第48話 現実世界でも、ゴブリンはやっぱり瞬殺される

 門扉の前で隊士たちが待ち構えていた。


「私たちを連れていけ!!」


 十和子が俺を見つけるや否や、そう吠えた。


 いつも共にいる妹の明里や叶の姿はない。恐らく怪我で戦線離脱しているのだろう。


「俺もまだ戦えるぞ!」

「私もだっ!」


 十人程度が武器を携えて詰め寄って来る。


 その中には以前瞬殺した可児才蔵の子孫と謂う三兄妹も混じっていた。


「私たちは、何が何でも鬼門まで辿り着かねばならないのだ!」


 拳を握りしめる。


「ああ! そうしないと禍つ神を封じられない!!」

「禁呪で! 禁呪で鬼門を閉じなければ!!」


 沈痛さと悔しさを顔に滲ませて、連中が口々に言った。


 悲劇の主人公のような表情──それらを俺は、無感情に一瞥する。


 思ったことはただ一つ。

 

 考えることを放棄した連中は、かくも特攻に走りやすいと言うよくある事実のみ。


 死に酔いしれて、状況が好転するでも無し。


 その作戦はとうに破綻しているのは、火を見るよりも明らかだ。


 が、いちいち反論している時間など、無い。


「気持ちだけ受け取っておくよ」


 笑いかけ、軽く返した。


「なっ、なに!?」


 戸惑う彼らの前を、素通りする。


 歩きながら言った。


「陣を丘の上に移すよう、卑弥呼らに命じてある。その手伝いでもしたらどうだ?」

「なっ!?」

「前を失礼する!」

「!?」


 俺に続き、大嶽丸が彼らの前を横切る。


「お前らも怪我してんじゃねぇか、無理せず後は俺たちに任せな」

「失礼ですが、蓮人様の戦術に、貴方がたは含まれておりません。黙ってお引き取りを」

「ご自愛下さいまし、ふふ……」


 十和子たちの横を、玉藻たちが摺り抜けていく。


「っ!! 私たちを愚弄するな!!」


 十和子が喚く。


 顔を真っ赤にして、門扉から飛び出してきた。


 ほかの連中も一緒だ。


「俺たちは鏖殺隊だ! 侮辱は許さない!!」

「足手纏いなどと思ってくれるなよ!!」


 俺は呆れて溜息が漏れた。


 無視して、四人と樹海へ向かう。


「待たせたな」


 【隠形】で姿を隠している百鬼たちに向かって、俺はそう言った。


 【伝心】にて、返事が返って来る。


 樹海の境目に立ち、木々の奥を見やった。


「結構近くまで来ているな」

「ああ」


 十和子が俺の横に並び、何故か力強く頷いた。


「気を付けろよ、凡野!」

魘鬼えんきと呼ばれる小鬼が群れを成している。小さいが立派な禍つ神だ!」

「気を抜くと痛い目に遭うぞ!」


 いつの間にやら、ほかの連中も各々の武器を手に並び立っている。


「みんなで一点突破すればどうにかなる! 敵を攪乱し、その隙に鬼門を目指すんだ!」

「おう!」


 やる気を出しているようだ。


「小鬼のすぐ後に、大将格の大鬼も迫ってきているようだな」

「そ、そうなのか……」

「まあいいさ。まずはそいつら雑魚どもを一掃しようじゃないか」

「ざ、雑魚……」


 俺は腕を真っ直ぐに上げた。


 どどどどどぉぉ……!!!!


 突如、樹海の奥から地響きと共に不気味な音が聞こえてきた。


「な、なんだ!?」

「それにこの音は、波か!?」

「馬鹿な! こんな森で、どうして波の音がする!?」


 十和子たちが身を低くしながら周囲を警戒する。


 メシメシッ! バキ……ッ!!


 それは、木々を揺らしながら、樹海の奥から徐々にこちらに迫って来た。


「ぎぎぃ!!」

「ぎゃああっ!!」


 耳障りな鳴き声が樹海の奥から木霊する。


 小鬼たちだ。奴らも、突如出現したそれに慌てふためいている。


「くっ、来るぞ!!」


 十和子たちが息を呑む。


「樹海から距離を取れ。濡れないように注意しろよ」

「え?」


 そう言うと、俺も数歩後ろに下がった。


 やがて──


 ざざざざぁ……っ!


「っ!?」

「これは、水!?」

「冷たっ!!」


 木々の間から、まるで波打ち際のように水が流れてきたのだ。


 当然、魔法で俺が作り出したものである。


 樹海全体を、俺は浸水させた。


 とは言っても、ほんの足首程度の深さしかないが。


 そしてこれは、ただの水ではない。極限まで冷やした過冷却水である。


「仕上げにかかる。絶対に水には触れるなよ」


 百鬼たちに注意を促すと、俺は空へと舞い上がった。


 鬼門を囲むように十個程度の氷の粒を出現させる。


 【アイスボール】──【氷魔法術式】の基礎中の基礎である。ただし、俺が作り出した【アイスボール】は、本来なら直径100メートルほどの氷塊だった。それを米粒ほどに圧縮していた。


「行くぞ!」


 空中から勢いよく、氷の粒子を地面に叩きつける。


 ちゃぽ……っ!


