第78話 マンタ、速攻撃破

 綱引きに参加する選手たちが、グラウンドに入場していく。


「マジかよ……」

「おいおい、嘘だろ」


 ノースのメンバーが入場すると、生徒たちがざわつきはじめた。


 驚きと、戸惑い──それはテントにいる大人たちも同じだった。


 ノースの顔ぶれを見て、誰しもが訝し気にしている。


「ノース軍、ほとんど女子じゃねぇか」

「それに見てみろよ? 混じってる男もひょろくて弱そうな奴らばっかだ」

「パワー系の種目で、何考えてんだ、アイツら?」

「玉入れの二位はだったか……」


 東西及び南軍の生徒たちは皆、呆れていた。


 それもそのはず一目瞭然──ノース軍だけ、圧倒的に女子が多いのだ。


 比率は七割強を女子選手で構成している。残る三割の男子もスポーツ経験の少ない者がほとんどだった。


 俺も含めてだが。


 対して、ほかの三軍は六割前後を男子で固めているようだ。


「それではぁ、ただいまよりぃ、綱引きを開始します!」


 そう言うと、放送部はルール説明をはじめた。


 綱引きはトーナメント方式で順位を決める。


 事前の抽選で、一回戦一試合目は、俺たちノース軍 対 イースト軍だ。


 二試合目で西ウエスト軍 対 サウス軍が戦う。


 その後、負けた者どうしで三位決定戦をおこない、最後に勝った二軍で優勝を争う流れだ。


「おっと、さっきはどぉ~も♡」


 イースト軍から、誰かが声を掛けてきた。


 現れたのは、マンタだった。


「綱引きに女子ばっかり参加させるなんて、何を考えてるんだ……」


 そう言うと、ノースの陣地を恨めしそうに睨んだ。


「不良たちって本当に、脳ミソお猿さんみたいだね?」


 何故かノース軍の女子たちにウインクを送る。


「あんなのが団長で、みんな大変でしょ? 苦労したんじゃない?」


 僕はむしろ君たちの味方だ、とでも言わんばかりにをして困り笑いをこちらに向けた。


「全然、そんなことないです」と一年生が返す。


 ほかの女子たちもそれに同調した。


「そうそう、団長さん良い人だよね」

「団長さんの事、悪く言わないでください」

「それに私たち、勝ちに来てるから」


 最後にそう言ったのは、三年の高塚香織だった。


「ふふ、やれやれ……」


 女子たちにそう言われると、マンタは困ったように首を横に振った。


「怖がらなくても平気だから」


 ノースの陣地をまたチラ見すると、何故か小声になる。


「ここでは本音で喋っちゃいなよ!?」


 女子たちに擦り寄ると、口元を隠しながら笑った。


 もう一度、ウインクを飛ばす。


 近くの女子たちが苦い顔をした。


「暴力的で怖かったでしょ? 不良たちに脅されて、変なこととかされてない? そう言うの、全部僕に言っていいからね?」


 マンタは彼女たちにそう言った。


「僕が守ってあげる。僕ならPTAの力を使って、あんな不良、どうとでも出来るんだからさ」


 そしてダメ押しの、三度目ウインク飛ばしである。


「ありがと」と返したのは同じ二年の桜葉だった。


「けど、有難迷惑だよ」


 すぐにはっきりと言い切った。


 近くにいた同じ二年の女子も同意するように首を縦に振る。


「なんか勘違いしてるみたいだけどさ、うちの団長はそんな人間性ひとじゃないから」


 桜葉がそう言うと、松本さんも口をきゅっと結んだまま頷いた。


 ここでやっと、ノースの女子たちから軽蔑の眼差しを向けられていることに、マンタも気が付いたようだ。


 マンタの顔から、笑顔が消える。


「ふーん」


 今度は、不貞腐れたような顔になった。


 どうせ不良のことだから女子たちを乱暴に扱っているに違いない。


 自分はそんな彼女たちのヒーローで、不良たちから守ることが出来るのだ。


