第69話 最弱ノース

「まぁ、リーダーは別に誰でも良いけどよ……」


 溜息交じりにコングが言う。


「今年はちったぁ、気合入れたらどうだ?」

「どーしたってんだよ、急に?」


 コングに反応したのは、同じ三年だった。


 どうやら彼の仲間のようだ。確か、集会にも顔を揃えていた。


「だってそうだろ? このチームはいつも最下位ドンケツじゃねぇか。俺が一年の時からずっとそうだったぜ?」


 肩を竦めて、呆れたように周囲の生徒を見渡した。


 生徒たちは視線を合わせないように下を向く。


「負け組ノース……」


 ぽつりとコングが呟く。


 数人が顔を上げた。


「いや、最弱ノースだっけ? いつもお前ら、そう呼ばれてんだろ? そんな舐め腐った言い方、俺なら許さねぇけどな。倍返しどころじゃ済まさねぇ……!」


 最後、コングは声を低め、唸るように言った。


 だがすぐに鼻から息を吐く。


「ま、俺は別にどーでもいいし。関係ねぇけどよ」


 素っ気なく付け加えると、腕組みして、ドッと椅子に座り込んだ。


 数人が溜息を漏らす。


「ノースの最下位はここ数年、定位置だからなぁ」

「ハハハ……」

「てか、ノースうちっていつから勝ってないの?」

「あ、わたしの従姉妹の姉ちゃんが悠ヶ丘だけど──」


 女子の一人が会話に加わる。


「今、大学生の姉ちゃんが居た時も、ずっと最下位だったらしいよ」

「マジかよ?」

「あー……っと」


 間延びした声で生徒たちの会話に割って入ったのは、ずっと黙っていた教師だった。


 生徒たちが静かになり、教師を見やる。


 全員に顔を向けられて、教師は指先で頬を掻いた。


 咳払いをする。


「私はこの学園で働きはじめて、かれこれ十三年になるんだけど、一年目の年に確か一度だけ三位だったことがあったな」

「一度だけ三位……えっ?」

「先生、それじゃあそれ以外は?」


 生徒に見つめられ、教師は困ったように頭を掻いた。


「言いにくいんだけど、それ以外はずっと四位だ」


 室内がどよどよと揺れた。


「マ、マジかよ……!?」

「じゃあ、十年以上、最下位ってことか?」

「嘘でしょ、そんなことある!?」

「どんな確率なの?」


 あっちこっちで驚きの声が上がる。


「ハハハハ、傑作だな!」


 馬鹿にしたようにコングは笑った。


「まさか十年以上、最下位ケツだとは知らなかったぜ! コリャ、最弱ノースって言われても仕方ねぇな」


 コイツも同じノース軍なのだが、何故か他人事のように言っている。


「知ってた、あいな?」


 桜葉が小声で松本さんに聞いていた。


 松本さんが首を横に振る。


「ううん。十年間なんてちょっと驚きだね」

「ホント、なんなんだろ。呪われてんのかな?」

「ははは……。けどそう言うのあるよね。わたしの小学校では赤組がいつも優勝してたよ。で、白組はいつもビリなの」


 松本さんがそう言うと、納得したように桜葉が頷いた。


「あるね、そう言うジンクス」


 ジンクスか。完全に最下位の沼に嵌まり込んでいるらしいな。


「え、ええ~っと、皆さん! どちらにしても取りあえず、学年リーダーを決めましょう」


 話が逸れてしまったので、司会が生徒たちに訴えた。


「おい、コング!」


 コングの仲間がニヤニヤと笑いながらコングを見やる。


「最下位が納得出来ねぇんなら、おめぇが団長やれよ?」

「お! それいいじゃん!」


 別の奴が愉快そうに言った。


「馬鹿かお前ら!」


 コングは吐き捨てる。


「俺は別に、体育祭とかどーでもいいんだよ」


 コイツ、絶対どうでもよくないだろ。


「お~い、みんな! コングが団長やりたいってよ」


 彼の仲間はコングの意に反して勝手に盛り上げる。


 立ち上がると生徒たちに問いかけた。


「こいつが団長でも良いって奴は、挙手っ!」

「は~い♡」


 横のが面白半分に手を上げる。


「オイ! ふざけんなよ、お前ら!」


 コングは少々慌てていた。


「どーせ誰もやりたくねぇんだろ? ホラホラ、みんな手ぇ上げろって?」


 囃し立てられて、三年生を中心に手が上がりはじめる。


 バン──ッ!!


