第51話 蹂躙する覇王
「調子に乗るで、ないぃ!!」
俺の態度が気に食わなかったのか、禍つ神の長老が怒る。
触手が鞭のように撓り、俺を襲った。
バシィィィ!!!!
俺の立っていた場所を打ちつける。
「ん~……消えた??」
「ここだよ」
上空から俺は禍つ神を睥睨する。
「また上から物を言いおってからに」
「そんなに見下ろされるのが嫌なら、お前も飛んでみるか?」
そう言うと今度はにやりと笑った。
「小生意気な小僧めが……。すぐに叩き落して──!?」
急に言葉を途切れさせると、奴は戸惑った表情になった。
何か違和感を感じたのか、自分の身体に顔を向ける。
「な、なんじゃ……!?」
奴の全身に何かが絡んでいた。
本来それは透明だが、月の光を受けて時折白く光った。
「これは……糸?」
「そうだ、それは糸だ。【
「ま、まりょく、ねんし??」
「ああ。開発途中の魔法術式だ」
繊維学や昆虫学などを学び、化学繊維と虫の糸の特性を掛け合わせて創り出したのが【魔力粘糸】である。
構想の段階では、単に化学繊維の構造を魔法術式に応用して魔法の糸を創ろうと考えていた。
そんな時に、専門書やネット上の論文を読み漁っていた俺は、バイオミミクリーと呼ばれるものを知る。
バイオミミクリーとは、自然界の様々な仕組みや動植物が持つ機能や構造を応用して、技術開発に役立てる学問である。
そこで途中からバイオミミクリーの考えも取り入れて術式を組んだのだ。
例えば【魔力粘糸】の構造はオオミノガの幼虫、通称ミノムシの糸をベースにしている。ミノムシの糸はとても強靭で、破断耐性が極めて高いのだ。
また蜘蛛の糸の構造を参考に、粘着性を持たせた。
更には、そこにゴムの伸縮性をも付加している。
こうして創り上げた【魔力粘糸】は破断耐性や耐熱性、耐冷性そして高い粘着性と伸縮性を共存させた術式になっていた。
複雑な術式であるが故に、実戦で使えるのかどうか試験をする必要があったのだ。
強度や粘着力、伸縮性などの机上の理論値は既に弾き出している。
さて、実際に使って観測される実測値はどの程度だろうか。実戦でも使える数値まで達しているかどうか……。
それらを試す、今日は良い機会だ。
「さあ始めよう。お前の巨体を使った【魔力粘糸】の耐久試験を」
やはり新しい術式を試すことは楽しくてしょうがない。
俺は笑わずにはいられなかった。
一本一本は本当に細い糸を束にして、俺はそれを手繰り寄せた。
撓んでいた糸がピンと張る。
少し力を入れて引っ張ると、ゴムの伸縮性を指先に感じた。
「こ、小癪なことを……!」
苦虫を嚙み潰したような顔になると、奴は纏わりついている糸を引き剝がそうとした。
だがいくら力を込めて引っ張っても、伸び縮みするだけで貼り付いたままなかなか取れない。それどころかますます絡みついていった。
「頭が高い」
「なんじゃと?」
「さっき、そう言っていたろう?」
両手でしっかりと糸の束を握りしめる。
「ならばお前が俺の遥か頭上まで飛ぶが良い」
力を込めて上に引っ張った。
ず、ず、ず……っ!!
「な!?」
ゆっくりと奴の巨体が持ち上がる。
「こ、小僧。どこにそんな力が……」
顔を強張らせて俺を見上げる。
「想像していたよりも重いな、お前は。秘薬でバフを掛けておいて正解だった」
全身に力を込める。
「ぬぅ!!」
額から汗が噴き出した。
「行くぞ!! 飛べ!!」
全力で真上に牽引する。
「うおおお────っ!!!!」
ぎゅりりりりり────っ!!!!
【魔力粘糸】が急激に伸張し、激しい音を響かせた。
ビチィィィン……ッ!!!!
伸長が限界まで達し、糸が張り詰める。
そして一瞬の静寂の後──
ぎゅおおおぉぉぉぉ……っ!!!!
