魔法の初歩とは言え、【ファイアボール】まで習得されていたとはな……」
パーシヴァルも首を横に振った。呆れたように溜息を吐く。
「ですが意地悪ですよ、レオニダス坊ちゃまは……」
「どうしてだい、ローマン」
「だってそうでしょう? 魔法指南役のこのローマンめに教えて下さらないとは」
「あはは、ごめんよ」
レオニダスは肩を竦めた。
「お父様やお母様、みんなを驚かせたくてね、言うのを我慢していたんだ」
「まぁ、この子ったら……!」
母のイラハルテが笑う。
同時にメイドや執事たちも彼の言い振りに皆笑った。
ただ一人の少年を除いて。
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