第60話 仕掛け人たちを返り討ち

 初デートの帰り道──


「あ~今日は楽しかったなぁ」


 空に向かって両手を伸ばし、喜村はそう言った。


「アタシも」と諏藤も俺の顔を覗き込んでくる。


 デートと言うことで二人とも、普段以上に粧し込んでいるようだ。


 本性さえ知らなければ、二人とも容姿は優れていると言えるのだろう。服も身に着けたものも、どれも様になっていた。


 公園が見えてきたので、俺は立ち止まる。


「それじゃあ、ここで。俺はこっちだから」


 二人が俺を誘導しやすいように、わざと話を切り出す。


「ちょっと待って」

「ん?」

「もう少しだけ、お喋りしてかない?」

「アタシもそうしたい」


 喜村の提案に、諏藤も頷く。


「ここでお別れは、ちょっと寂しいな」

「わかった」


 三人で公園に入る。


 自販機で飲み物を買った。


「あっちのベンチで休もっか、景色も良いし」


 喜村がそれとなくベンチへと誘導していく。


 ポタ──


「え?」


 諏藤が空を見上げた。


 ポタポタポタ……。


 急に雨が降り出した。


「雨? 曇ってないのに」


 ザ────ッ!


「うわ!?」


 瞬く間に地面が濡れる。


「本降りになってきたな。屋根のある場所で雨宿りしよう」


 俺は言うなり踵を返した。諏藤もついてくる。


「喜村、何してるんだ!? 濡れるぞ!」

「う、うん……」


 仕方なく喜村も俺たちの後を追って走った。


「こっちだ!」


 俺の後を二人は小走りについてきた。


 階段を降りると小さな緑地があり、その傍に屋根付きのベンチがあった。


 そこへ駆けこむ。


 目の前の緑地には、滑り台やジャングルジムなど、いくつかの遊具が置いてあった。公園の中にある小さな子ども用の遊び場である。


 ザ────ッ


 雨が木々を濡らす。


「空は晴れているのに、不思議だね」

「天気雨ってやつだな」

「……」


 この雨、実は俺が降らせている。【水魔法術式】を使って、この公園一帯だけに。


 隠れていた仕掛け人の連中も大慌てだ。どうにか看板やパイを濡らさないように必死になっている。


 その様は滑稽でさえあった。


 それ以上に、俺たちが予期せぬ行動に出たため、今後の展開が読めずに混乱をきたしている。


 喜村はあれから、黙ったままスマホをチラチラと眺めていた。


 向こうとやり取りをしているのだろう。


「喜村、誰かから連絡か?」

「ん、ちょっと友達から」


 平然と嘘を吐く。


 軽く笑うと、すぐにスマホに目を落とした。


 そろそろいいな。


 俺は雨を止ませた。


「あ、止んだ」

「うん。通り雨だったのだろう」

「行こうか」


 喜村が早く流れを戻したくて、ベンチに向かおうとする。


 そうはさせない。


「待て」

「ん、なに?」

「あのベンチ、きっとずぶ濡れだぞ」

「確かに、こんだけ降ったらね」


 そう諏藤も言うのだが──


「いいんじゃん?」


 話の流れを切るように、喜村は短く返した。


「よくはない。二人の大切な服が濡れてしまう。今日の服、結構高いだろう? そんなことは、させられないな」

「……」

「蓮人、優しい! 素敵っ!」


 俺に抱き着く諏藤を、喜村は黙って見つめた。


 どうしてよいのか分からないらしい。


 仕掛け人たちから、あのベンチに戻るように指示されているのだろう。


 敵ながら融通の利かない奴らだ。もっと臨機応変にやれると期待していたが。


 俺は助け舟を出すことにした。


「ちょっと待っててくれないかな?」

「どうしたの?」