「にょおぉぉ!?!?」
地上にあった巨体が浮いたかと思うと、遥か空高く飛び上がっていった。
まさに逆バンジーである。
俺の頭上高く、雲にも触れんばかりの高さまで飛び、重力と拮抗して静止する。
「お~い、気分はどうだい?」
「っ!? あ!?」
顔面を崩壊させた驚き顔で、禍つ神の長老が俺を見下ろしている。
がくがくと定まらない視線は俺の顔で止まった。
目が合って俺は、微笑み返した。
「頭が高い」
「え?」
今度は思いきり糸を下へと引っ張る。
引き揚げた時よりも更に本気で、全身全霊で引っ張った。
「ま、待──」
ぎゅるるるるるるる────っ!!!!
再び糸が伸長し、空中で静止していた奴の巨体は、重力による自然落下以上のスピードで地上へと突き進んでいく。
「ああああああああ!!!!!!」
どじゃぁぁぁんんっ!!!!
悲鳴を上げながら、血と肉を煮詰めたような鬼門の内側に叩きつけられた。
「お゛ぉ!? あ゛っ!! がほっ……!!」
顔面から地に叩きつけられて、禍つ神の長老がのた打ち回る。
顔の仮面は割れ、紫の血が流れ出している。
ぐぐぐっ!!
俺は間髪入れずに、再び全力で糸を引き上げる。
「ちょ!? まだやる気か!?!?」
長老が怯えたように俺を見上げた。
「当たり前だろうが、阿呆。これは耐久試験だ。一回や二回で終わりな訳は無いだろう」
至って冷静にそう返す。
「500回いや、1,000回は継続して試験せねばなるまい。糸の最後の一本が切れるまで、な?」
それを聞いて、長老がガタガタと震えはじめる。
「行くぞ、二回目だ!!」
俺は奴の巨体をまた、空高く飛ばした。
コイツの身体を鬼門にぶつけることで、鬼門も同時に叩き潰せたり出来ないかな……。
そんなことを思いつつ、俺はその後も禍つ神の長老を繰り返し繰り返し逆バンジーで空高く牽引し、鬼門に叩きつける耐久試験を繰り返した……。
ひゅおおぉぉ……!!
どしゃ────んっっ!!!!
巨大な肉塊が鬼門に叩きつけられた。
567回目で、糸が完全に破断してしまった。
「はぁ……! はぁ……!」
流石に疲れたな。
息を整える。
100回目を超えた辺りから一本また一本と糸が切れ始めた。
コイツの加重であれば1,000回以上は耐えられなければ実戦向きとは言えまい。
まだまだ【魔力粘糸】は試作段階の域から出ていないらしい。
破断耐性は一万倍、粘着力と伸縮性もあと五千倍は強化したいところだ。
ごぷ! ごぷぷっ……!!
動かなくなった長老の肉塊が血と肉の池に沈んでいく。
ごぅごぅごぅごぅ……!!
突如、不気味な音と地響きが起こった。
鬼門の内側から発せられているようだった。
血の池地獄が奥へ奥へと沈み、収縮していく。
それに合わせて、ミカンの皮のように捲れ上がっていた大地がゆっくりと閉じていった。
それに気が付いた禍つ神の残党が、我先に鬼門の中へと逃げ帰っていく。
やがて鬼門は塞がり、樹海は元に戻った。
たった今までの光景が夢幻であるかのように、樹海が広がっている。
ただ逃げそびれた禍つ神たちとその残骸が、あれが夢でも幻でもないことを証明しているのだが。
「鬼門も閉じた。後は……」
百鬼たちを見やる。
あちらも、あらかたの敵は倒したようだ。
秘薬の効果はまだまだ続く。俺もまだ暴れたりなかった。
百鬼と共に俺は禍つ神の残党を狩り、最初の作戦通り、すべての禍つ神を殲滅した。
その後、使えそうな禍つ神の素材を剥ぎ取って【アイテムボックス】に収納し、俺たちは一人も欠けることなく戦いを終えた。
回復アイテムで傷を癒し、俺たちは鏖殺隊が陣を移した丘へと向かった。
もう一つ、大仕事が控えているからな。
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