 そんな自分のことを、女子たちは好意を持って受け入れてくれる……、とでも考えていたらしい。


 だがその当ては、外れた。


 自分の期待していた展開、女子生徒の反応と違ったのが不満な様子である。


 マンタは目を細め、意味ありげに横目でノースの女子たちを睨んだ。


「な、なによ……?」


 そう言われても、無言で睨んだままだ。


「そこ! ちゃんと整列しなさい!」


 先生からそう言われると、ムスッとしたまま、彼は自陣に戻っていった。


「それではこれより、綱引き一試合目を始めます!」


 審判役の教師が、笛を吹き鳴らす。


 俺たちノース軍とマンタらイースト軍は二手に分かれ、綱の両サイドに並んだ。


 綱を握り、位置につく。


 前列にいるイーストの三年男子が、ちらとこちらを見やった。


 横にいるマンタに言う。


「一回戦は余裕だな」

「ですね」


 マンタはノースの女子たちを掬い見て即答した。


「軽く捻り潰して決勝に進みましょう」

「おう。みんなも、いいか?」


 三年が後ろの連中を見やる。


「力を温存して決勝に備えるぞ!」

「おう!」

「随分な言い方ね」


 高塚が思わず口を挟む。


「私たちも負けるつもりは──」


 その言葉が終わる前に、マンタが先輩を押しのけて先頭に立つ。


 急に綱を引っ張った。


 先ほどのが、余ほど悔しかったらしい。


 口を尖らせ、顔を真っ赤にしている。


 本番さながらに全力を出し、たった一人で綱を右に左に振り回す。


 同じイーストの連中もその豹変ぶりに驚いている様子だ。


「うわっ!?」

「ちょ……!」


 最前列の女子たちが引っ張られ、前のめりに倒れそうになる。


「ホラホラ、まだ引っ張っちゃダメだから」


 教師が注意する。


 力を緩めたマンタは、驚く女子たちを見下すように見ていた。肩で息しながら。


 力を誇示し、満足したように短く息を吐いた。


 教師が綱の中央に結ばれた紅白紐を、白いラインの真上に戻す。


 あれが中央線である。


 その前後五メートルほどの位置にもラインが引かれており、紅白紐をそのラインを超えて自陣に引き入れた瞬間に勝敗が決する。


「痛かったぁ」

「大丈夫?」

「急に引っ張るんだもん……」


 一年生たちが不安そうにしていた。


「恐れる必要はない」


 俺は皆に向かって言った。


 女子たちが後ろにいる俺に顔を向ける。


「どうやら相手は綱引きをパワー系の種目だと勘違いしてくれているらしいな。良いアドバンテージじゃないか」


 そう言って笑う。


「いつも通りにやれば、なんてことはない。そうだろ?」


 皆の顔を眺めると、女子たちだけでなく男子も安心した様子だった。


「フラッグが降りた瞬間に、仕掛けるぞ」

「うん!」

「わかってる!」

「よし、やるぞ!」


 それぞれ身体をほぐすようにジャンプしたり、大きく深呼吸しながら肩を揺らす。


「みんなで勝とう。まずはこの勝利を団長にプレゼントしようじゃないか」


 俺がそう言うと、皆は力強く頷いてみせた。


 俺たちは学校の練習以外でも集まり、競技練習をやってきた。


 コングの熱意の賜物である。


 半ば強引に参加させたりもしていたが、最初は消極的だったり嫌がっていた連中も、気がつけば本気で取り組むようになっていた。


 だが、すべての種目を万遍なくおこなうことは時間的にも無理がある。


 第一、である。


 だから高得点を狙える種目に的を絞った練習をしてきたのだ。


 綱引きも、その一つだった。


 優勝を手にするための戦術と戦略は、主に俺が考えた。


 各人の身体能力ステータスや得意種目などからメンバーを構成している。


 綱引きもそうだ。


 では何故、女子や体格に恵まれていない男子で選手を構成したのか?


