第53話 嘘コクドッキリ大作戦!

 ──都内の某ハンバーガーショップ。


 四人の少女が、うだうだと駄弁りながら時間を潰していた。


 制服こそ着てはいないが、彼女たちは皆、悠ヶ丘学園二年三組の生徒である。


菜乃葉なのは、夏休みの課題終わった~?」


 そう聞かれたのは、長い髪をきれいに染めた、すらりと背の高い少女だった。


「終わる訳ねぇじゃん」

「マジでぇ~。あと三日じゃん」


 菜乃葉がストローを口に咥えたまま、つまらなそうに天井を仰ぐ。


 ストロー越しに溜息を吐いた。


「なんかダル~」

「あ~、夏休みももう終わりか~」

「ん? てか美遥みはる、さっきからアンタなにしてんの?」


 ふと横を見ると、友だちの一人、美遥が黙々とノートにペンを走らせている。


「出来た!」

「なに?」


 菜乃葉たちに、自慢げにノートを見せつけた。


「ホレ!」

「彼氏にしたくない男子ナンバーワン?」

「またやってたん、アンタ?」


 それは二年の一部女子が定期的におこなっている投票である。


 【彼氏にしたい男子ナンバーワン】と言う人気投票の裏で、【彼氏にしたくない男子ナンバーワン】と言うものも発表し、それは広く流布されていた。


 男子生徒たちにとって、一種のモテ度のバロメーターにもなっている。


 これらの人気or不人気投票は、学年の中でも割と人気がある彼女たちのような陽キャグループが中心になって作成されていた。そのため一定の権威があり、男子たちはそれを見て一喜一憂するのだった。


「そんなん、何度やっても凡野と緑屋が万年ツートップじゃん?」

「そうそう、あの二人が桁違いなんよ、特に凡野」

「一年の頃からずっとそうだもんね」


 そう言って、一人がクスクスと笑った。


 凡野蓮人──【彼氏にしたくない男子】投票始まって以来、不動のワースト一位をキープし続ける、ある意味殿堂入りの男である。


「チッ、チッ、チッ! 甘いな、みんな」


 美遥が困り顔で笑い、指を振る。


「よ~く見てみ?」

「え?」

「あっ!」


 【彼氏にしたくない男子】

  1位 南

  2位 加賀

  3位 佐根川

  4位 兎井

  5位 凡野……


 その並びを見て、一同爆笑。手を叩いて笑い合った。


「あたし的に今はこう! てか、うちのクラスはみんなこうでしょ?」

「確かに! あん時の南たち、チョーシ乗ってたもんねぇ!」


 一学期の終わりの、南ら四人組の光景が思い出される。


 菜乃葉はおもむろに立ち上がると、わざとらしい声真似をした。


「『俺のことは、今日からウルフと呼んでくれてイイゼ!』、はぁ(怒)!? みたいな」

「ギャハハ! ウマいじゃん、菜乃葉!」

「それな!!」


 四人はまた爆笑した。


「あん時マジ鳥肌立ってたから」

「アタシも!」

「そういや小鳩こばと、あんた確か、加賀にコクられてたよね?」

「マジで!?」

「……うん」


 顔を向けられると、小鳩が幽霊でも見たような顔して頷いた。


 大きくて少しタレ目の少女だった。胸元のボタンが大胆に空いていて、大きな谷間が見えている。


「タイガーね? 加賀こと、タイガーねwww」

「で、なんて言われたの? ね? マジ、なんて言われた?」

「『お前は危なっかしくて見てらんねぇんだよ、俺が守ってやるよ』的な?」


 三度爆笑──テーブルを叩く音が店内に響いた。


「ウゼーッッ!!」

「きっしょぉぉ!!」

「そうっしょ!? 生まれて初めて全身に鳥肌立ったから!」

「小鳩のどこが危なっかしいっての、バカなのあいつは!?」


 それからも四人は、一学期の南たちのことを振り返り、夏休みが終わる憂鬱な気分の憂さ晴らしをするのだった。


 南たちの二年の番宣言と通り名の発表という奇行っぷりは当時から多くの生徒たちの話題の的であった。主に苦笑の。


 だが、その奇行はほんの数日で終わりを迎えることになる。


 彼らはどうやら、番長のコングにも不良グループにも属することなく勝手に番を名乗っていたらしいのだ。


 それでどうやら、本物の不良たちに絞められたらしい。


 本来であれば多少なりとも同情の余地はあるのだろうが、あの調子に乗りっぷりと更には一年生たちから金を巻き上げていた行為、その挙句にトールからもボコられた事実も相俟って、南たちに同情するものは皆無だった。