 諏藤に問われ、俺は困ったように笑ってみせた。


 奥を指差して言う。


「ちょっとトイレに。ここで待ってて」


 俺がこの場から居なくなることで、連中も次の計画を練りやすくなるだろう。


 それにこちらも、次の一手の準備をしておきたいからな。


 トイレに駆け込むと、俺はある人物に電話で指示を出した。


 奴らが十分に体勢を立て直せる時間を与えてやり、戻る。


「ごめんごめん、お待たせ」

「ううん、全然」


 諏藤が笑顔で首を横に振った。


「ハイ」と、俺の飲み物を渡してくれた。


 コイツは割と早い段階から、もう俺のことを騙す気はないらしい。


 最初はこの噓コクに乗り気だったのは確かだ。だがある時点で心変わりしたらしい。けれど友人である喜村たちのことも裏切れずに板挟み状態ってところなのだろう。


 まあ、知ったことではないが。


「話、ここでしよっか」


 喜村が提案してきた。


「その方だいいだろうな」


 俺は素直に受け入れた。


 仕掛け人たちはこっちへ移動してきて、ここを取り囲むように隠れている。


 ネタばらしの場所をこちらに変更したようだ。


 階段の上の死角にも安本たちが身を潜ませている。


 仕掛け人たちは皆、スタンバイを完了させていた。


 俺たち三人はやっと落ち着いて、少し喋る。


「今日は本当に楽しかったよ、ありがとう」


 ある程度喋ってから、喜村は前を向いたままそう言った。


 彼女の指先が、俺の指に触れる。


 ゆっくりと指を絡ませてきた。


 ほぼ同時に、諏藤も指を絡ませる。潤んだ瞳で見つめられた。


「あの」

「……」

「喜村?」

「目、瞑って」

「え?」


 顔を赤らめて、上目遣いに見つめられる。


「分かるでしょ? 恥ずかしいんだから……、目、閉じて?」

「……わかった」


 目を閉じる。


 さて、終わりにしよう。


 俺は頃合いを見て、立ち上がった。


「あ」


 喜村が諏藤の手を引っ張ってどこかへ行こうとしていた。


 あちこちから前のめりに出て来ていた生徒たちが慌てて引っ込む。


 慌てすぎて尻もちをつく奴まで居た。


「ヤバイ、ヤバイ!」

「ちょ、マジかよ!?」

「ウケる!」


 まったく忙しい連中だ。


 はっきりと視認できたが、俺は気づいていない振りをした。


 喜村と諏藤を真顔で見つめる。


「ちょっといいか?」

「な、なに?」

「二人から告白されて、一週間以上経ったよね」


 俺は静かに言う。


「あの時は二人に告白されて戸惑ったし混乱もしていた。けれど最近、やっと冷静になって考えられるようになったんだ」


 二人も、おもむろに俺に向き直った。


「友達以上恋人未満──そう言うことにしていたけれど、それじゃあ二人の気持ちに向き合っていないなって気が付いた。一番誠実じゃなかったのは、俺の方だったな」

「え……」

「それじゃあ」


 二人を見て、俺は頷く。


「君たちと恋人のような時間を過ごして、今日はデートもして、そこで分かったのは──」


 二人の顔を真っ直ぐに見て、告げる。


「やはり、俺たちは合わないようだな」

「!」

「はぁ!?」


 口を開ける喜村に、にこりと笑いかけた。


「すまない。俺たちの関係──友達以上恋人未満ってのは今日までにしよう。今日この瞬間から、ただのクラスメイトだ」


 そう言ったが、急な話で二人とも愕然としている。


「それじゃあ、気を付けて。あ! もうただのクラスメイトなんだから、【つきまとい行為】は勘弁してくれよ? 鬱陶しくて敵わないからな」


 二人の返答など待たず、俺は帰ろうとした。


