第70話 コング、ぶっちゃける

「テメェら、俺らのこと舐めてんのか、あ?」


 コングがドスを効かせた声で、トールの後ろで笑っている連中に問う。


「ヒィ……!」

「い、いや別に、僕らそういう訳じゃ」


 コングの迫力に、彼らは笑顔を強張らせた。


「やる気、出してくれたんすね?」


 一方のトールは、そんなコングを見てにやりと笑う。


「な訳ねぇだろ。そいつら連れて、お前もさっさと出て行け」

「……そうっすか」


 やや残念そうに、トールは呟いた。


 ちらりと俺を見やる。


 何か言いたげだったが、ゆっくりと踵を返す。


 その時だった──


「フフフ、トールくんは熱いのね」

「!」


 澄んだ声が聞こえて、また一人、誰かが部屋に入って来る。


「アルベスタ先輩」


 姿を見せた少女を見上げ、トールが言った。 


 ノース軍の生徒たちも、急に現れたアルベスタに釘付けになっている。


 それ程の美貌とオーラを、彼女が纏っているからだ。


「彼女って、例の?」

「うん。この前転校してきた二年のアルベスタ・メルブレイブだね」

「初めて見たけど、やっぱ美人なのね」


 アルベスタが生徒たちを見て微笑む。ゆっくりと一礼した。


 女子生徒たちが思わず溜息を漏らす。


 男子生徒もうっとり顔でアルベスタを見つめている。


「あら、凡野くん。ごきげんよう」


 アルベスタが俺を名指ししてにこりと笑った。


 男子生徒の刺すような視線がこちらに伸びてくる。


「何か用か?」

「私、今度の体育祭で二年生の団長になったの」


 意外だったのか、生徒たちが驚いている。


「ありがとう、アルベスタさん!」


 そう言って顔を覗かせたのは、サウス軍の女子たちだった。


 アルベスタの隣の席の女子生徒も混じっている。


「アルベスタさんって、物静かな印象だし、あんまり体育会系は好きじゃないのかなって勝手に思ってたよ」

「そんなことないよ」


 アルベスタが首を横に振った。


「早く学園にも慣れたいし、こう言うのは積極的に参加した方が楽しいじゃない」

「嬉しいよ!」

「うん! うちら二年はアルベスタ団長の下に、いつも以上に頑張るよ!」

「フフ、ありがとう、みんな」


 そう言うと、俺に視線を戻す。


「凡野くん、お互いにベストを尽くしましょうね?」


〈フッフッフ! 今回の体育祭、貴様と私にとっては、単なるスポーツ競技ではない。これは大いなる戦祭り──大戦祭タイイクサイだっ!!〉


 とんでもないことを言い出した。


〈当日はあらゆる競技で貴様を貴様のお仲間諸共叩きのめしてくれる! 覚悟しておけよっ!!〉


 俺の頭の中に宣戦布告してくる。


「それでは、皆さん」


 アルベスタはもう一度優雅に一礼すると部屋を後にした。


 トールも最後に、俺たちを見やる。


「俺は、今度の体育祭で二人と本気でぶつかり合えんの期待してますよ」


 そう言うと、最後、コングを一瞥した。


「特にコングくんは三年だし……、こんなこと出来んの、今年が最後っすからね」


 部屋を出ていく。


「……」


 静けさを取り戻す室内。


 生徒たちは全員、自ずとコングに視線を移していた。


「なっ、なんだよ!?」


 全員から見られて、コングが眉間に皺を寄せる。


「どーすんだ? トールにタイマン申し込まれたけど」

「なに馬鹿なこと言ってんだ!?」


 コングが大げさに手を振った。


「あれはアイツが勝手に言ってるだけだろうが! 第一、体育祭でタイマンって何だよ!? タイマンは一対一の喧嘩のことだっつーのっ!!」

「良いじゃねぇかよ、可愛い後輩の想い、受け止めてやれよ?」

「はぁ!? ざけんなよ、テメェ!」


 コングたちが言い合っている間、俺はアルベスタの言葉を思い出していた。


 貴様を叩きのめしてくれる──お仲間って言うのは、ここに居るノース軍の生徒たちのことを言っているのだろう。


 それはつまり、松本さんも含んでいるということ。


 断じて、聞き捨てならない。


「コング……」


 仲間と言い合いをしているコングに俺は静かに呼びかけた。


「あぁっ!? んだよ!?」

「番長ともあろう人間が、見っともないぞ」


 真顔できっぱりと言った。


「あ?」


 コングの額に青筋が浮かぶ。


「どういう意味だ、てめぇ?」

「そのままの意味だが?」


 俺はそう返した。


「ここに居る皆を焚きつけていたのは、他でもないお前だったじゃないか」

「うるせぇよ」

「凡野の言う通りだぜ、コング」


 仲間からもそう言われ、コングは視線を外して舌打ちした。


「素直になったらどうだ? 本当は勝ちたいんだろ?」

「だから! 俺は別に体育祭とかどーでもいいんだって」

「嘘を吐くな」


 コングを真っ直ぐに見て、俺は言った。


「嘘じゃねぇさ」

「そうかな? 俺には誰よりもお前が一番、最下位を気にしているように見えていたが?」

「見ててちょっと、呆れただけだ」


 肩を竦めてコングが言う。


「俺たちみたいなのが口出すことじゃねぇけどよ、ちったぁ気合入れろよって思ってよ? 万年最下位とか、どんだけだよ?」