 南たちの天下は即終了。夏休みを待たずして、四人とも隅っこの方で空気と化した。


 笑い涙を拭いながら、菜乃葉が愚痴を零す。


「けど、南たちの万年最下位の凡野が最下位脱出とか、少し許せねぇな」

「それ思った」

「南と同率一位にしちゃいなよ、美遥」


 言われて、美遥が困ったように笑う。


「けどアイツさ、二週間も不登校してたから、てっきりドロップアウトすんのかと思ってたよ」


 ノートを見て、ぽつりとそう言った。


「アタシも思ってた」と小鳩が頷く。


「二週間で何があったんだろうね、マジで!」

「よく考えたら、南たちの比じゃないくらいヤベー変わりようだからね、アイツの方が」

「調子乗ってるもんな」


 不登校明け、凡野蓮人の様子は激変した。


 不登校前とは態度も言動も、何もかもが違っていたのだ。


 彼女たち四人はクラスの女子グループのトップに立つリーダー的な存在である。そんな彼女たちも当然、彼の豹変ぶりは快く思わず、徹底して無視を貫いていた。


 当初、彼の変化は自分たちへのささやかな抵抗であろうと思われた。


 追い詰められた人間の最後の悪足掻きに、過ぎない──謂わば、窮鼠猫を嚙むのような状態だろうと。


 あのような態度をしていて、周囲が黙っているなど考えられず、すぐに撃ち落され、自らもボロを出し、その意志は砕かれると考えていた。


 彼が挫け、元の冴えない根暗な少年に戻っていくのを、彼女たちは高みから見物しようと思っていた。


 だが結局、彼はその態度を貫き通したのだった。


「アイツの事なんて興味ねーけど、一学期あれで通したのはパネェわな」

「おっ、おっ? 菜乃葉なのは、もしかして凡野が気になってんの?」

「は──ぁ!?!?」


 菜乃葉は反射的に相手をバシリと叩いた。


「っざけんなよ、心寧ここね! な訳ねぇだろ!」


 バシバシ!