 コングが力任せに机を叩いた。


 乾いた音が響き渡り、室内が一瞬で静かになる。


「いい加減にしろよ、テメェら!!」


 仲間二人に向かって、コングが怒鳴った。


「なにキレてんだよ?」

「そうだぜ、そんな怒んなって」

「ふざけすぎなんだよ」


 むっつりと言い返す。


「体育祭とか、素人学生のお遊戯じゃねぇか。なんで、そんなのに俺らが熱入れねぇとなんねんだ?」


 顔を逸らしてフンと鼻を鳴らした。


 そう言われた二人は、つまらなそうに互いを見合って肩を竦める。


「なんだよ、盛り上がってたのに……」

「分かったよ、ならくじ引きでもじゃんけんでも何でもいいから、さっさと終わらせて帰ろーぜ?」


 二人も椅子に座る。


 緊迫した空気が薄れて、司会の二人は疲れた様子で溜息を漏らした。


「な、なら予定通り各学年ごとに、じゃんけんで団長、副団長及び応援団長、応援副団長の四名を選出してくださ──!?」


 ガラガラガラ──!


 司会の男子生徒が話している途中、多目的室のドアが開く。


「お疲れ──す!」


 元気よく誰かが入って来た。


「今度は何!?」


 辟易したように司会の女子生徒が顔を顰める。


「どうもっす、皆さん!」

「トール!? お前、何しに来たんだよ?」


 現れたのは一年の番、阿田あだとおる──トールだった。


 トールは俺を見つけると、目を輝かせた。


「おっ! やっぱ蓮人くんもノース軍だったんすね」

「……」


 つかつかと俺の前まで歩いてくる。


 トールの後ろからほかの生徒たちも室内を覗いていた。


 今日はいつも一緒の連中とは別の顔ぶれだ。


「ノース軍の皆さん、いや──コングくん! そして蓮人くん!」

「!?」


 トールがコングと俺に指を突き付ける。


「二人のことは慕ってるし、番長のコングくんに反乱起こす気もねぇっすけどね、でもやっぱ俺、アンタらとは真剣勝負で勝ちてぇんすよ!」


 グッと拳を握りしめた。


「お互いに、軍団の団長として良い戦いしましょうね!? 自分、全力でぶつかって行くっすから!!」

「ちょ、ちょっと待て!」


 コングの仲間が目を丸くする。


「団長としてっておま……」

「まさか」

「ん? 自分、サウス軍の一年の団長になったっす!」


 トールがそう言ったので、みんなは笑った。


「学級委員に続いて、体育祭の団長!?」

「馬鹿かよてめーは!!」


 二人が腹を抱える。


「なにが可笑しいんすか!?」

「あんなぁ、トール。俺らみたいなのは、こういうダセェ行事にゃ参加しねぇんだよ」

「そーそー。こう言うのは一般学生に任せときゃいいの」


 そう言葉を返されて、トールは怪訝そうに眉を寄せた。


「え? な、ならコングくんと蓮人くんは団長じゃないんすか?」

「そいつはどうか知らねぇけど」


 俺を見やって一人が答える。


「少なくとも、コングは柄じゃねぇんだとさ。な?」


 コングは口をへの字に曲げたまま黙っていた。


「ちょ、なに言ってんすか!?」


 やや非難するようにトールが言葉を返す。


悠ヶ丘ここの番長と喧嘩最強の二人が団長張らなくて、他に誰が務まるってんすか!?」


 訴えるように手を広げた。


「喧嘩最強って、誰のこと?」

「もしかして、凡野?」

「な訳ねぇじゃん」

「だよな」


 二年たちが口々に言い合っている。


 あまり好ましくない状況だな。


「これは戦いなんすよ!? 東西南北の四軍でのどつきあい──真剣勝負タイマンじゃないっすか!!」


 俺の懸念を余所に、トールは熱弁を続けた。


「コングくん! そして蓮人くん! お互いにライバルとして、ガチンコのいい勝負しましょう! けど俺たちは絶対に負けないっすよ!?」


 俺を見てトールが笑う。


「去年、サウス軍うちは二位だったらしいっすからね。ほかのみんなも、王座奪還目指して盛り上がってるんすよ!」

「お~い、トール! もう、その辺にしておけって」


 室内を覗き込んでいる一人が声を掛けた。


「なに?」

「もうそれ以上、言うなな?」

「なんでだよ!?」


 俺たちノースの面々をチラと見やり、言いにくそうに顔を歪めた。


「ノース軍はな……、もう何年もずーっと最下位なんだ」

「え? そ、そうなの?」

「そうそう」


 別の奴が頷く。


 肩を竦めて見せた。


「サウス軍──俺ら常勝軍団とは違うのさ」

「そ。だから、そのへんで勘弁してやれよ」


 こちらを見ながら困ったように笑っていた。


 その態度は、どことなく俺たちのことを見下しているようだった。

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