第71話 副団長

「えー……っと」


 最大の盛り上がりをみせるノース軍の生徒たち──そんな彼らを見て、教師が戸惑い気味に立ち上がった。


「本当に、みんなはこの二人で良いの?」


 生徒たちを見て問う。


 三年の団長がコング、二年の団長が俺で反対意見はないのか? そう聞いているのだ。


 学年を問わず、多くの生徒たちが頷く。


「良いっすよ」

「自分も!」

「ま、ぶっちゃけ誰もやりたがらねいしね」

「うん! それにこの二人なら、なんか今までにないことやってくれそうだし」


 そう言ったのは、学級委員の集まりで俺と面識のある三年の女子生徒だった。


「そうですよね」と一年生の女子も同意する。


「凡野先輩、学級委員としても頼もしいし、わたしたちも先輩が団長なら心強いです」

「だね」


 生徒たちの様子を見て、教師は納得したように首を縦に振った。


「なら、三年と二年の団長は吉見と凡野で決まりだな。よし、このままの流れで、ほかのリーダーも決めてしまおう!」


 司会進行の二人を見て言う。


 司会の二人は頷いた。


「それじゃあ、各学年に分かれてリーダーを決めてください!」


 生徒たちが腰を上げた──その時だった。


「あっ、あの──!」


 俺の真横から声が上がる。


 緊張しているのか、その声は少し硬かった。


「!」


 隣を見て、俺は驚いた。


 松本さんだったのだ。


 やや俯いたまま、照れたように顔を赤くして、真っ直ぐに手を上げていた。


 周囲の生徒たちも彼女を見て目を丸くしている。


「ど、どうしたの、あいな?」


 横に居る友人の桜葉も戸惑っているようだ。


「り、立候補する人が居ないのなら、わ、わたし、副団長やってみよーかなぁ、なんて……」

「えっ!?」


 俺は桜葉と共に思わず声を漏らしていた。


「ほう。やってくれるのか、松本?」


 教師が聞き返す。


「や、やってみたいですっ!」


 松本さんは緊張気味に頷いた。


「二年でほかに副団長やりたいって奴、居るか~?」


 教師の問いに、二年生たちが互いに顔を見合わせる。


「松本さんが副団、イイと思います」

「うん、適任って感じだよね?」

「そうだね。松本さんなら、みんな納得だよ」

「あたしたちは松本さんで構いません」

「僕らもでーす」


 あちこちからそんな声が上がった。


「よし! なら二年の団長と副団長はお前らだ! ヨロシクな!」


 教師は並んで座る俺と松本さんを見やってそう言った。


「が、頑張りますっ!」


 松本さんが小さくガッツポーズする。


 そんな彼女の様子を、俺は戸惑い気味に見つめていた。


 その後、ほかのリーダーも難航することなくすんなりと決まり、話し合いはお開きとなった。


 俺は松本さんと桜葉と、そのまま三人で学校を出た。


「松本さん」


 帰り道、俺は松本さんに聞いた。


「何故、急に副団長をやろうと思ったんだ?」

「そうそう、あたしも意外だったよ!」


 並んで歩いていた桜葉がこくこくと頷く。


「たははは……。お騒がせしました」


 俺たちがそう言うと、松本さんは照れるように笑った。


「心境の変化でもあったん?」

「ん~、そうだね」


 空を仰ぐ。


「なんか三年生の団長さんとか、それと──」と横の俺をちらと見る。


「凡野くんの言葉を聞いてたら、背中を押されたって言うか、わたしもやってみたいなって思ってさ。突然の思いつきだね」


 俺たちを見て困ったように笑った。


「団長さんの言う通り、ノースは負けるのが当たり前になってて、わたしも別にそれを何とも思ってなかったんだけどさ。やっぱり、ちょっと悔しいもんね」

「そうだったんだ」

「わたし、出しゃばり過ぎだったかな?」


 そう聞かれて、俺たちは首を横に振った。


「そんなことはない」

「うん、全然」

「そう? 良かった」


 そう言うと、俺を見て松本さんが続ける。


「けど凡野くん、団長さんと仲が良かったんだね」

「あ~、いや。ちょっとだけだ」


 曖昧に俺は答えた。


「もしかして、一学期のあれ? 一年の番のトールくんとの喧嘩」


 桜葉がそう聞いてくる。


「そんなところかな」

「団長さんのこと、わたし、勝手に怖い人って思ってて、ちょっと苦手意識あったんだ……」


 松本さんはそう言うと、やや下を向いた。


「けど、ちょっと反省したよ。友だち思いだし、熱くて良い人だったんだなって」

「ま~見るからに、モロ不良ヤンキーだしね~。ぶっちゃけ、あんまり関わりたくはないでしょ?」


 桜葉も困った顔をして肩を竦める。


 その発言に、俺も頷いた。


「服装や態度で周囲からどう見られるのか、本人たちも自覚の上だろう。俺も以前までは、単なる不良としか思っていなかった──」


 二人を見て言う。


「でも今では少なくとも、コングやトールのことは、根が悪い人間とは思っていない。特にあの二人は、仲間から信頼されているし、リーダーの資質を備えた奴らだとも思ってる」

「そっか」


 松本さんはどこか嬉しそうにしていた。


「なら、わたしたちも我らが団長を信頼して付いて行かないとね!」

「うん」

「けどさ。どうしてノースはずっと負けっぱなしなんだろうね?」


 今度は桜葉がそう呟いた。


「十年以上最下位なんでしょ? 普通に考えてあり得なくない?」

「確かにそうだよね」


 松本さんが頷く。


「やっぱこれって、本当に呪いなんじゃない?」

「う~ん、もしかしたらもっと科学的な理由かもしれないよ?」

「え~、例えば?」


 聞き返されて、松本さんは難しい顔をして唸った。


「う~ん。北だから、とか? 北って寒いじゃない? だからあんまり外に出て運動とかしないせいだよ」

「あー……って、いや同じ都内だし! そこ関係なくない!?」

「やっぱり違う?」

「絶対に違うって!」


 二人のやり取りを見て俺は笑った。


 途中で桜葉とも別れ、二人で歩く。


「凡野くん」

「ん?」

「わたしが副団長に立候補したのには、実はもう一つ理由があるんだ……」


 あの公園で、別れる間際に松本さんはそう言った。


「そうなの?」

「うん。凡野くんが、団長になったから」

「え?」

「凡野くんと一緒なら楽しいんじゃないかな、なんて」

「そう……」


 意外だった。


 そう言う風に思われていることが。


「わたしたちクラスも違うからさ。この機会を逃したら、もう凡野くんと一緒に何かをするってこと、無いかもしれないしね」

「そうだったんだ」

「うん」


 少し前を行くと、くるりとこちらを振り返る。


「だから今度の体育祭、一緒に盛り上げていこうね?」

「ああ、分かったよ」


 頷くと、俺はにやりと笑った。


「我らが団長に優勝をプレゼントしなければならないからな。責任重大だ」


 その言葉を聞いて、松本さんも嬉しそうに笑う。


「よーし! なんだか燃えてきたーっ!!」


 両手でガッツポーズを作ると、空に突き上げる。


「みんなで優勝目指すぞーっ!!」


 元気のいい声は、薄っすらと黄色く色付いた空に溶けていった。

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