「ちょ、痛、ごめんって!」と言いつつ心寧が笑う。


「マジで笑えねぇからヤメロ! ザコキャラの分際で、話し方も態度もデカくてボコボコにしてぇくらいなんだから!」

「ゴメンゴメン、悪かったって! あ、じゃあさ! こんなんはどう?」


 叩かれた腕を擦りながら、心寧はスマホをみんなに見せた。


「なになに?」

「こないだ塾友から回って来た奴だけどさ、マジでウケんの!」


 動画だった。


 隠し撮りのような映像を編集して繋ぎ合わせている。


 髪の長い少女がある少年と恋に落ち、その少年に告白するまでが動画にされていた。


 思いもよらぬ告白に最初は驚く少年だったが、少女の積極的な態度により徐々にその気になって打ち解けていく。


 そして、いよいよ初デート──


 公園のベンチに座り、少年が弁当の蓋を開けた。少女の手作り弁当である。


 パカ……。


 蓋を開けたまま、何故か固まる少年。


 その瞬間に、物陰に隠れていたカメラが走り寄る。


 白ご飯には、海苔で『ぜんぶ ウッソで~す!』の文字。


 隠れていたクラスメイトが躍り出て、【ドッキリ大成功!!】の看板を持って登場する。


「いえ~~~い!!」


 画面所狭しと生徒たちがカメラに向かってピースやガッツポーズをして見せた。


 そう、少女が恋に落ちたのも彼女の告白もすべては嘘だったのだ。


 少年が幸せ絶頂のところでネタばらしを炸裂させる、盛大なドッキリであった。


 大はしゃぎなクラスメイト達。一方の少年は白目になって口から泡を吹き、ひっくり返るように、ゆっくりと画面からフェードアウトしていった。


「ヒ、ヒッデ……!!」

「こいつ、マジ、カワイソ……ッ!!」


 笑いを嚙み殺して見ていたが、我慢の限界を超えて全員で吹き出す。


「ね? ね? ウケるっしょ!?」

「なにこれ、マジ最高!」

「でも、こんなんネットに上げたら炎上もんでしょ? 特定されんじゃね?」

「ネットには上がってないって。塾友の中で回ってるだけだから」


 心寧はそう言うと、意味ありげに目を輝かせた。含みのある笑顔を三人に向ける。


「でさ、どう? ウチらもコレやってみね?」

「これを、凡野に?」

「当然っしょ!」


 心寧の言葉に、三人が顔を見合わせる。


「じゃあ、誰が嘘コクするワケ?」

「そりゃ、当然、菜乃葉っしょ」


 名指しされ、菜乃葉が目を丸くする。


「ハァ!? なんでワタシがあんな陰キャと!?」


 目くじらを立て怒った。


 次に自分の腕を抱く。


「想像しただけでキモイんすけど??」

「嫌いなんでしょ、アイツの事?」

「当たり前じゃん!」

「イラつくんでしょ?」

「だからそうだって!」


 心寧がニンマリと笑う。


「なら一番いい役じゃん? 嘘コクする役が一番楽しいんだから」

「そうそう! 菜乃葉、アンタが自分で嘘コク喰らわせなよ!」

「ん~……」


 釈然としない顔をする菜乃葉だったが、心の中で面白そうと思いはじめていた。


 凡野蓮人は明らかに不遜な態度を自分たちに取るようになった。それは許されないことなのだ。


 そんな凡野蓮人のメンタルを、噓コクで弄びズタボロにする。


 想像しただけで、かなりスカッとした。


「菜乃葉、な~んか顔がドSになってるよぉ?」

「フン! いいかもね。アイツの魂の抜けたポカーン顔拝みたくなってきたわ」

「お? やる気出てきた?」

「ちょっと、お灸を据えてやらねーとな」


 菜乃葉はパキポキと指の骨を鳴らした。


 ふと前を見ると、小鳩の胸に視線がいく。


「ふっ! イイコト思いついた……」

「?」

「なに?」

「小鳩、アンタも参加しなよ?」

「え、アタシ?」


 小鳩がキョトンとする。


「そ。せっかくなら単なる嘘コクじゃなくてもっと盛大にやろうよ。題して、ダブル嘘コク!!」

「ダブル嘘コク!?」


 三人が驚く。


「ワタシと小鳩の二人でアイツをその気にさせて、二人でコクんのさ」

「なに、ソレ!」

「メチャクチャ面白そうじゃん!」


 美遥と心寧が手を叩いて笑う。


「女の子二人から同時に好かれるなんて、アイツ経験したことが無いからゼッテー舞い上がるぜ?」


 どこか陰惨な笑顔を浮かべ、菜乃葉は三人を見た。


「高く高~く持ち上げた方が、叩き落された時にショックも大きい。そうっしょ?」

「うわぁ!」

「この女怖えぇぇ!」

「どう? ワタシと一緒にやらね、小鳩?」

「イシシシ! それ超面白そうじゃん! 乗った!」


 小鳩が楽しそうに小躍りする。


「アンタらも協力すんのよ!」

「え、あたしらも?」

「当然だろ! てか、もっと多くの協力者が必要だよ」

「そうそう、こういうのって外堀埋める役が重要だかんね」


 小鳩が頷く。


「確かに。撮影係とか必要になって来るもんね」

「あと【ドッキリ大成功!!】のパネルは欲しいよね?」

「凡野を罠に嵌めるには、クラスの連中に協力してもらう必要があるわな」


 考えれば考えるほど、いろいろと準備が必要だ。


 そしてそれを考えると、ワクワクしてきた。


「な~んか、楽しくなってきた!!」

「明日、クラスの奴らを集めない?」

「よっしゃあ、善は急げだ! 美遥、みんなにライン送って!」

「オッケー!」

「菜乃葉と小鳩の嘘コクドッキリ大作戦の作戦会議じゃい!!」


 これから始まる噓コクという祭りで、四人は盛り上がった。


 夏休みの終わりとは学生の誰にとっても憂鬱なものである。


 だが二学期にこのようなビックイベントが待ち構え、それを自分たちで主導すると考えただけで四人は楽しくてしょうがないのだった。

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