第75話 体育祭、開幕
十一月に入ると、体育祭の練習が本格化した。
本番は第二日曜日である。
行進や開会式の全体練習、各プログラムの個別練習に応援練習などなど……、慌ただしい日々は、瞬く間に過ぎていった。
そしてここ数日は、授業もなく、朝と帰りのホームルームが終わるとすぐに、生徒たちは各軍に分かれていく。
それぞれの軍が拠点としている場所に移動するためだ。
今日は金曜日──本番前の最後の練習がおこなわれていた。それが終わると、夕方まで体育祭の準備をして解散となった。
その左右には、俺たち各学年の団長と副団長、応援団長と副団長も並んでいる。
「絶対に優勝すんぞ!!」
団長のコングが短く、そう言った。
「……」
「……って、そんだけ!?」
一瞬沈黙が流れた後、生徒の一人が思わずツッコんだ。
「今日が最後なんだぜ? もっと気合入れろよな」
同じ不良仲間である。
冷やかすようにコングに言った。
「今さら、あーだこーだ言わなくても、お前らもう分ってんだろ?」とコングは返す。
「ダラダラ喋んのは苦手なんだよ」
面倒くさそうに、鼻で息を吐いた。
「いやいや、団長なんだからさ。もうちょっと何か頂戴よ?」
「そうだよ、コングくん。これじゃあ締まらないよ?」
そう言ったのは、一、二年生たちである。
番長と言う肩書きやその見た目から、最初は怖がられ嫌厭されがちのコングだったが、体育祭の練習を通して、今ではすっかり打ち解けている。
下級生にまで冷やかされ、コングは苦い顔をした。
耳を穿りながら横を向く。
「……ったく。弱ったな」
そう言うと、黙ってしまった。
何と言っていいか分からないらしい。
「いつもの集会だと思ってやれば良い」
隣で見ていた俺は助け舟を出した。
「いつもの?」
「ああ。いつもお前たちが体育館裏でやってる集会だよ」
俺は頷く。
「決戦の前などに、お前はトールたちにどんな言葉を掛けているのだ? それをただ、ここにいる仲間に言えば良い」
コングを見て、にやりと笑う。
「ここは大事なところだぞ? なんせ、本番前の最後の集会だからな。士気を高めるのも、団長の役目だ」
「そうだぜ、コング! いつもみてぇに発破を掛けてくれや!」
「団長! 僕らからも、よろしく頼みます!」
「あたしたち、仲間でしょ!?」
ノースの面々に言われ、コングは苦虫を嚙み潰したような顔で舌打ちする。
「仕方ねぇな……」
吐き捨てると、一歩前に出て後ろ手を組んだ。
「いいか、お前らっっ!!」
コングの声が教室中に響き渡る。
「喧嘩で一番大事なのはココなんだぜ!?」と自分の胸を強く叩いた。
「絶対に勝つっ
想像していたよりも真っ当と言うか、随分青臭いことを言うじゃないか。
俺は内心、微笑ましく思った。
「どんなことが起きても、絶対に勝つっ言う意志だけは持ち続けてろ!! 喧嘩じゃあ、心の折れた奴から潰されてくからなっ!!」
そう言うと、目の前の生徒らを見渡した。
「自分たちが逆の立場ならと考えてみろ!?
何人かがそれに笑いながら頷く。
そいつらをちらと、コングは睨んだ。
「誰のこと言ってるか分かってんだろうな!! ここにいる、オメェたちのこと言ってんだぞっ!!」
ひときわ大きく叫んだ。
空気がピリつく。
「……ま、一昔前の、だがよ」
だがコングは声のトーンを落として、すぐにそう切り返した。
真顔のまま、黙って一人一人の顔を見ていく。
「今は、違う。そうだろ?」
大袈裟に喚かず、低い声で静かに言った。
皆の表情が、変わる。誰からともなく頷いていた。
「俺たちは、負け犬か? そうじゃねぇだろ?」
コングが問いかける。
「今度の体育祭、俺たちは絶対に優勝する。だが、この喧嘩は一人や二人が本気になったって駄目なんだ。ここに居る全員が、本気出してこそ勝てる。だから全員、気合入れろよ、いいかっ!!」
「は、はイぃっ!」
眼鏡をかけた真面目そうな女子生徒が、声を裏返しながらそう返した。
「よ、よっしゃあ! 僕らもやるぞぉ」と男子生徒も拳を上げる。
「その意気だ!! 十年以上続いた負のジンクス、俺たちの手で断ち切んぞ!! いいなっ!!!!」
最後にコングはそう言った。
「っしゃ──っ!! いっちょやろうじゃねぇか、みんなっ!!」
不良生徒が机の上に登る。
「おーっ!!」
「勝つぞーっ!」
「私も負けませんっ!」
生徒たちも声を上げた。
まずまずの士気じゃないか。
それを見ながらそう思った。
土曜日の夜、リビングで寛いでいるとスマホが鳴った。
──いよいよ、明日だね!
