第73話 安本先生のお笑い教室
「クソがっ!!」
渡り廊下の自販機を、安本は怒りのままに蹴り上げた。
体育教師の剛谷に説教を喰らい、小道具の入れ歯フィギュアも没収されのだ。
「全部、
それは今日の事だけを言っているのではなかった。
ほんのこの前まで、三組は安本の場であった。
【お笑い】と言えば自分。【司会】と言えば自分、だったのだ。
生徒たちを捌き、話題を振り、回しに回していた。
空気は完全に自分のものだった。
安本はそう自負している。
だが、少し前からその地位は脅かされていた。
原因は分かっている。
【嘘コクドッキリ大作戦!】である。
芸人としてあのドッキリは必ず成功に導き、盛大に蓮人を冷やかし嘲笑するつもりだった。なのに、何もかもが上手くいかなかった。
そればかりか、ネタばらしでは急に突風が吹き荒れて、身体が宙に巻き上げられた。
そして顔面から地面に叩きつけられたのだ。
それで気を失ってしまった。
その様子があまりにも滑稽で、多くのクラスメイト達は彼の醜態をスマホに保存していた。
後にそれらの動画や画像を見せられ、安本は吠える。
「芸人として本望!!」
……と、口では強がっていたが、あれは笑わせていたのではなく、笑われていたのだ。
そしてこれを境にして、クラスメイト達からの風当たりは厳しくなった。
前までは多くの生徒たちが自分の言動に笑っていたのに、今では披露するギャグも悉くスベるようになった。
たとえドギツイ下ネタで女子たちからはドン引きされても、男子生徒はまだ笑っていたのだ。
そして司会をしても、クラスメイト達が自分の【回し】に抵抗するようになった。
統制が取れないのだ。
漂う、アウェー感。
すべての原因は、凡野蓮人だ。
なにかアイツの鼻っ柱を圧し折る秘策は無いものか。
そう考えて、安本は閃いた。
「そうだ! 今度のお笑いの舞台で……!」
一年の時はダメだったが、今年は体育館の舞台で十五分の枠をゲットすることに成功したのだ。
演目も、もう決まっている。
あそこにあいつを引き摺り出せれば……。
蓮人にもう二度と立ち直れないくらいの【ざまぁ】をお見舞いできる。
「よ~し、良い手を思いついたぞ!」
ニヤッと笑い、安本は手を揉み込んだ。
今度の舞台は、中学生芸人、安本にとっての【初舞台】でもある。
これから先に約束されたお笑いスターダム、そして日本一の司会者への第一歩なのだ。
彼には自分が大成功を収めるとともに、自分にとっての【初舞台】で盛大に【ざまぁ】され、心をぽっきりと折られる蓮人の姿がありありと想像できた。
「お前が調子に乗れんのも、来週の文化祭までだぜ? 暴力だけが喧嘩のやり方じゃねぇんだよ! オレの本領はしゃべりよ!」
自分の腕をパシッと叩く。
「話芸はオレの方が百万倍上手だからな。
兎に角、詰まらず途切れずに喋り続けること。
それは案外難しい。
口の上手さは脳の回転の速さである。
安本はそう考えていた。
口喧嘩だろうが口論だろうが議論だろうが、絶対に負けない自信があった。
時にはマシンガントークで捲し立て、時には鋭いパワーワードで意表を突き、相手を追い立て追い詰め押し込んでいくのだ。
『面白くないんだけど』
『つまんねぇし、笑えねぇ』
『笑ってやってただけだからな?』
不意に、先程のクラスメイト達の言葉を思い出す。
安本はブンブンと頭を強く振った。
脳からそんな言葉を追い出す。
「ふざけんな! オレはお笑い同好会、初代部長だぜ!?」
お笑い同好会を立ち上げたのは、何を隠そう安本本人だった。一年の時のことである。
現在、安本以外の部員は二年生が一名、一年生が三名である。
今も三年生は居らず、彼が部長を続けていた。
同好会と言っても、好きな芸人のDVDなどを持ち寄って鑑賞するくらいだ。あとは、互いに【すべらない話】をし合ってお笑い能力を高めるのだ。
月に一度、一番面白かった人間を投票で決めるのだが、栄えある【最優秀笑者】の称号を、六カ月連続で死守し、その記録は現在も更新し続けている。
お笑いの能力は日々、高まっていっている。
「そんなオレが、つまらない? 笑えないだぁ!? 舐めんなよっ!! 文化祭では学校中を大爆笑の渦に巻き込んでやる! んでもって、凡野にもついでに【ざまぁ】します!」