 すると隠れていた仕掛け人たちが踊り出て来る。


「凡野────っ!!」

「逃がすかぁっ!!」


 二人は噓コクを、断られた。端的に言って、のだ。


 この時点でドッキリは【大失敗】である。


 だが、散々な目に遭ってきた彼らはネタばらしを強行した。


 最後の最後まで振り回されて段取りも滅茶苦茶である。


 すべてが上手くいかずに、彼らのフラストレーションは最高潮に達していた。


 ドッキリの成功の有無に関わらず、俺の顔面にパイを投げつけて貶し、【ドッキリ大成功!】のネタばらしで笑いものにしなければ気が済まなかったのだ。


 その心理、手に取るようにわかっていたぞ。


 生徒の数人がパイを手に猛スピードで俺に向かって突っ込んでくる。


「うお──っ!!」


 俺は【氷魔法術式】で、雨に濡れた地面を凍りつかせた。


 ズルンッ!!


「ひぃ!?」

「きゃぁ!?」

「うわっ!?」


 一人また一人、足を滑らせて盛大に尻もちをついた。


 宙に舞うパイ。そのパイと転んだ生徒の顔面を【魔力粘糸】で繋ぎ、思いきりパイを奴らの顔に叩きつける。


 ドュバババシッッ!!!!


「ん゛っ!!」

「べぼ!?」

「ぶぅっ!?」


 ただ落ちてきた以上のスピードで顔面にパイが打ちつけられて、転んだまま手足をばたつかせた。


 ほかの仕掛け人たちもすってんころりん。思いきり身体を地面に打ちつける。


 階段から一斉に雪崩れ込んできていた仕掛け人たちも、一段目でズルッと滑り、揉みくちゃになりながら階段を転がり落ちてきた。


 スケートリンクを滑るように俺の眼の前までやって来る。


 立ち上がろうとするも、地面はツルツルで、も一度ころりんまたころりん。


 俺の眼の前で滑稽なダンスを踊る。


「ここで何をしてるのだ、お前たちは?」


 俺は嘯いた。


「こんの……!」

「クソ、凡野ぉ!」

「ちくしょう、凡野、ゴラ──ッ!!」


 どうにか立ち上がった一人が、両手にパイを持って決死の特攻をしかける。


 虎のように俺を睨んでいた、例の【謙虚になれよ男子】である。


「ぶち喰らえっ!!」


 ビュビュン!!


 勢いよく飛んでくるパイ。


「ん? 靴紐が解けてる」


 靴紐を直すために、俺はしゃがみ込んだ。勿論わざと。


 ベシ、ベシッ!!


「!!」

「あ──」


 投げつけられたパイは、すぐ後ろに立っていた喜村と諏藤の顔面にクリーンヒットした。


 ぼ、と……。


「……」


 顔面に貼り付いたパイがゆっくりとズレ落ちる。パイ塗れの二人の顔──途端に、それを見た生徒たちが堪えきらずに大爆笑した。


「凡野ぉぉぉっ!!!!」


 今度は看板を抱えた安本が走り込んでくる。


 彼も思い通りにならずにイラついているようだった。歯を剥き出し、まるで猿のような顔面で飛びかかって来た。


 俺の眼の前で、看板を思いきり振りかぶる。


 看板を俺の頭頂部に叩きつける気のようだ。


「は~い、残念っ! ドッキリ大っ! 成っ! こ──」


 ビュオ────!!!!


「きゃあっ!?」

「なんだ!?」

「おや? つむじ風のようだな」


 女子たちがスカートを押さえる。


 氷で転んだ奴らが風でクルクルと回る。


 当然、俺が【風魔法術式】で風を巻き上げたのだ。


 大きな看板を持っていた安本も強烈な風の煽りを受けた。


 安本の周囲に風を集中させて、下から吹き上がらせる。


 ビュオオ!!


「うおっ!? チャ! ア痛タタ! なんだよ、コレ!?」


 塵や砂が顔面に当たり、安本が顔を顰める。そして──


 ゴォ────ッ!!!!


