第68話 体育祭のリーダー決め

「あ、それから~、午後はそれぞれ指定の場所に各自移動すること」


 ホームルームの終わりに、知内がそう言った。


「行事予定表の通り、今日の午後は体育祭のリーダー決めがあるから」

「体育祭?」


 知内の言葉に、アルベスタが誰に言うでもなく小さく問うた。


「そう。うちの学園は十一月に体育祭やってるの」と隣の席の女子が、アルベスタに答える。


「……体育祭って、何?」

「えっ?」


 アルベスタがそう聞き返したので、その女子は小さく口を開けた。


「体育祭、知らないの? 生まれも育ちも日本なんだよね?」

「えっ!? あ、いや──っ!」


 アルベスタが慌てふためく。顔に「しまった!」と書いてあった。


 俺は思わず笑いが漏れた。


「そ、その、海外生活が長かったから、ちょっとド忘れしちゃって」

「な~んだ、そっか。まぁ、そんなもんかもね」


 相手は特に不審がることもなく笑顔で頷いた。


「体育祭はチームに分かれて運動競技を競う大会だよ」と説明する。


「綱引きとか玉入れとかダンスとか……。色んなプログラムがあってね、中でも騎馬戦とかチーム対抗リレーは盛り上がるよね」

「ほぅ、なわけだ……」


 戦姫神の血でも騒いだのか、アルベスタが瞳をキラリと輝かせた。


「二学期は文化祭もあるし、あとは合唱コンクールやスケッチ大会、音楽鑑賞会とかもあって行事が盛りだくさんだよ」

「お~し、そこ。お喋りはその辺にしとけよ~」


 知内が注意する。


「あ、ごめんなさい」

「すいません、先生」


 二人はそう言うと、ちらとお互いを見やってクスリと笑った。


「ごめん、ありがとう」

「うん」


 こうして傍から見ている分には、ただの中学生なんだがな……。


 俺がそう思いながら見ていると、アルベスタも俺を見てくる。そしてまた、俺にしか見せない陰湿な笑顔を向けるのだった。


「え~っと、今日の打ち合わせで各学年のリーダーが決まると思うから、今週は文化祭と体育祭の実行委員も決めてしまうから」


 時計を気にしながら、知内が早口でそう言った。


「あとは文化祭の出し物だな。ちゃっちゃと終わらせたいから、お前らテキトーに考えといて。別にやんないならやんないでいいし。てか、やりたくねぇし」


 最後に本音を漏らす。


「んじゃ、以上」


 欠伸をしながら教室を出ていった。


 そして、午後──


「おい、何故ついてくる?」


 俺の横を歩くアルベスタを、俺は見上げた。


「何故だって?」


 周囲をきょろきょろと見やって、アルベスタが答える。


 不敵に笑うと、顔を近付けてくる。


「貴様を監視するために決まっているだろう? 少なくとも学園内ではこの眼で常に補足せねばならんからな」


 俺の耳元でそう言った。


「お前の家は六本木。俺とは真反対だろうが」

「だったらどうした?」


 アルベスタが怪訝そうな顔をする。


 そんな彼女の顔を見やって、俺は呆れた。


「……お前、知内の話、聞いたなかったな?」


 悠ヶ丘学園の体育祭のチーム編成は、クラスではなく学区で分けられているのだ。


 学園を中心として自分の家が東西南北のどこに位置するかによって、チームが編成されている。


 チーム名はそれぞれ、イースト軍、西ウエスト軍、サウス軍そして、ノース軍である。


 多くの学校ではクラスで分けるだろうから、ちょっと特殊なのかもしれない。


「お前はサウス、集合場所は理科室だ。さっさとそっちに行け」

「アルベスタさ~ん!」


 奥から先ほどの女子が手を振っている。


「一緒に行こ~? 案内するよ~!」

「ほーら、呼んでるぞ」


 アルベスタの肩を押す。


 納得のいかない顔をしているアルベスタに、シッシッと手を振った。


 俺も急いで集合場所に向かう。因みに俺はノースだ。


 そして確か、彼女も同じノースだった。


