第54話 噓コク罠ハメ作戦会議!

 翌日、二年三組の教室には生徒の半数以上が顔を揃えていた。


 生徒や先生からも信頼の厚い柴原を筆頭とした男子の一軍以下、クラスの主要メンバーは皆、集結している。


 女子たちも三軍までのすべての生徒が集まっていた。


 菜乃葉ら一軍の女子の呼びかけによって集まったメンバーである。


 声を掛けられていないのは、空気同然と考えられている生徒とマジメ系の一部生徒だけである。


 彼らはノリが悪く、誘っても面白くはないだろう。


 マジメ系も同様である。先生にチクられる可能性も考えて除外ハブっているが、そもそも彼らにそんな勇気は無い。


 菜乃葉らはそう見立てていた。


 凡野蓮人のイジメを見て見ぬフリしている時点で、それは明白である。


 なによりも担任の知内自体が、凡野蓮人をイジメているようなものなのだから、その手の妨害は無いだろうと踏んでいた。


 彼女たちのそう言った嗅覚は、鋭い。


 ※因みに、南たちが呼ばれていないのは当然である。


「凡野に嘘コク!?」

「しかも、ダブル噓コクだって!?!?」


 菜乃葉ら四人が例の動画を見せ、【嘘コクドッキリ大作戦!】について説明すると、男子生徒たちは目を輝かせた。


「なにそれ……」

「超面白そうじゃん!!」


 女子も大盛り上がりである。


「でしょ? 凡野の奴、最近調子に乗っててムカつくじゃん? 全員で一度お仕置きしてやろうよ」

「そのために、ここに居るみんなで凡野を罠に嵌めるんだよ?」


 全員に向かって菜乃葉と小鳩は言った。


「でも、具体的に俺たちは何をすりゃ良いんだ?」と一人が聞く。


「隠し撮りする係も必要でしょ」

「それに【ドッキリ大成功!!】の看板も用意しないとね?」


 美遥と心寧が答える。


「おお、なんかメッチャ楽しそうじゃん!」

「なんかワクワクすんな」

「手分けしてこっそりやろうね? 凡野にバレないように注意だよ」

「もちろん!」


 生徒たちは本当にお祭り気分ではしゃいでいた。


「そういう裏方も重要だけど──」


 そんな彼らに向かって、小鳩は言う。


「全員参加で、標的ターゲットをうま~く誘導すんのが一番大切だからね?」

「そうそう、みんなもドッキリの参加者なんだから」

「仕掛け人って奴か……」


 菜乃葉たちの言葉に、お調子者の安本が頷いた。


「オレ、一度やってみたかったんだよねぇ!」


 悪い顔を作って笑った。お笑い大好きの彼もクラス始まって以来の一大イベントを前に興奮している様子である。


「そ、みんなはドッキリの仕掛け人って訳」


 菜乃葉がほかのクラスメイト達を見やって呼びかける。


「ここに居る全員が仕掛け人になって、アイツの恋を応援するフリをして、どんどんとその気にさせてくのさ」

「外堀を埋めてく訳ね?」

「そ! ターゲットを追い込んでくの。そういう追い込み役の方が、実は一番重要だったりするからね」


 小鳩がウインクする。


 その言葉に、男子の一人はニヤリと笑って唇をぺろりと舐めた。


「へっ! みんなして凡人を罠に嵌めるのか、面白そうじゃん!」

