第59話 ダブル噓コク(一名ガチ)

「あの、凡野くん」


 普段は話しかけてこない女子生徒が遠慮がちに声を掛けてきた。


「喜村さんたちからの伝言。話があるから中庭に来てってさ」


 無言で頷く。


 その子はそれだけ伝えるとさっさと帰ってしまった。


 普段からあまりしゃべらない大人しめの彼女は、クラスカーストなる馬鹿々々しい序列でも下層に位置していた。


 今回のドッキリにも加担はしていない。使いっパシリとして使われてしまったようだ。


 当然彼女も同じクラスなのだから、教室の空気や交わされている会話から、何がおこなわれているのか何となく知っている。


 彼女も【イジメを見て見ぬ振り】する有象無象の一人。


 だが俺は非難するつもりも否定するつもりも断罪するつもりもなかった。


 【見て見ぬ振り】は、弱き者が自分を守るために残された数少ない自衛策のひとつだろうから。


 人畜無害そうに見える彼女も、多くの人間同様にその他大勢の一人──だからこその有象無象。


 それが、普通である。


 信吾や松本さんのような人間が、とても稀有なだけだ。




「おまたせ」


 中庭に向かうと、一本の木の下に二人は立っていた。


 一階や二階の廊下の窓の下、外階段の裏側……、さまざまな死角にドッキリの仕掛け人たちが嬉々として身を潜ませる。


 いくつものスマホのレンズがこちらを向いていた。


「ありがと、来てくれて」と喜村が言う。


「会いたかったよ、アタシの神カレ!」


 諏藤が飛びついて来たので躱す。


「その言い方、いい加減にやめてくれ」

「いいじゃん! アタシと蓮人の仲なんだから!」


 また呼び方が変わった……。


「ちょっと小鳩、抜け駆けは卑怯だって!」と喜村が諏藤を窘める。


 ぷくりと頬を膨らませた。


「今日はそういうのはナシなんだから!」

「あ、そうだった。ごめんごめん……」


 諏藤が困った顔をして頭を掻いた。


 二人の顔から冗談めいた笑顔が消える。真顔で俺に向き合った。


「今日は大事な話があんの、凡野くんに」

「なにかな?」


 一瞬間を置くと、喜村が真っすぐに俺を見つめる。


「ワタシたち、君のことが。凡野蓮人くんのことが好きです。ワタシたちと付き合ってくれませんか?」

「アタシも蓮人のことが大々々好きで──す! 付き合ってくださ──いぃ!!」


 諏藤が両手を広げて絶叫した。


 中庭じゅうに響き渡る。


「……」

「どう、したの?」


 黙っていると喜村が聞き返してきた。


「いやその、何て言っていいか。正直、戸惑ってる」


 そう俺は頬を掻いてみせた。


「女の人から好きって言われたこと、今までないからね」


 そう返すと、二人は互いの顔を見やってくすりと笑った。


「蓮人ってば可愛いんだから」

「嫌、だった?」

「う~ん、嫌って言う感情はないかな」


 俺はそう答える。


「それに、どうすればいいのか分からないな。急に二人から告白されて、どちらか一人なんて選べないし……」

「そういうことね」


 納得したように喜村が頷く。


「ワタシたちも、その辺はお互いに話し合ってるんだ」

「え? 二人で?」

「うん。知ってると思うけど、ワタシたちは恋のライバルだけど、大切な親友でもあるからね」


 喜村が諏藤を見やる。


「親友だからこそちゃんと話し合った……。そこで分かったのは、ワタシが君を好きな気持ちも本物、小鳩が君を好きな気持ちも本物ってこと。二人とも、真剣なんだよ……」


 静かに言って下を向く。


「これってどうすればいいのかなって。それで──」


 顔を上げると、諏藤を抱き寄せて二人でこちらを見つめてきた。


「別に誰か一人だけって決める必要なくない、って!」

「そうだよね!」

「えっ!?」


 俺は驚いたように仰け反ってみせた。


「いや、けど。二人はそれでいいの?」

「うん。それがワタシたちが出した結論です!」


 ダブル噓コクなんだから、当然そうしないといけない訳だ。


 俺は困ったように頭を抱える。


「ちょ、ちょっと、ごめん。いきなりそんな風に言われても、急には割り切れないな」

「ワタシたちが良いって言ってるんだよ?」


 喜村が首を傾げてみせた。隣の諏藤もそれを見て同じように首を傾ける。


「恋人が二人居る。今ドキ、そんな恋愛のカタチがあってもいいんじゃないかな?」

「だよね、菜乃葉。アタシたち二人とお付き合いしましょ?」


 如何にもな、現代風の理屈を付けてきたな。


 少しの間、俺は黙った。


 そして二人を真顔で見つめ返した。