「そこまで言うんなら、おめぇがアタマ張ればいいだろ? 団長やりたいやつなんて居ねぇんだからよ」


 仲間の一人が言う。


「いや、俺は別に体育祭とか興味ねぇし──」

「いや、どっちだよっっ!!!!」

「!?」


 思わず、見守っていた生徒たちも同時にツッコんでいた。


 コングが鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして驚く。


「あ゛ーもう、いい加減にしてっ!!」


 突然声を張り上げたのは、司会進行の女子生徒だった。


「さっきからグチグチグチグチ煮え切らないなっ! アンタ! 団長やりたいの、やりたくないの、どっち!? 時間もないんだからねっ!?」


 コングに指を突き付ける。


「──っ!!」


 あまりの迫力にコングも周囲の生徒も思わず身を反らせた。


「ダサいぞ、コング」

「!?」


 コングを見やって俺は言った。


「学校が主催するイベントに積極的に参加して盛り上がることが、ダサいとか。お前たちが言うところの素人学生と一緒になって、熱くなるのがダサいとか。ご託を並べているが、本当にダサいのはどっちだ、コングよ?」

「────っ!!」


 コングが苦虫を嚙み潰したような顔をする。


 怒りで握りしめた拳を震わせ、身体をくの字に折り曲げた。


「あ────っ!! そうだよ!! 俺ゃ、一年の時からキレてんだよ!!」


 天井を仰いで、そう叫ぶ。


「んだよ、十年以上最下位とかよ!? 馬鹿だろっ!?」


 そう言って、ノース軍の面々を睨む。


「ほかのチームの連中からも舐められてんのに、誰もなんとも思っちゃいないような顔しやがって! ムカつくんだよ、そう言うの見てっと! どーなんだよ、お前らはよ!?」


 そう問われて、生徒たちは思わず俯いた。


 どこか決まりが悪そうにしている。


「まあ、ぶっちゃけこの時期、俺ら肩身狭いもんなぁ……」

「ハハ、だよな。いつも体育祭が終わるの、静かに待つくらいしか手はないからな」


 誰かが困ったように笑う。


「俺がキレてんのはそこだよ!!」

「!?」

「なに負ける前提で考えてんだ! 今年も最下位が当たり前みたいに言ってんじゃねぇぞ!?」

「けどよ、コング」


 彼の仲間が異を唱える。


「実際、十年以上続いてきた最下位を覆すの厳しいぜ?」

「ぶっちゃけここまできたらさ、ダ埼玉とか魅力度ランキング最下位の茨城みたく、いじられキャラに徹した方が良いまであるもんな」

「いいね、ソレ! 言えてるわ!」

「ざけんなよ!」


 コングがもう一度、机を叩く。


「だからダメなんだよ! ほかの軍より俺らが劣ってる訳じゃねぇ! だが勝てない理由があるとしたら、てめぇらの、その勝つ気の無さだっ!! 気合が足りてねぇんだよ!!」

「そこまで言うんなら、お前が引っ張って勝たせてくれ。俺たちを」


 俺の一言に、生徒たちは全員無言で同意した。


 それを生徒たちの顔からひしひしと感じ取ったコングは大きなため息を漏らす。


「わーったよ! やるよ!! やればいいんだろ!! クソがっ!!」


 おーっと室内が沸く。


「よっ! 我らが大将!」

「番長が体育祭で団長やるとか前代未聞じゃねぇか?」

「ハハハ、言えてるわ!」


 生徒たちは大盛り上がりだ。


「ただな──」


 そんな連中に、コングは釘を刺した。


「俺がアタマ張る以上、ぜってぇ優勝狙うぞ! 気合足んねぇ奴は容赦しねぇからな!」

「お、いいね。その息、その息!」


 仲間が囃し立て、拍手が起こった。


「オイ凡野!」とコングが俺を睨む。


「ん?」

「二年の団長アタマはてめぇだ!」


 コングの一言に、拍手が止む。


 生徒たちは俺を見た。


 俺はゆっくりと首を横に振った。


「俺は、リーダーの器じゃない。もっとほかにいい人材が居るだろう」

「ざけんな!」


 ばっさりと切り捨てるように言い放つ。


真剣マジに勝ちに行くんなら、頭張れんのはお前しかいねぇ。や・る・よ・なぁ?」


 恫喝じみた声色で半ば強制するように聞いてきた。


「おい、お前ら!」


 生徒全体に大声で問いかける。


「二年の団長は凡野で行く! みんなもそれでいいな!!」


 誰一人、異は唱えなかった。


「だとさ、よろしく?」


 俺を見て、にたりと笑う。


 俺は困ったように溜息を吐いた。


「学園の番長に偉そうな口を叩いてしまったからな」


 やれやれと首を横に振る。


「自分だけ何の責任も負わないわけにはいかないか……」

「分かってんじゃんよ!」

「ああ、仕方ない。受けよう」


 渋々と言った感じで笑い、今度は首を縦に振った。


 半ば強制されて、仕方なく団長の座に就く──シナリオ通りだ。


 サウス軍でアルベスタが二年の指揮を執る以上、松本さんに危害が出ないように、俺も同位置に居た方が何かとやりやすいだろう。


 どんなリスクであろうと徹底的に回避せねばならない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る