「俺も凡人の分際であの舐めた態度は気に食わなかったんだ!」


 別の男子が拳を叩く。


「けどさ、全部嘘だって知ったら、凡野の奴、どんな顔すんのかな?」

「ショック過ぎて今度こそ不登校になんじゃね?」

「イイねそれ。一石二鳥じゃん」


 生徒たちは笑い合った。


 その様子を見て、菜乃葉も冷笑する。彼女の脳内イメージには、メンタルブレイクされて打ちひしがれる凡野蓮人の姿がはっきりと浮かんでいた。


「凡野……、調子に乗り過ぎたゴミカスは地獄の底まで叩き落してやる」

「ハハハ、ヒドイ言われよう……」


 菜乃葉の豹変ぶりに、一人の少年が引き攣ったように笑う。


「アイツ、自殺すんじゃねぇか?」


 隅に居た少年もぽつりと言った。


「あぁ? なんか文句あんのかよ?」


 菜乃葉に睨まれて、二人の少年がビビる。


「あんたらも、アイツの事気に食わねぇんだろ?」

「そ、それはそうだけど……」

「流石にちょっと可哀そうかなって思って」

「ていてーいっ!!」


 ペペ──ンッ!!


「うわ!?」

「痛っ!」

「またつまらぬものにツッコんでしまった……」


 安本が後ろから二人の頭を叩いていた。


 神妙な顔をして首を横に振る。


「なにすんだよ、安本」

「いてぇじゃん」

「お前らさぁ! な~にイイ子ちゃんぶってんだよ!?」


 安本が二人に組みつく。


「そう言う訳じゃないよ、同じ男としてちょい同情しただけで」

「いいじゃん、いいじゃん!」


 小鳩もぽんと二人の肩に触れる。


「想像してみてよ?」


 二人の前に立つと、手を広げて見せる。


「こ~んな美少女二人から同時に言い寄られるんだよ? 両手に花なんてアイツの人生で、この先もう二度と、一っっっっ生無いよ?」

「それなっ!!」

「なっ!」


 女子の数人が顔を見合わせて声を揃えた。女子と一緒に安本もテヘペロ顔で人差し指を立てる。


「まあ、、だろうな」

「確かにね」


 男子たちも頷く。


「てか小鳩、アンタ自分で美少女とか言う?」

「イシシ!」


 菜乃葉に呆れられ、小鳩は笑った。


 少し引け気味だった男子を前にして、小鳩が前屈みになる。上目遣いで言葉を続ける。


「ね? 凡人君はさぁ、この先も灰色のダメ人生が確定してるじゃん? 人生最後のイイ思い出作ってあげるんだからさ、むしろ良いことしてるって思わない?」

「お、おう……」

「まあね」


 胸を凝視しながら、男子二人は生唾を飲み込んだ。


「慈善事業、みたいなもんか」

「だ、だな」

「そうそう、人助けだよ」


 女子たちも頷き合う。


「けどさ、美人でモデル系の喜村きむらさんと、カワイイ系の諏藤すどうさんのまったくタイプの違う二人を前にして、アイツはどんな反応するのかね?」

「てか、どう言うのがタイプなんだろ、アイツ」


 女子たちがまさに女子トークで盛り上がる。


 喜村きむら菜乃葉なのは──いわゆるギャル系ですらっとした美少女。見た目通りのクールな性格で、自分が認めた男以外は基本無視している。何故かそこがまた一部の男子に受けていた。