「ごめん。古い考え方かもしれないけれど、やはりそれは誠実じゃない気がする。少なくとも俺は無理だ。きっと三人とも破綻するだろうな」


 俺がそう答えても、喜村は黙ったままだった。


「分かった。ならアタシは、蓮人の選択に委ねるよ」


 諏藤だけが小さく頷く。


 一瞬ムッとしたように喜村が諏藤を睨んだ。


 予期せぬことが立て続けに起こってイラついているな。


 このドッキリにおいて、俺が二人を同時に恋人にするのが最も望ましい結果だった。だが、二人の内一方だけを選んだ場合の対策もちゃんと考えられていた。


 仮にどちらか一人を選んでも、選ばれなかった方はその後もラブコールを送り続ければ良いのだ。そうやって二人がかりで俺を骨抜きにする作戦である。


 要は、自分は女の子たちからモテモテなのだと勘違いさせられれば良い。


 だから俺は【どちらも選ばない】選択をするつもりだ。


「君は、どうする? どうしたいのかな?」

「時間が欲しい」


 問うてきた喜村にそう答える。


「告白も急で戸惑ってるし、今すぐには決められない。二人の思いが本物ならばなおさら」


 俺は二人を恋人にすることもなく、どちらか一人を選ぶことも避けた。


 どっちつかずの答えを示してお茶を濁す。


 喜村は一瞬でいろいろと考えを巡らせたようだ。


「わかった、理解するよ」


 然も納得したかのように頷く。心の内のどす黒い感情を隠して。


「ならさ、ワタシたちとまずはトモダチ以上恋人未満な関係になろうよ。それならいいでしょ?」

「そっちが良いのなら、構わないけれど」

「ヤッター! 蓮人と特別な関係になれたーっ!」


 諏藤がまた抱き着いてくる。


 取りあえずは驚く振りをしつつ抱きとめた。


「まったく、小鳩ったら。アンタはそれで良いの?」

「いいよ! これで蓮人と二人でいろいろなことできるね? ね、今度の休みの日にデートしよ?」

「ちょ、小鳩、だから抜け駆け!」


 喜村が俺の腕に自分の腕を絡ませてくる。


 諏藤も反対の腕を抱きしめた。


 左右を見やって、俺は戸惑った表情を浮かべてみせる。


「あのさ、二人とも……。これって結局、二人を恋人にしてるのとなんも変わらないんじゃ」

「そう? ワタシたちはそうは思わないけどな?」

「そうそう! アタシたち、友達以上恋人未満だもんね?」


 こんな感じで、ダブル嘘コクはトモダチ以上恋人未満という曖昧な結論が着地点となった。




 そして、あれから一週間ほどが過ぎた。


 トモダチ以上恋人未満である筈なのに、二人は実質、俺の恋人のような振る舞いをしている。


 昼に一緒に弁当を食べたり(信吾も入れて四人で食べているが)、授業の班分けなどで一緒になったり、学校帰りに買い物やらカラオケやらに連れ出された。

 当然、戸口や湖条など仕掛け人の生徒たちがいつも尾行したり先回りして隠れてスマホで盗撮していたが。


 こうして週末──俺たちは初めてデートをすることになった。


 そこが、クライマックスだ。いよいよネタばらしがおこなわれる。


 俺が二人と過ごしている間にも、裏ではネタばらしの準備が進められていた。


 皆、祭りの準備をしているように楽し気だった。


 ネタばらしの舞台は、学校の近くにある公園で決まったようだ──なんと、俺の家の近所のである。


 前の人生で俺が階段から転げ落ち、一学期もよくトレーニングをおこなっていた公園だ。


 昨日も土曜日だというのに、公園にクラスメイト達が集まっていた。


 自分たちが隠れる場所や盗撮の画角、喜村と諏藤の立ち位置を確認し、入念なリハーサルをおこなっていた。


 ネタばらしまでの計画は──


 まず初デートを終えた帰り道、公園で少し話をしようと誘う。


 ベンチに俺を誘導し、俺を左右から挟み込んで座り、逃げ道を断つ。


 甘い言葉でキスをする素振りをして俺に目を瞑らせる。


 そのままそっと二人は姿を消し、生徒たちが俺を取り囲む。


 違和感に気が付いて俺が目を開けた瞬間、生徒たちが俺の顔面にパイを投げつける。


 同時にドッキリ大成功の効果音と共に、全員で「ドッキリ大成功!」の大合唱──看板を俺に見せつける。


 そして喜村と諏藤からすべてが嘘だったと告げられる。


 俺が絶望し放心状態になったところで、もう一度パイを投げつける。


 その後はお祭り騒ぎのやりたい放題……。そんな感じの計画だ。


 結構なことだ。


 だが、祭りはいつかは終わる。


 頑張って作って来た看板やパイもちゃんと使わせてあげようではないか。使い方は彼らの計画と少々違うがな。

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