第57話 松本さんを初【鑑定】

「ふう」


 十匹目の神龍を討伐し終えて、俺は額の汗を拭った。


 山の奥に太陽が沈み、西日が強くなる。


 空がオレンジ色に輝いていた。


 今日は八月三十一日。


 夏休みの間、【追憶】を使った一日十戦のノルマを俺は完遂した。


 途中、百鬼夜行や禍つ神の復活などの横やりはあったものの、それも夏の良い思い出である。


 渓谷に流れ込む涼しい風が心地良い。


「静かになったな……」


 荒神たちが居なくなったこの場所は、いつもの静けさを取り戻していた。


 ふと胸に寂寞とした思いが去来する。


 俺は鼻から笑い声を漏らした。


 なにを感傷に浸っているのか。


「風のせいだな」


 街中はまだまだ暑いが、高地であるこの渓谷には、いち早く秋が近付いている。


 明日から学校だ。


 この夏に俺はかなり強くなった。だが、まだまだだ。


 松本さんが死ぬことになる三年生まで、残り七カ月──それまでにもっともっと力をつけねばな。




 そして九月一日の朝──


「あ、凡野くん、おはよー!」


 通学途中で、元気よく声を掛けられた。


 松本さんだ。


 彼女とは積極的に関わらないように努めているが、かと言って無視するのも逆に意識をしている証。


 だから俺は素直に挨拶を返した。


「おはよう、松本さん」

「久しぶり! 元気だった?」

「ああ、松本さんは?」

「わたしもこの通り」


 松本さんが笑顔で力こぶを作ってみせる。


「……」


 意味もなく淑女レディに対して【鑑定】を使うのは憚られた。だからこそ、今まで松本さんに対しては使ってこなかった。


 だが、医学的診断が可能になった今なら、その必要性もあると言うもの。


 中学生の年齢で考えにくいことではあるが、松本さんが何らかの重病に罹っている可能性もゼロではない。


 それが松本さんの死因かもしれないのだ。


 俺は松本さんをじっと見つめる。


 【鑑定】……。


***


名 前 松本あいな

称 号 ―

年 齢 14

L v  5


◆能力値

H P     42/42

M P     10/10

スタミナ   15/15

攻撃力    12

防御力    10

素早さ    14

魔法攻撃力  5

魔法防御力  5

肉体異常耐性 9

精神異常耐性 11


◆根源値

生命力 10

持久力 7

筋 力 4

機動力 5

耐久力 3

精神力 4

魔 力 2


【精神異常】

精神不安


***


 驚いた点と気になる点が一つずつ。


 まず驚いた点は、彼女が魔力持ちだということだ。街中では見かけることが無かったから。


 だが、夏に陰陽師や巫女、法師たちと出会ったので理由は分かる。


 松本さんも霊力や法力と言った、彼らと同等の能力ちからを秘めているということだろう。本人は気が付いていないかもしれないけれど。


 どちらにしても、魔力持ちと言う点は特に問題は無い。


 それよりも気になるのが【精神不安】が出ていることだ。傍からと見て、何か問題を抱えているようには見えないが。


「凡野くん、どうしたの?」


 じっと俺に見られて、松本さんが少し照れたように視線を外す。


「あ、すまない……」

「ううん」


 松本さんは首を横に振り、もう一度俺を見返した。


「凡野くん、ちょっと見ない間に、また雰囲気変わったね」

「そうかな?」

「うん。背、伸びた?」

「そうかもしれない」

「う~ん。なら、そのせいかな?」


 腕組みすると、首を傾げて難しい顔をする。


 或いはレベルアップしたからだろうか。


 レベルアップにより【王威】も強くなり、更には禍つ神との戦いによって【鬼神】【荒神の王】と言う称号までも得てしまっていた。


 デバフで抑えてはいるが、そのせいだろうか?