 一言で言えば、綱引きは腕力主体ではないからだ。


 正確に言えば、腕力以外の要素が勝敗を大きく左右する種目なのだ。


 綱引きを力学的に分析すると、張力の差が勝敗を分ける。


 張力が拮抗していると綱は動かないし、一方の張力が大きくなると、自陣に綱を引っ張り込むことが出来るわけだ。


 その張力を腕力によって生み出すのは、愚の骨頂である。


 腕力だけに頼っていては、時間経過とともにその出力は落ちる。さらに一度、綱を緩ませると張力はゼロになり、その隙に反撃のチャンスを与えかねない。


 だから俺たちは腕力ではなく質量──つまり体重を使うトレーニングをしてきた。そして如何に張力を保ち続けられるかも大きなポイントになってくる。


 常に摺り足で、決して地面から足を浮かせずに、摩擦係数を高く保ち続けるのだ。体重のすべてを恐れることなく綱に預けることが勝利の鍵である。


 つまるところ、単純な物理だ。


 後はそれを、再現するのみ。


 ピッ!!


 教師が鋭く笛を吹き鳴らすと、グラウンドが静まった。


 フラッグが高く掲げられる。


 笛を咥えたまま、教師が息を吸い込む。


 胸部が僅かに膨らんだ。


 バ──!


 笛とほぼ同時にフラッグが勢いよく振り下ろされる。


 その瞬間に、俺たちは腰が砕けたように尻を沈ませた。


 全員が一気に、綱に自重を預け、後頭部から後ろに倒れ込む。


 グンッッ!!!!


 先ほどまで余裕だったイーストの連中がギョッとした。


「!?」

「!!」


 声さえ出せず、イースト軍全体が、勢いよく前に引っ張られていく。


「っ!!」

「ぐわっ!?」


 前の男子たちは抵抗しようと藻掻いているが、無駄である。


 完全に身体が浮いていた。


 最前列の高塚は、それを見逃さなかった。


「せ──のっ!」


 司令塔の彼女の一声で、俺たちは重心を低くしたまま、更に後方へ倒れ込んだ。


「っう゛!!」


 マンタも負けじと、顔が変色する程に力んで抵抗しているが、無駄である。


 ズルズルズル────ッ!!


 引き摺られると、派手に地面に倒れ込んだ。


 ずざざざざ────っっ!!


「いっ、痛いっ! 膝がっ!! やめっ!? ぐわぁ──っ!!!!」


 身体のあちこちを擦り剥きながら、何メートルも引き摺られていく。


「……!?!?」


 一瞬で、勝負は着いた。


 中心に結ばれた紅白紐がラインを割り、大幅にノース軍側に引き込まれている。


 勝敗を決める教師をはじめ、見守っていた周囲のすべての人たちは、唖然としていた。


 何が起こったのか整理できていないらしい。


「痛っでぇ!! 手っ、手が! 手が焼けたじゃないかっ!! 糞がっ!! 畜生っ!!」


 倒れたまま顔を歪め、マンタが悪態をついている。


「っ痛テテ!」

「な、なにが起こったの?」


 イースト軍のほかの選手たちも呆然として俺たちを見やっていた。


 俺はそれを一瞥して、教師に問いかける。


「早く勝敗を決めたらどうだ?」

「……あ」


 審判が我に返る。


 バッ!!


 フラッグをノースの方に高々と掲げた。


「いっ、一試合目の勝者、ノース軍っ!!」


 その瞬間に歓声が起こった。


「やった! 勝ったよ、雫!」

「うん!」


 松本さんが桜葉とハイタッチを交わしている。


 初勝利を手にし、ほかのノースの選手たちも嬉しそうだった。


 たった一回の勝利だが、十年以上負け続けてきたこのチームの皆にとってはかなりの自信に繋がったようだ。




 続いて一回戦二試合目、ウエスト軍VSサウス軍は、サウス軍が圧倒的な強さで勝利した。


 やはり常勝軍団だけあって、高得点のプログラムはきっちりと押さえてきているな。


 俺はサウス軍の陣地を見やった。


 アルベスタが生徒たちに交じって声援を送っている。


 あいつが綱引きに出張ってこなかったのは、少々意外だった。


 俺と目が合うとにこりと微笑んだ。


 どこか不気味だ。


 ピピ──ッ!!!!


「三位決定戦、勝者、ウエスト軍!!」


 いよいよ決勝である。

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