第61話 (ガチ)告白する四人

 月曜、多くのクラスメイトが学校を休んだ。


 原因は風邪らしい。


 お陰で今日は静かで良い一日だったな。


「帰るか、信吾」

「うん」

「あの、凡野くん」


 またあの大人しい女子生徒が声を掛けてきた。


「戸口さんが話があるんだって」

「戸口が?」

「うん。体育館裏に来てだってさ」


 戸口とはドッキリの首謀者の一人、戸口美遥だ。


 意外な名前が出てきたな。


 行ってみると、戸口は本当に一人で待っていた。


 こちらに背を向けている。


「戸口」


 声を掛けるとこちらを振り向いた。


 信吾が一緒なのに気が付いて、彼女は一瞬嫌な顔をした。


「こんな場所に呼び出して何の用だ?」

「この前は、ごめん。ドッキリなんか仕掛けたりして」

「そんなことか。帰るぞ」

「ちょ待ってよ! 最後まで話を聞いてよ」


 戸口が追い縋る。


 俺は溜息を漏らした。


「あたし、ドッキリの仕掛け人としてアンタの事ずっと見てたんだ。ある意味、傍にずっと居た菜乃葉や小鳩よりもね。それで──」


 言いにくそうに俯く。


 爪先で地面を蹴った。


「あたし、いつの間にか、いつもあんたのことを考えるようになってたの」

「……」

「その。なんか、その、いいな~って」


 顔を赤らめて俺を見つめてくる。


「認めたくないけどあたし、アンタの事が好きになったっぽいのね。だからさ……あ、あたしと付き合ってよ!」

「またドッキリか?」

「違うって! アタシ、本気で凡野のことが──」

「ちょーっと待ったぁ!!」


 声と共に走り込んできたのは湖条だった。


「心寧、なんで!?」

「抜け駆けすんなし、美遥!」


 戸口が驚く。湖条と喜村、諏藤の三名も今日は休んでいたから無理もない。


 皆と同じで風邪と言う理由だ。喜村と諏藤は実は別の理由かもしれんがな。


「凡野! わ、私も君のことが好き! 戸口じゃなくて私と、この湖条心寧と付き合わない!?」


 とんでもない展開に、信吾が口を開けて驚いている。


 俺も呆れ果てていた。


「お前たち、それは都合が──」

「ちょっと待ったぁっ!!」

「なんだと!?」


 更に現れたのは諏藤そして喜村の二人だった。


 寝ていないのか風邪のせいか目の下のクマもひどく、髪もぼさぼさだ。いつも周囲に見せている華やかさは皆無だった。


「ア、アタシらが休んでる間に、なにを勝手なことしてんのよ、アンタら!?」

「抜け駆けは、許さねぇかんな……!」

「二人とも、どうしてここに?」

「女の感だよ!」

「ワタシも。朝から嫌な予感がしてたんだ」


 喜村が不気味に笑う。


「あんたらも凡野に本気になってんの、とっくに気が付いてたからね、フヒヒ! 隠せてると思ってた!?」


 喜村は焦点の定まっていない眼を今度はこちらに向けた。


「ねぇ、凡野。ワタシだけを見てよ? フヒヒヒ!?」


 笑いかけて来る。


「ひぃぃ!?」


 迸るねっとりとした邪気がこちらへ伸びて来た。その恐ろしさに、信吾が思わず俺の後ろに隠れる。


 その場でゆらゆら揺れながら、喜村が語りはじめる。


「ねえ、凡野? ワタシ、本気でアンタのことが好きなんだよ。誰にも渡したくないんだよ。無視なんて冷たいことしないでさぁ、ワタシとカレカノになろうよ? ワタシ本気だからさぁ? ね? 良いでしょ、ね? ワタシ、アンタのためだったら何でもするよ? なんでも言うこと聞くよ、ねぇ? 良いでしょ、ねぇ?」


 俺は相手にすることなく、くるりと後ろを向いた。


 そのまま歩き出す。


「てぇい!」

「!?」


 滔々と不気味な愛の告白を続ける喜村を、諏藤がケツアタックで吹っ飛ばす。


「アタシの方が本気の本気だっての!」


 胸に手を置いて訴えた。


 前を歩く俺と信吾の後ろを、べらべらと喋りながら四人がついてくる。


 俺たちの背に向かって四人は思い思いに喋っていた。


「それに聞いてよ、蓮人! アタシはドッキリなんてずっと前から反対だったんだから! ホントだよ?」

「小鳩、マジふざけんな! なに一人だけイイ子ちゃんぶってんだよ!」

「そーだよ! アンタも乗り気だったろ!」

「それに、本当に反対だったら最後までドッキリに付き合う必要ないじゃんか! 嘘つくなし!」


 三人が非難する。


「だって友達は裏切れないじゃん! アタシだって悩んだんだって!」

「そんなん後からならどうとでも言えんじゃん!」

「そうだよ! コイツ卑怯だと思うよね、凡野!?」

「ちょ!? 違うんだよ、蓮人!?」


 諏藤が言い訳がましく言い返す。


「悩んだけど、イイ事思いついてさ。ドッキリの後に【アタシだけは味方だよ?】作戦で、傷ついた蓮人の心を包んであげればアタシだけのものに出来るんじゃね!? いいじゃんコレって思って」

「怖っ!」

「めちゃ計算してんじゃんこの女!」

「この女一番悪いよ、ね、凡野! こいつ悪女だよね!?」


 そんな四人に、俺はくるりと向き直った。


「!?」


 喋りながら付いてきた四人も立ち止まる。


 きょろきょろと周囲に顔を向ける。


「ここ……」

「学校のプール?」


 室内にある学園のプールサイドだった。


「信吾」

「へ?」


 彼女たちの勢いに圧倒されてずっと黙っていた信吾が俺を見る。


「今度から体育の授業は、確か武道だったな」

「う、うん。柔道とかね。それが、なに?」

「柔道ね」


 四人に歩み寄る。


「凡野くん?」

「蓮人?」


 がし。


 戸口の襟と袖を掴んだ。


「へ? なに?」


 ざっ!!