 多目的室のドアを開ける。


「あ、凡野くん」


 俺を見つけると、松本さんが手を振った。


 そう、彼女の家も俺の家とさほど離れていない。一年生の時も、同じチームだった。


「ここ、空いてるよ?」


 松本さんが自分の隣を指差す。


 俺は軽く頷いた。


 一学期と同じように、あまり松本さんとは親密な関係にならないように心掛けているため、横の席を勧められて、少し躊躇った。


 だが、遅くなってしまったせいで、他の席はあまり空いていない。


 それに、ここで別の席を選ぶことは悪手──彼女に何らかのことの証明のようなもの。


 それに、松本さんの心も傷つけてしまうだろう。それは本意ではない。


 だから俺は「ありがとう」と言って、松本さんの横に座った。


 松本さんの隣には桜葉も居て、目が合うと「ども」と小さく言った。


 彼女もノースだったのか。


「もう一人は別なのか」

「美月のこと?」と桜葉が聞き返してくる。


「ああ」

「美月はイーストなんだよ」


 松本さんはそう答えた。


「そうか」


 因みに、信吾もイーストである。


「よーぅ、凡野! 久しぶりじゃん!」


 室内に、急に野太い声が響き渡る。


 一瞬、騒がしかった部屋が静かになった。


 空気がざわりと揺れる。


「コングか」


 悠ヶ丘学園の番長、吉見よしみ猿彦さるひこ──通称コングである。


 コングは腕組みしたまま、にやりと笑った。


「嬉しいぜ、お前と同じチームなら百人力だからよ」

「俺はたいして戦力にならないよ」

「よく言うぜ。ま、別に俺も体育祭なんて、どーでも良いけどよ?」


 フンと鼻から息を漏らす。


「それじゃあ、みんな集まったかなー?」


 取りまとめをする教師が、室内を見渡して聞いてきた。


 これから各学年の団長と副団長、及び応援団長と副応援団長の選出がおこなわれる。


 三年生の男女二人がホワイトボードの前に立った。司会進行役のようだ。


「それではこれより、ノース軍の各リーダー決めをはじめます」


 そう言っても、あまりお喋りは止まなかった。


 けれど司会は注意をすることなく、淡々と話を続けた。


「まずは立候補する人はいませんか?」

「……」

「居ませんね?」

「……」

「それじゃあ、推薦する人はいませんか?」

「……」


 私語をしている連中はまったく聞く耳を持たず、前を向いている連中も司会や教師と目が合いそうになると、途端に視線を逸らす。


 まあ恐らくではあるが、全国津々浦々、今日もどこかで繰り広げられている光景であった。


 だが別に、彼らは体育祭に興味がない訳でも、嫌いなわけでもない。


 むしろ楽しみにしている者も居るだろうし、いざ始まると積極的な連中も出てくるだろう。


 ただ、表立って責任は負いたくないだけである。


 リーダー気質の人間は、そうは居ない。


 まあ、複数名居たら居たで、それはまた厄介なのだがね。


 司会の二人が顔を見合わせる。


「……それじゃあ、いつも通り学年ごとに別れて、じゃんけんで決めると言うことで良いですか?」


 司会二人が、椅子に座る教師を見やる。


 教師も慣れた感じで頷いた。


「うん! じゃあ、一旦学年ごとに分かれよっか?」


 生徒たちの消極的な態度を責める訳でもなくそう言った。


 ゆるっと生徒たちが立ち上がる。


 ──と、ここまでが、既定いつもの流れであった。


 が、この日はあるイレギュラーが発生する。


「ちょっと良いか?」


 誰かがそう言って手を上げた。


 中腰になった連中が、固まる。


 司会の二人が彼を見やって表情を強張らせた。


「な、なんでしょう……」


 ゆっくりと立ち上がったのは、番長のコングであった。

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