第50話 禍つ神の長老

「あ゛あ゛ーーーっ!!」


 遠くから断末魔の叫び声が聞こえてきた。


 薙刀のがしゃどくろが、全身を雷に打たれていた。


 立ったままびくんびくんと踊るように痙攣している。


 黒焦げになると、ぼろぼろと崩れていった。


 どうやら玉藻の矢が命中したようだ。


「オ、のれ……っ!!」

「?」


 俺に手首を斬り落とされた赤鬼の大将が、隙を突いて逃げ出す。


 手下の鬼たちも俺には目もくれずに逃げ去っていく。


 そして五キロ圏外へと、出る。


「!?」


 両面宿儺や酒呑童子、多くの妖怪たちの前に立ちはだかると、赤鬼は大きく両手を広げて見せた。


「妖怪そして鬼どもヨ!!」


 高らかにそう叫んだ。


「我ハ【赤き鬼の王】阿羅鬼怒アラキドナリ!! 我ニ従うノダ!!」


 響き渡る声に、近くの二人が歩み寄る。


 声を聞いた妖怪たちも赤鬼に顔を向けた。


「鬼の、王?」と宿儺が独り言のように問いかける。


「そうダ。百鬼どもヨ、我ニ服従せよ! あそこに居るモノを殺すノダ!」


 そう言うと、俺に指を突き付けた。


「そうでしたか。鬼の王様がお出ましとは」


 眼鏡をクイッと上げて、酒呑童子が赤鬼に近づいていく。


「サア、早く殺──!?」


 シュザザザ……ッ!!


 目にも止まらぬ速さで短剣を振り回し、酒呑童子が赤鬼の腕や足の動脈を引き裂く。


「ぅガぁぁ!!」


 赤鬼が身体のあちこちから噴水のように血を噴き出した。


 真後ろに倒れ込む。


 その血を全身に浴び、酒呑童子が口元に伝う血をひと舐めした。


「うん、これはなかなか良い鬼肉だ。しっかりと、血抜きをせねば……」


 満足げに眼鏡を光らせる。


「キ、貴様、何故オレに従わヌ!? このオレには、妖鬼ヲ従わせる力が……っ!?!?」


 言葉の途中で、赤鬼が絶句する。


 彼の目の前で、手下の鬼たちも片っ端から百鬼に倒されていたからだ。


 周囲に居る百鬼の誰一人として、赤き鬼の王に忠誠を誓ってはいなかった。


 彼の固有スキル【妖鬼隷属】は、百鬼たちには効果が無いようである。


「おい、お前」

「!?」


 両面宿儺が倒れた赤鬼の首元に乗っていた。赤鬼を見下す。


「鬼の王だか知らねぇが、俺たちは誰にも服従しない。恭順しない。ただ唯一、一人を除いてな──」


 そう言うと、倒れた鬼の顔越しに俺をチラと見やった。


「貴様如きが俺たちを従えられると思うな」


 股を大きく開き、肩に担いでいた神龍の大剣を担ぐ。


「ま、ま、待テ──!!」


 斬!!


 命乞いなど聞くこともなく、宿儺は赤鬼の首を刎ねた。


 どうやらあいつらも、問題なく戦えているようだ。


 その様子を見て、俺はそう思った。


「シャ────ッ!!!!」

「ん?」


 鬼の次は八つの頭を持つ大蛇の登場だ。


 伝説に名高い八岐大蛇ヤマタノオロチである。 


 真っ赤な目がこちらを見ていた。チロチロと長い舌が終始、出入りしている。その鱗は、血で爛れたような色をしていた。


 俺は先ほど使った【エリクサー】の残りを、一気に飲み干した。


 HP、MP、スタミナが全回復する。


 バクンッ!! バクンッ!! バクバクンッ!!