 小型の【トルネード】を発生させて安本を飛ばす。


「のあぁぁ!?」


 安本が錐揉みになって宙を舞った。


「うお!?」

「安本、マジか!?」


 安本はなす術もなくただ、慌てふためいている。


「う、うわぁぁぁぁっ!?!?」


 そして──ズガ!


 そのまま顔面から地面に落ちて、伸びた。


「……」


 一瞬にして風が止み、氷も解けた。場が、静まる。


 彼らの周囲にはパイの残骸や看板の木片が散乱していた。


「や、やっと収まった」

「な、なんだったんだよ?」

「びびったわ~」

「安本……」


 安本の周囲に生徒たちが集まる。


 顔を覗き込んだ。


「うっわ、ヒデー、アヘ顔で気ぃ失ってる」

「ぶっ!! ダッサ!」

「おもしれ」


 スマホで撮影し始める。


「うべっ!」


 諏藤は顔のパイを拭った。


 喜村は放心状態でただ突っ立っている。


「小鳩、菜乃葉、大丈夫!?」


 戸口と湖条が二人に駆け寄る。さっきは二人とも思わず大笑いしていたが。


「あれ、蓮人は?」


 視界が戻った諏藤がきょろきょろとあたりを見回した。


 彼らの混乱に乗じて、俺はさっさとその場を去っていた。


 転んでいる連中の間を縫って階段を上がり、段上に立つ。


「あ、居たぞ!」

「逃げんな、凡野!」

「降りてこい、クソ凡人!」


 俺は無視し、奥を見やる。


 大人が二人、近づいてきていた。


「げ……!」


 その姿を見て、連中がたじろぐ。


 警察官が現れたからだった。もう一人は八十代くらいの老人である。


「蓮人さん」

「手間をかけたな」


 老人はこの町の町内会長、土井だ。


 先ほどトイレで電話をかけて、警察官を手配してもらっていた。


 町内のゴミ拾いなどのご近所の行事には積極的に参加していた。そこで町内の老人たちや主婦の面々とも仲良くなり、町内会長の土井を含めたここらの人間は皆、籠絡済みである。このくらいは訳はない。


「ええと、それで──」


 俺と土井の顔を困惑したようにきょろきょろと見ながら、警察官が尋ねる。


「公園内で中学生がちょっとヤンチャをしているようなんです」


 土井がそう言うと、警官は階段下に固まる中学生たちと俺を見比べた。


「ええと。君も中学生だよね? ちょっといいかな?」

「彼は関係ないですよ?」


 警官が俺に有無を言わさない感じでズイと踏み込むと、すぐに土井が割って入る。


「私が案内します」


 土井が態度のデカい警官に階段下を指差した。


「ま、いいでしょう」と警官が頷く。


「あ~君たちぃ、ちょーっと良いかなぁ? ここでぇ、な~にしてるのかなぁ?」


 急に猫撫で声になると、警官は階段を下りて行った。


「それじゃあ、後は任せる」

「ええ、蓮人さん」


 俺もちらと階下の連中を見下ろした。


「ここは公共の場。しっかりと掃除させて元通りになるまで帰らせなくてよいぞ?」

「そうします」


 土井が警官の後を追って階段を下りて行った。


 俺はそのまま帰宅した。


 喜村と諏藤も含め、彼らは警官と土井から散々説教されたようだ。


 小さな子どもの遊び場がすぐそばにあるのだ。そこをパイやら看板の残骸で散らかしていた。


 説教の後、「子どもに当たって怪我でもさせたらどうするの?」などと正論で咎められ、全員で掃除をすることになった。


「仕方ないな。手伝ってやるか」


 俺は自室でコーヒーブレイクを愉しみつつ、公園に大雨を降らした。しかも、凍る寸前まで冷やした冷雨である。


 皆、一瞬で濡れ鼠になった。


 まだ九月だというのに寒さに震えながら、仕掛け人たちは片付けをしていた。


 これで【噓コクドッキリ大作戦!】は【大失敗】の終わりとなった。

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