拳を突き上げる。
「伝説の始まりだっ!!」
そして文化祭の当日──
学園の敷地内には出店が並び、各教室も開放されて校内のあちこちで様々な出し物がおこなわれていた。
ホールでは書道部のパフォーマンス。和室では茶道部のお点前。美術部の作品展示などなど……。
だがやはり、一番盛り上がっているのはメイン会場である体育館の舞台だ。
午前中より、吹奏楽部やバンドのミニコンサート、演劇部のミュージカルなどの演目がおこなわれ、多くの客を楽しませていた。
そして午後一番、いよいよ安本が率いるお笑い同好会の演目が始まる。
「それではお昼最初の演目は、お笑い同好会の皆さんによるコント【バラエティ学園~安本先生のお笑い教室】です」
放送部員の言葉に合わせ、舞台の幕が上がっていく。
真っ暗だった舞台がライトアップされると、近くで見ていた生徒たちが思わず声を上げた。
実際の机と椅子が並び、教卓まで置いてある。
椅子には既に、四人の生徒たちが腰掛けていた。
奥の方には教室を思わせる書き割りのセットまである。
「意外と本格的だな」
「うん。けど、先生役が居ないね」
生徒たちが舞台を見上げると、書き割りセットのドアの奥から誰かが姿を現わした。
「よ~し! 授業、始めんでぇ~!!」
肩で風を切りながら、教卓の前に立つ。
安本だ。
昭和風の地味なオーバーサイズの背広姿である。
演目から察するに、彼が教師役なのだろうと客たちは思った。
「ほな今週も、安本先生と一緒に、楽しくお笑いについて学んでいこか~?」
最初からエセ関西弁もフルスロットルである。
安本はその後、生徒役の部員たちと会話劇を繰り広げ、彼らの話にツッコミを入れたり、話題を振ったりと、場を回していった。
さながらバラエティー番組の名司会者のようである。
「おおっと!? 忘れるところやった! それじゃあこの辺で、特別ゲストに登場してもらいましょうかね!」
安本が突然、そう言い放つ。
自分で手を叩き、パチパチと拍手する。
部員たちも一斉に手を叩いた。
「なんだ?」
「特別ゲスト?」
今後の演目が何か、パンフレットに目を落としていた生徒らが顔を上げる。
客たちは不審がった。
安本がおもむろに教卓の中から箱を取り出す。上の方に、丸い穴が開いている。
「皆さ~ん、ただお客はんとして座ってればいいと思ってるんとちゃいますぅ~?」
ニヤニヤと客たちを見渡す。
「この箱にはですねぇ、実は生徒の皆さんの名前が入ってるんですねぇ」
箱を揺すった。カサカサと音がする。
「名前を呼ばれた生徒は大人し~く舞台に上がってくるんですよ~? 選ばれた人には、みんなの前で、とびっきりの【すべらない話】してもらいますぅ」
その言葉に、生徒たちがざわつく。
「おいおい、マジかよ」
「は? 嫌なんですけど?」
安本はそんな客たちの反応を、眉毛をクイクイと上げながら眺める。
誰もがもしも自分が指名されたらと、一種の緊張感が芽生えた。
そんな緊張する客を舞台から見下ろし、安本は心の中で嗤った。
な~んてね。こん中に入っているのは全部白紙。蓋の側面に貼り付けてある一枚を除いてな。
手を箱に突っ込むと、貼り付けた一枚の紙片を摘まんだ。
「さぁて、誰かな誰かな~? べっぴんさんやったらエエけどなぁ~? でもそれやったら、僕ぅ、緊張してよぉ喋られへんわ」
などと言いつつ、「これやっ!」と手を引き抜いた。
摘まんでいた紙片を開く。
「おやっ!? おやおやっ!? これは……」
紙をみんなに見せつける。
「二年三組、凡野蓮人くん!!」と大声で叫ぶ。
「凡野蓮人くーん! 居るんやろぉ? 逃げんと観念して出ておいでぇ~?」
安本が心の中で呟く。
いきなり【すべらない話】なんてハードル上げられて、面白い話なんて出来っこねぇもんな。
この衆人環視の中で、五対一の状態で【しゃべり】で追い詰めて、いつものクールな顔を真っ青に引き攣らせてやるよ。
過呼吸になって白目剥いて泡吹いて倒れやがれっ!! 今度はお前に無様な醜態晒させてやるぜ!!
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