 八つの頭部が入り乱れ、連続の噛みつき攻撃を繰り出してきた。


 山のような巨体にも関わらず、流石は蛇である。がしゃどくろや鬼など比較にならぬほどに素早い。


「ガジャジャジャ!!」


 耳障りな音と共に、真横からは大顎が迫ってきた。


 空高く飛翔して身を躱す。


 巨大ムカデだった。


 赤黒い外骨格に覆われており、ステータスを視ても、かなの硬さのようだ。大顎から液が垂れており、地面に落ちると煙が立った。


 肉や骨をも溶かす程の猛毒らしい。


 どちらにしても、触れるとヤバそうだ。


 俺は【黒曜の特大剣】を消し去る。


 特大剣も飽きたし、武器を変えるか。


「【魔槍】!!」


 灰色の槍を出現させた。


「【灰曜かいようの一角槍】!!」 


 八岐大蛇と巨大ムカデがうねうねと地面を這いながら俺を取り囲む。


「やろうか!!」


 楽しくて、笑いながら俺はまた、敵に突っ込んでいく。


 だが──


「欲ちい、欲ちい」

「!?」


 突如、声が響いた。一つや二つではなく、無数に。


 その不気味な声に、俺も敵たちも一瞬、動きを止める。


「欲ちい、欲ちい」


 卵からだ。


 鬼門の中心に聳え立つ卵──肉塊のようなその表面についた無数の口が声を発している。


「足りぬ。骨が足りぬ、肉が足りぬ。贄を、寄越せ……」


 ぐちゃぁぁぁっ。


 引き裂けんばかりに口が大きく開いた。


「もっとじゃもっと、贄を喰わせい!!」


 次の瞬間、その口から生白い細腕が飛び出してきた。


 まるでミイラの腕のような細くて長い腕が、どこまでも伸びていく。


 がしっ!! がしっ!!


「!!」


 そして巨大ムカデと八岐大蛇の身体を、その腕が掴んだ。


 がしっ!! がしっ!!


 ずず……!


 何本もの腕が二匹の巨体を掴み、ゆっくりと引き摺っていく。


 ずるずるずる──!!


 身をくねらせて逃れようとするが、二匹とも容易く引っ張られていった。見た目以上に力があるようだ。


 やがて二匹の身体に無数の腕が群がり、二匹を空中に持ち上げる。


 その身体を折り曲げ始めた。


 八岐大蛇とムカデが苦痛に藻掻き、苦し気な鳴き声を響かせてのた打ち回る。


 メシッ! ボキボキボキ……ッ!!


 だが抵抗虚しく真っ二つに折り曲げられた。


 数多の腕が蛇とムカデの巨体を捻っていく。海老の殻から身を剥く様に、巨体を捻じ切った。


「んあぁぁ……」


 大きく口を開けて、引き裂いたその身を喰らう。


「ンン♡ 慰癒味イヤミィ! 慰癒味イヤミィ!」


 無数の口が、満足げにそう言った。


 他の腕も、俺たちが倒した禍つ神の骸を拾い上げては口の中へ運んでいく。


 肉や骨、甲殻を噛み砕く咀嚼音を立てながら、次々と喰らう。


 復活のためのエネルギーにしているのだろう。


 足りない筈だ。本当ならば、先ほどの死霊と共に、百鬼たちも贄として喰われていたのだろうからな。


 これが本来の百鬼夜行の顛末……。


 彼らは禍つ神が復活するその生け贄として捧げられる運命だったのだ。


 みちぃぃぃ……!!