 【アイスボール】が水に触れた瞬間──


 ッビキキキキ────ッ!!!!


 水が一瞬にして凍り付いた。


 目視できるほどに迫っていた和製ゴブリンも真っ白に凍り、氷像のように動かなくなる。


 ちょうど空中で飛び跳ねたまま凍り付いたものは、地面に落ちて砕け散った。


 雑魚は一掃できたが、やはりほかの禍つ神にはさほどダメージがなかったらしい。それを確認して、地上に降りる。


 戻ると一面樹氷と化した森を見て、十和子たちが呆然としていた。


 彼女たちの全身も、霜が降りたかのように真っ白だった。


「雑魚はあらかた片付けた」


 そう言うと俺は、十和子たちの顔を向けた。


「お前は本当に何者なんだ、凡野」

「人の業とは思えん……。貴様、どこでそのような術を身に着けた?」

「いよいよ出陣だ!」


 そう百鬼へと呼びかけると、十和子が遮って来る。


「ちょっと待て! 話を勝手に進めるな!」

「て言うかお前、さっきからどこ向いて喋ってんだよ!?」


 隊士たちが俺に詰め寄った。


「ん……? あぁ、お前たち、まだ居たのか?」

「居たのかって、ずっと横で話をしてただろう!?」

「いや」


 十和子に問われて、俺は首を横に振った。


「お前たちになど、話しかけていない。なぁ?」


 俺はそう言うと、もう一度、彼らの奥を見やった。


 【隠形】を解いて、百鬼が姿を現わす。隊士たちを取り囲むように立っていた。


「これより樹海へと侵入する。皆、気を引き締めよ!」

「おーーーっ!!!!」


 俺の一声に、百鬼が応じる。


 空気を震わせる凄まじい振動に、十和子たちは圧倒されていた。


「おい」


 ここでやっと、俺は彼らに声を掛けた。


 彼らを見据え、きっぱりと言い放つ。


「丘の上に陣を移す手伝いをせよ」


 静かに、命じた。


「よいな?」

「分かりました」


 十和子たちは大人しく頷いた。


 さっきまでの威勢は掻き消えている。どうやら死に酔いしれる熱狂も醒めたようだ。


「それから、卑弥呼が錯乱して禁呪とやらを発動させないとも限らない」


 そう言うと、十和子が手首の呪印をおもむろに隠した。


 表情を陰らせて俯く。


「佐野」

「ん?」

「そのくだらない生け贄の印も、さっさと消しておくことだな」


 彼女は黙って俺を見つめた。


「妹の明里や叶のも、消しておいてやれ」

「そうするよ」

「鏖殺隊は負けちゃいないさ。何故なら俺も、鏖殺隊のメンバーなんだからな」


 そう言い残すと、俺は百鬼に向き直った。


「待たせたな! 行くぞ!」

「おうぅっ!!!!」


 俺たちは作戦通りに陣形を展開しながら、樹海へと足を踏み入れた。


「しかし、呆れてものも言えねぇぜ」


 両面宿儺が困ったように溜息を吐く。


「なにがだ?」

「これだろうが!」


 真っ白な氷の世界に手を広げみせた。


「雑魚は俺が殲滅するとか言ってたけどよ、まさか樹海ごと凍らせるなんて誰が思うんだよ!?」

「自分の戦いの領域に入るなと仰っていた意味が分かった気がしますね……」


 首を振りながら、酒吞童子も溜息を漏らした。


「それにどうやら、まだまだ実力を隠しておいでのようだ。まったく恐ろしいお人です」

「ハッハッハッハ! さすがは我らが殿じゃないか!」


 二人の会話を聞き、大嶽丸はそう返した。


 ざ──っ!


 俺は歩みを止めた。


 それを合図に、思い思いに喋っていた百鬼も、一斉に行進を止める。


「五キロラインだ」


 目の前には、赤鬼や青鬼、がしゃどくろに八岐大蛇……。


 巨大な禍つ神が間近に迫っている。


 緊張感が一気に高まった。


 いよいよだ。


 俺は百鬼たちを振り返る。


「これより禍つ神との交戦を開始する」


 その言葉を、百鬼たちは落ち着き払って静かに聞いていた。


 愛着のある自分の武器や防具を身に着けているものも居るが、ほとんどが、異世界産の武器や防具を装備している。


 和の鬼や妖怪が、異世界の装備を身に纏っている姿は、どこか滑稽でもありミスマッチしていなくもなかった。


「もう一度言うが、五キロ圏内は俺の戦闘の守備範囲だ。そこには入るなよ?」

「分かっておりますよ、殿」


 大嶽丸が頷く。


 何も武器を手にしていない彼を見て思い出した。


「そう言えば忘れていた、大嶽丸」

「なんでしょう?」

「お前から取り上げていた三本の剣も、返さねばな」


 【アイテムボックス】から古びた剣を取り出し、彼に渡した。


 この国にまだ刀が誕生する以前の両刃の剣である。


「おお! 我が愛剣たちよ!!」

「しかし、お前。三本の剣をどうやって扱うのだ? どこぞのマリモ剣士のように口にでも咥えるのか?」


 そう問われて、大嶽丸が一瞬キョトンとする。


 何を思ったのか、急に服を脱ぎ上半身を露にした。


「殿、これはこう使うのですよ……」


 背中を丸める。


 ごきんっ!! ごりっ!!