「まあ、男子三日会わざればって言うもんね」


 松本さんは勝手に納得したようだ。


「松本さんも、ちょっと髪が伸びたね」

「あっ! 気づいてくれた!?」


 嬉しそうに毛先を触る。


「せっかくだし、髪型ちょっと変えてみました~!」

「そう」


 前までは彼女は首元までのショートカットだった。今は肩に、柔らかな毛先が乗っている。


「変?」

「いいや、変ではないよ」

「そう? 良かった」

「それよりも、松本さん」

「ん、なに?」


 いきなり「精神に不安が無いか?」などと何の脈略も無く聞いたら戸惑うだろう。


 俺は聞くのを躊躇った。


「お~い、あいなー!」


 言葉に迷っていると、道の奥から女子生徒が二人、手を振ってこちらへとやって来た。


 いつもの松本さんの友人たちだ。背が高いのと、松本さんと同じくらいの背丈の女子生徒である。


美月みづきしずく、おはよーっ!」


 松本さんも手を振り返す。


「うげ、凡野!?」


 隣に居る俺を見つけて、背の高いのが苦い顔をする。


「あ、あいな、なんで凡野と居んの?」

「偶然一緒になってさ。わたしたち、割と家も近いんだよ」

「そ、そうなの」

「おはよう」

「あ、ども」


 俺が挨拶すると、二人とも余所余所しく言葉を返した。


「それより見てよ、あいな」


 背の低い方が背の高いのの腕を引っ張る。


「美月ってば、少し見ない間にまた黒くなってんですけど?」

「ははは、夏休みは沢山焼きたいって言ってたもんね」


 笑いながら松本さんは頷いた。


「ふふ~ん、これで私も念願の黒ギャルデビューよぉ!」


 自慢げに長い髪を手でさらりと流し、背の高いのが鼻息を荒く澄まして見せる。


 確かに、かなり日に焼けた肌をしていた。


「よく分かんないけど、日サロってとこで焼いたの? めちゃ高くなかった?」と、松本さんが聞く。


「なわけないじゃん、夏だよ!? 直射日光よぉ!」

「まさかの直火!?」

「あいな、直火って……」


 松本さんが目を丸くする。


 直火女子が黙っている俺を透かし見てきた。


「ど~よ、凡野。この小麦色の肌?」

「どうと言われてもな」

「ギャルだぞぉ? お前みたいなの、こう言うの好きだろ? ホレホレ、オタクに優しいギャルとか妄想しちゃってんだろ~?」


 何を言っているのだ、コイツは?


「ええと、名前なんだっけ?」


 そう言うと、直火女子がずっこけた。


 松本さんたちも苦笑する。


 二人のことはあまりよく知らないのだ。一年の時もこの二人とは同じクラスではなかったし。


 背の低い方が、やれやれと首を横に振る。


「まあ、凡野と美月にカラミなんてあるわけないもんね」

「君のことも知らない」

「いや、あたしもかい!」


 俺たちの様子を見て、松本さんがまた困ったように笑った。


 直火女子がズンと前に出て俺を睨む。


灰谷はいたに美月みづきよっ! 同級生の名前くらい憶えときなさいよね!? そんなんだから舐められんのよ、アンタは!」

「まあまあ」と横に居るのが宥めた。


「因みに、あたしは桜葉さくらばしずく

「そうか、よろしく」

「てか凡野に自ら自己紹介とか……、なんだか自己嫌悪」


 灰谷が項垂れる。


 松本さんたちはそれを見てまたまた笑った。


「蓮人く~ん」


 四人で歩いていると、再び声を掛けられた。


 信吾だった。


「げ、また現れたよ」と灰谷が小さく言う。


「おはよう!」

「おはよう」

「あっ、灰谷さんたちも、おはよう」


 自然と五人で向かい合う。


「二学期初日からこいつらと登校とか……」

「いいじゃん! さ、みんなで行こ行こ」

「あいなぁ~」


 しょげ返る灰谷の背中を松本さんが押す。


 俺たちは五人で学校へ向かった。


「夏休みの写真、今度渡すね」


 歩きながら、信吾がそう言った。


「今週の土曜日とかどう? 家に遊びに来てよ」

「わかった、ありがとう」

「夏休み一緒にどこか行ったの?」


 少し前でそれを聞いていた松本さんが会話に加わる。


「うん! 楽しかったね」

「まあな」

「はあぁ~~!」


 空を見上げ、急に信吾が溜息を漏らす。


「どうしたんだ?」

「やっぱりぃ……夏休みっていつか終わっちゃうんだね」


 沈痛な面持ちで、ぽつりと零す。


「何を言ってるんだ?」

「憂鬱……」

「ははは」


 信吾の様子に松本さんだけでなく灰谷や桜葉も苦笑した。


 信吾にも【精神不安】が出ている。あと、初期の虫歯が見られ、脂質も高めだ。


 信吾め、夏にクーラーの効いた部屋でお菓子やアイスばかり食べていたな。


「分かるよぉ。わたしも二日くらい前から、ちょっとヘコんでた」


 眉を寄せ、松本さんがうんうんと頷いた。


「夏休みの終わりは、誰にとっても気鬱なもんですな~」


 桜葉もしみじみと言う。


 なるほど、【精神不安】の理由はそう言うことだったか。


 俺は安堵した。


 松本さんの身体面にも、特に異常はなかった。医学的に診て健康体だ。


 100%可能性が消えた訳ではない。


 だが、少なくとも現時点で彼女の死因からは除外してよいようだな。


「ねぇ、凡野くん」

「ん?」

「そう言えばさっき、何か言いかけてたけど、なんだったの?」

「ああ──」


 そこで言葉を区切ると、ちょっと考えてから俺は答える。


「松本さんって、霊感があったりする?」


 いきなりそう聞いたものだから、松本さんも信吾たちもぽかんと口を開けた。


「うーん、どうかなぁ、わかんない。けど、小っちゃい時にお婆ちゃん家で一度幽霊なら見たことがあるよ~」


 恨めしそうな顔をして、松本さんがにやーっと笑う。


 俺も思わず笑った。


 やはり俺は彼女の笑顔が今でも好きなようだ。


「それがどうかした?」


 素に戻って松本さんが首を傾げる。


「いや、ちょっと聞いてみたかっただけだよ」


 松本さんたちと別れ、俺と信吾は三組の教室へと入った。


 精神不安とまではいかないが、俺自身も少し気になることある。


 教室に入って、それを強く感じた。


 俺の【スキル】──【索敵】の範囲はすでに自宅に居たとしても、学校までその圏内に入っている。


 数日前に三組の生徒の多くが、教室に集まってなにやらコソコソとやっていたのを、俺は既に知っていた。

 流石に【超聴野】で聞き取れる距離ではないから詳細は分からないのだが。


 恐らくその中心は、隅に固まっている女子の四人。ほかの連中からも幼稚な嗜虐心のようなものが伝わって来る。


 二学期早々、また何かを企んでいるようだな。

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