 あらかたの禍つ神を喰らい終えた後、卵に縦に幾筋も亀裂が走った。


「いよいよ羽化するか」


 まるで花びらが開くように、卵が開いていく。


 中から這い出てきたのは、何とも禍々しい異形の巨人だった。


 身体は痩せこけた人の形をしているが、身体の側面から無数の細腕が虫の肢のように伸びている。


 顔と思しき場所には、長く白い眉毛と髭を垂らした翁の顔が張り付いていた。狂言の翁の面のようにも見えるし、老人のデスマスクのようにも見える。


 背からは毒々しい黒緑色の触手が伸びて、うねうねと蠢いていた。


 全長約100メートルといったところだろうか。


「これが禍つ神の親玉か……」


 ステータスを確認してみる。


***


名 前 闇吐禍冥日ヤミトノマガクラヒ

称 号 禍つ神・禍つ神の長老・魂魄を喰らいし者

年 齢 3,000

L v  3,000


◆能力値

H P    4,564,500/4,564,500

M P    2,679,075/2,679,075

スタミナ   710,900/710,900

攻撃力    2,620,000

防御力    1,852,500

素早さ    1,371,960

魔法攻撃力  3,879,600

魔法防御力  3,160,000

肉体異常耐性 948,700

精神異常耐性 926,000


◆根源値

生命力 447,500

持久力 118,200

筋 力 353,700

機動力 133,385

耐久力 208,000

精神力 83,340

魔 力 133,000



◆固有スキル

【災禍Lv.400】【妖鬼蹂躙Lv.400】【魂魄穢しLv.400】


◆スキル

禍炎カエンLv.500】【災雷サイライLv.500】【厄氷ヤクヒョウLv.500】


***


 ほかの禍つ神とは一線を画す強さだ。


「欲ちい、欲ちい」


 無数の肢で地をまさぐりながら、そいつはなおも禍つ神の残骸を貪っていた。


〈連の旦那、一人で平気ですか?〉


 【伝心】にて玉藻が聞いてくる。


 百鬼たちも卵から出てきた異形の巨人を見て驚いていた。


〈殿! 我らはいつでも助太刀いたしますよ!!〉

〈空からの攻撃もお任せあれ〉


 大嶽丸や烏天狗もそう言った。


 ほかの妖怪や鬼たちも口々に俺に声を掛けてくる。


〈大丈夫だ。お前たちは、目の前の敵に集中しろ〉


 俺はそう返した。


「!?」


 上空から様子を見ている俺に、相手も気が付いたようだ。


 うねぇぇぇ……!!


 翁の顔が伸び上がって俺を見上げた。


「頭が、高い」

「?」

「頭が高いぞよ、小僧ぉぉぉ!!」


 触手が針のように尖って、俺を突き刺してくる。


 槍で弾き、翻って躱す。


「ほっほぅ、ほっほぅ。美味ちそう!」


 歯を剥き出してニターッと笑った。


「溢れ出る霊力、光り輝く強き魂魄……」


 長い首を大きく左右に振りはじめた。


「穢ちたいぃ! 穢ちたいぃ!」


 狂喜し、そう叫ぶ。


「骨の髄まで、しゃぶらせいぃ!!」


 背に蠢いていた無数の触手が一斉に俺を襲う。


 【魔槍】でそれらを弾きながら、俺は直滑降した。


 一角槍を翁の額の中心に突き刺す。


 ガツンッッ!!


 仮面は穿てたが、その下の筋肉は岩のように硬く、穂先を押し返してきた。


 ひゅ──っ!!


 背後から、腕が一本飛んでくる。


 パン!!!!


「んん!?」


 蚊でも叩き潰すように、自分の額を打つ。


「居ない……」

「こっちだ」


 地面に降り立ち、奴を見上げた。


「大人しく、儂の口に入れ。ほれ♡ ほれ♡」

「【ファイアボール】!!」


 歪んだその顔に、圧縮した火球を連射する。


 触手が寄り集まり、それを防いだ。


 耐火性にも優れているようだ。あまりダメージがないらしい。


「小賢しい小僧よ……」


 そう言うと、奴は息を吸い込みはじめた。


「【禍炎カエン】!!」


 口から漆黒の炎を噴き出す。


 黒煙を立ち昇らせながら、広範囲を焼き尽くしていく。


「【魔法障壁マジカル・ウォール】!!」


 魔法で壁を作り、俺はそれを防いだ。


 再び天高く飛翔する。


「【災雷サイライ】!! 【厄氷ヤクヒョウ】!!」


 血の色の雷と灰色の氷を触手の先端から迸らせ、俺を追撃してくる。


 チッ! 万能か、あの触手は……!


 躱し、いなし、襲い来る触手や雷と氷の嵐を掻い潜って空を駆けた。


 ……まだ実戦で使うには早いと思っていたが、試してみるか。


 そう考え、俺は纏わりつくように禍つ神の身体の周囲を飛び回った。


「ちょこまかと! ほんに虫ケラ小僧よのぉ!」


 相手は俺を捕まえられずに若干イライラしているようだ。


「悪いな。人間にも虫にも獣にもなり損なった奴に、捕まる気も喰われる気も無いんでね」


 そう返して、【アイテムボックス】から赤い小瓶を取り出す。


「なんじゃ、それは?」

「【牙獣族の秘薬】だ。俺も、少しズルをさせてもらおう」


 【牙獣族の秘薬】は肉体を一時的に強靭化する。MP、魔法攻撃力、魔法防御力以外のすべての能力値を飛躍的に高めことができるのだ。


 俺は一本を一気に飲み干した。


 途端に、身体の芯が熱くなってくる。


 血管が脈打つ。全身が心臓になったような感覚だった。


 ドッ! ドッ! ドッ! ドッ……!


「不味いワインを飲まされて、悪酔いした気分だ……」


 視界さえも脈打っている。


 俺は身を屈め、深く長い溜息を吐いた。


 全身の細胞が暴走し、今にも暴れ出そうとしている。


 それを理性と筋肉で、どうにか制御する。


 全身から湯気が立ち昇り、毛が逆立った。


「お前のその巨体は、丁度良い材料だ。新しい術式の耐久試験に、付き合ってもらおうじゃないか」


 奴を見上げて、俺は笑った。

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