松本さんからだった。
「おっ、まさかカノジョか!? カノジョなのか!?」
返事を返していると、風呂上がりの姉、千夏がスマホを覗き込んでくる。
「止めなさい、お姉ちゃん」と母さんが軽く窘める。
と言いつつ母さんも興味津々と言った感じの視線を送ってきた。
「体育祭のことだよ」と誤魔化す。
二人を見て、溜息交じりに俺は返した。
「な~んだ」と二人はつまらなそうだ。
まあ、嘘でもない。
実はノース軍の団長と副団長、応援団らでライングループを作っていたのだ。
成り行きで、俺は松本さんとも連絡先を交換していた。
──実はわたし、昨日からちょっと緊張してます
そう返って来たので、あえて体育祭の話題はせず、それ以外の話をした。
「しかし、アンタが体育祭で団長やるとはねぇ……」
髪を拭きながら千夏はそう言った。
確かに意外だろうな。
体育祭の団長になったり、不良たちと仲良くなったり、好きな相手と連絡先を交換したり……前の人生では考えられないことばかりだ。
──なんか、ちょっと緊張ほぐれたかも
アリガトウ!
少しの間やりとりをした後、そう送られてきた。
──なら良かった
おやすみ
──うん、おやすみ!
ややあって、【明日はがんばるぞ!】のスタンプが送られてきた。
俺も、そろそろ寝るか。
二階の自室に戻る。
俺はと言うと、特段、緊張はしていなかった。
体育祭は学生たちが日頃の体育などの成果を各競技を通して発表したり、身体能力の向上を狙いとしておこなわれるものらしい。
あとは、自発的な活動の意義や、集団行動における人間関係の構築などであろうか。
よって、特定の者たちだけに偏らないように、参加できる回数も制限が加えられている。
全員参加に意義があるって訳だ。
コングも言っていた通り、誰か一人が強ければどうにかなる問題でもない。
ノース軍の生徒たちがどれくらいやれるのかにかかっているので、俺がやるべきことはそう多くはない。
懸念すべき要素があるとすれば、アルベスタの存在だろうか。血迷って戦姫神の能力を解放などしなければ、問題は無いのだが……。
そして、体育祭当日を迎えた。
生徒たちの親や兄弟姉妹が応援に駆けつけている。
俺たちが設置したテントの中には、地元の自治会長やらPTAに議員なども顔を揃えていた。
開会式が終わると、最初は応援団を筆頭にした各軍のエールの送り合いがおこなわれた。
ここから既に、プログラムは始まっている。
「次は、障害物競走です」
テントから放送係がアナウンスした。
「参加する皆さんは、集合場所に、集まってください」
選手が、自分の陣地から続々と出てくる。
俺たちノース軍の参加選手も準備を始めた。
「かましてこいよ、お前ら!」
「頑張れ!」
「行って来ますっ!」
だがその中に、不安げに俯いている女子生徒が一人いた。
声を裏返していたメガネっ娘である。
確か名前は、
「緊張しているの、佐々木さん?」
気づいた松本さんが声を掛けている。
「松本先輩……、やっぱりわたし、不安で」
弱気になっている様子だ。
「体育って苦手なんですよ。幼稚園の頃から、駆けっことか勝った試しがないし。実際に練習でも、ずっとビリだったし……」
涙目で松本さんを見上げている。
「なに、別にビリになっても構わないさ」
佐々木を見て、俺はそう声を掛けた。
二人も、周囲で聞いていた連中も、目を丸くした。
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