「うわっ!?」


 背負い投げして戸口をプールに落とす。


「ちょ!? は?」

「え!? ま、待って凡野」

「問答無用!」


 残る三人も次々と背負い投げでプールに落としていった。


 背中から落ちて盛大に水飛沫が上がる。


「ぶはぁ!」

「なにすんのよ!」

「マジあり得ないんですけど!?」

「凡野くん、これは酷くない!?」


 プールに落ちた四人を見て、俺は言う。


「そんなにも、俺の寵愛が欲しいのか?」

「ちょーあい?」

「なにそれ?」

「分からんけど、アタシは欲しーい!」


 俺は鼻から息を吐く。


 真顔で四人を見据えた。


束王牙たばおうが

「?」

「は、なに?」

「オーガを憶えているか?」


 そう問いかけると、四人は互いに顔を見やった。


 どこか躓くように頷く。


「当たり前じゃん」

「それがなにさ?」

「なら、奴がやってた【人間サンドバッグ大会】は?」

「!!」


 四人の顔が強張る。


「オーガが人を呼んで、俺をサンドバッグにしてみんなで殴る。そんなことをやっていたよな。そこに、お前達も居た」


 人間サンドバッグ大会──オーガが放課後の教室で開催していた暴力行為である。


 多くの生徒たちがストレス発散のために、ただ一方的に俺を殴るのだ。


 その参加者は主に男子生徒だった。だが中には派手な女子グループも混ざっていて、面白がって見学していた。時には俺の腹を殴ったり尻を蹴ったりしたものだ。


 そう。その中に混じっていたのが、コイツらだった。一年の頃からだ。


「お前たちも、面白がって俺を殴ったり蹴ったりしていたろ? お前らにはその記憶がないのか?」

「それは……!」

「自分に暴力行為を嬉々としてやっていたものを、好きになると思うのか?」

「っ!!」


 四人が黙る。


「俺はよく憶えているよ。なあ、喜村?」

「あれは……! オ、オーガに無理矢理、やらされてただけで」

「そ、そうだよ。脅迫されて無理矢理」

「わ、私も!」

「言い訳をするなっ!!」


 プール中に声が反響した。


 四人がビクリと肩を震わせる。


「喜村。お前は俺を殴っていた時、笑っていたぞ? ほかの三人もだ」


 黙った四人に俺は続ける。


「ムカつくことがあったから自分にも殴らせろって、お前は自分の口で言っていた。 誰かに強制されているようには見えなかったがな?」

「……!!」

「ほかの三人もそうだ。自分たちから手を出しておいて、お前たちは、俺に触れたことを気持ち悪がっていたっけな」


 四人を冷たく見下す。なんの感情もなく。


「あれらををまるで無かったことのように、今度は俺が好きだの恋人になれだのと……。俺がお前たちを愛することなど一生、無い」


 きっぱりと言い放つと、背を向けて歩き出した。


 四人は目もくれずに、俺は最後に言った。


「それじゃあ。


 ……ジャバッ!


「?」


 諏藤がプールサイドへと這い出ていた。


「凡野蓮人さまぁ!!」


 両手を額の下において、身体をピンと伸ばす。


「こ、これは伝説の、土・下・寝!?」


 信吾がたじろぐ。


「一年生の頃から本当に、本当にすいませんでしたぁ!! 無視したり暴力振るったりイジメたりしてごめんなさいいぃ、ゴボゴボゴボ!?!?」


 プールサイドに流れる水が口に入ってゴボゴボ言っている。


「顔を上げろ、諏藤」

「う゛う゛ぅ……」


 諏藤の顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。


「これに懲りたら、ちょっとはマシな人間になることだな」


 諏藤と三人を見て言う。


「もう二度と言わないからしっかりと胸に刻んでおくことだ。今日、ここがお前たちの人生の潮目だぞ。ここで真っ当な道に戻れず、これからも理由をつけて人を蔑み侮蔑して生きていくようならば、お前たちの未来は惨憺たるものになるだろう」

「蓮人、どうしてもダメぇ?」


 泣きながら諏藤が聞いてくる。


「なにがだ?」

「恋人……」

「さっきまでの話、聞いてなかったか?」

「だ、だっでぇ、好ぎになっぢゃったんだもん゛ん!」


 ああ、面倒くさい。


「立てるか」


 諏藤を立たせる。


「蓮人……」

「恋人には、なれない」

「そんなぁ」

「だが、身体の調子が悪くなったら言うが良い。また矯正してやろう」


 そう言うと、諏藤の顔がパッと明るくなった。


「なら蓮人って呼んでいい? いいよね!? アタシのことも小鳩って──」

「調子に乗るなっ!」


 もう一度、諏藤をプールに蹴り落とした。

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