 諏藤すどう小鳩こばと──学年一の巨乳と噂される小動物系の少女。可愛い顔をして男子を手玉に取らせたら右に出るものは居ない恐ろしい娘であった。


「陰キャ童貞らしく、やっぱ諏藤さんみたいなのが好きなんじゃね?」

「言えてる!」


 女子たちが大いに頷き合う。


「てかさ、あの根暗、ガチで諏藤さんのこと好きそうじゃね?」


 生徒らが小鳩の胸を覗き見る。


「あいつ、ゼッテー陰でシコッてるから、諏藤さんで」

「ヒエェ!」


 小鳩がわざとらしく胸を隠して困り顔を見せた。


 女子たちが笑う。


「いやぁ、わたしは意外と喜村さんみたいな女子がタイプかもって思ってるよ」

「グイグイ引っ張ってくれるお姉さん系が好みってこと?」

「そう」

「居るよね、そういう男」

「いや、何様!」

「甘いなぁ、女子は!」


 安本が、女子トークに斬り込んでいく。


「なんだよぉ、安本!」

「女子の会話に入って来ないでよね」


 などと言われても、安本はどこ吹く風だ。腕組みし真面目な顔して女子たちの前に歩み出る。


「俺の見立てでは、あのむっつりスケベは女子なら誰でも良い! 見境なく、みんなのことを夜な夜なぁ……」


 女子たちの胸の位置で、エアーモミモミをしながら近づいていく。


「っぎゃ────っっ!!!!」


 瞬間に、女子たち全員がざらついた悲鳴を爆発させた。


 自分の身体を抱くようにして、身震いする。


 対照的に男子は大いに笑うのだった。


「安本、ざけんな!!」

「セクハラかよ、警察呼べよ!」

「チョーシ乗んなし、安本!!」

「マジ、気持ちわりぃ!!」


 菜乃葉たちを中心に、殴る蹴るされる。


「ちょ、マジごめん! ごめんって! うごっ!? 誰よ今ガチの腹パンしたの!?」


 安本は総攻撃に遭って、男子の後ろに笑いながら退避するのであった。 


「どっちにしても、役得だよな」


 男子の一人が思わず溜息を漏らした。


「ほんの少しでも喜村さんと諏藤さんの二人からモテて、おまけに告白されんだぜ? 俺が変わってもらいたいくらいだよ」

「いやお前、さらっと告白してんじゃねぇよ!」

「ちゃ!? 違うし!」


 男子たちも盛り上がって来たようだ。


 引け気味だった二人の少年も顔を見合わせる。


「そう考えると、俺もなんか逆に羨ましくなってきた」

「うん。凡野の奴がムカついてさえきたわ」

「逆に、もしもアタシらが凡野から変なことされそうになったら守ってよね?」


 男子たちを見て小鳩が言う。


「変なこと?」

「だって~、陰キャ君は何しでかすか分かんないじゃん? ちょっと怖いんだって」

「あぁ、言えてるわ」


 生徒たちが口を揃える。


「アイツ、女の子と話すらしたことないだろうから、ちょっと優しくしただけで暴走しそうじゃない?」

「陰キャはそういうとこ怖いからなぁ。なんかのきっかけで爆発して二人のこと襲ったりしそう」


 美遥と心寧も心配そうに頷き合った。


 二人は男子たちを見回して困り顔をして見せる。


「ね? その時は二人のことを守ってよね、男子?」

「お、おう!」

「俺たちに任せとけ!」


 男たちは鼻息を荒くして頷き返した。


「なぁ、柴原?」


 静観している少年を見て、菜乃葉が呼びかける。 


「さっきから黙ってっけど、あんたも協力してよね」


 頭も良く、スポーツも万能な柴原は皆から一目置かれる、クラスのリーダーである。


 一件はクールな印象だが、特に堅苦しい訳でもなく、冗談の通じるパーフェクトな存在だった。


 菜乃葉に問われると、柴原は軽く嘆息して頷いた。


「ああ、わかったよ。積極的に何かをするつもりはないけど、少なくとも邪魔はしないさ」


 肩を竦めて笑う。


 その涼し気な目元が緩むのを見て、数人の女子の眼がハートになった。


 生徒たち全員の意思はこうして纏まった。菜乃葉ら四人は、凡野蓮人を罠に嵌めるまでの詳しい行程を話し合った。


 まるで文化祭の準備をするように、生徒たちはこれから始まる一大イベントを前にして気持ちを高めていく。


 ただそれだけではない。一匹の獲物を集団で追い込む狩人のような心理とでも表現できようか……。


 彼らは身体の内側から起こる、ゾクゾクと身を震わせる嗜虐心を味わっていた。


「全員で協力して、アイツを狩るぜ!!」

「おう!!」

「もう二度と舐めた態度取れないように、徹底的にやるからね!!」

「ああ! 凡人に一生分の恥と絶望を味合わせてやろう!」

「しゃあっ!! みんなで凡野嵌めんぞ!!」


 こうして、クラス総出の凡野蓮人に対する【嘘コクドッキリ大作戦!】の幕は切って落とされた。

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