 骨が割れるような、筋肉が裂けるような鈍い音が彼の体内から響く。


 俺の眼前で、大嶽丸の肉体が倍以上に盛り上がっていく。そして、背から二本の腕が伸びた。


 ザシュシュシュンッッ!!


 三本の剣を抜き放つ。


「殿……、今日は私も存分に暴れて良いのでしょう?」


 礼儀正しい大嶽丸が獣のように冷酷な表情で笑った。


 全身から漆黒のオーラが迸る。


「当然だ!」


 俺は頷いた。


「俺も、そうさせてもらうつもりだからな」


 飛翔すると、右手を横に振る。


「【魔剣】」


 剣身ブレードの長さ五メートルを誇る巨大な黒剣が姿を現わした。


「【黒曜の特大剣】!」


 急に封印から目覚め戸惑う彼らに共感したのも嘘ではない。


 しかし、お人好しで百鬼を囲っていたわけでもない。


 百鬼夜行を止め、その後も日々彼らと戦闘訓練をおこなうことで俺自身も【成長レベルアップ】が出来ていた。


 【黒曜の特大剣】を出現させられるレベルの魔力も、特大剣を扱えるレベルの筋力も戻った。


「黒曜石のような美しさ……。連の旦那によく似合いますわ」


 玉藻がうっとりした表情でこちらを見上げる。


「お前たちも我慢など不要だ!! 今宵は存分に戦え!! 本来の姿を、力を開放せよ!!」

「言われなくてもそうするつもりだぜ!」


 両面宿儺も身体を巨大化させる。


 赤黒いオーラを立ち昇らせて、長い髪を逆立たせた。


 神龍の骨と牙で作った片刃の大剣を肩に担ぐ。


「クカカカカッ! 牧場のお客様に、美味しいステーキ肉をご馳走出来そうだ!」


 酒呑童子が舌舐め摺りして笑う。


 黒紫のオーラが噴出した。両手に持つ鋭利な短剣が冷たく光る。


 グラン・ヴァルデン最硬度の鉱石マスタロッツを加工して造られた切れ味抜群の短剣である。


「四将の誰よりも敵を討った暁には、一度で良いので旦那の精気を吸わせてくださいな」


 玉藻前も全身に金色の狐火を纏った。


 頭から尖った狐耳が生え、顔も狐のように変化する。


 ギラリとその瞳が輝いた。


 玉藻は身も心も俺に心酔しているように見せかけて、実はこういう一面を隠し持っている。


 俺から溢れ出る精気は特別なのだそうで、それを虎視眈々と狙っている。どうやって精気を吸うのかは知らんが。


 金色の炎を纏う妖狐の姿で、玉藻が魔弓を構える。その姿は、どこか様になっていた。


 彼女が装備しているのは【魔弓ミストルティン】──雷神龍ミストールの素材によって作られた魔弓である。

 雷の力が宿ったその矢は、射られると彼の龍の咆哮の如き轟音と共に弾け、そこから迸った稲妻はすべてを焼き尽くすと謂われる。


「……」

「どうした、宿儺」


 黙って俺を見上げていた宿儺に問う。


「いや。お前、以前にも同じような戦を経験しちゃいねぇか?」

「どうしてそう思う?」


 宿儺がその赤黒い瞳を指差す。


「俺は【慧眼けいがん】が使えてね。ふとした時に、そいつの過去や未来が視えたりするんだ。あんたの立ち姿を見ていて、今、頭ん中に浮かんできた」

「ほう。俺は、どんな姿だったんだ?」


 そう聞くと、宿儺は一瞬置いて答える。


「今のお前と歳も姿も違うが、お前は同じ黒く巨大な剣を携えて馬に乗っている」


 本当に視えているようで、俺は少し驚いた。


「そして、俺たちのような鬼や妖怪に似た連中をたくさんを引き連れていた」

「そうなのか」

「ああ。きっと俺が見たのは、お前の前世かもしれねぇな」


 そう言って、宿儺が笑う。


「お前は、遥か昔、どこか別の遠い異国の地で、俺たちのような連中を引き連れて戦っていたのさ。その時も、俺たちの先頭に立っていた」

「ふふ、そうか」


 俺は思わず笑みが零れた。少し俯く。


 顔を上げると皆に向かって言った。


「だが、大事なのは現在いま、この局面だ。そうだろ?」


 迫り来る巨大な禍つ神と対峙する。


「背中は任せた!」


 振り返らずに短く言う。


 天地に轟く鬨の声──百鬼たちの雄叫びに押されるように、俺は禍つ神たちに突っ込んでいった。


 お前たちには見せてやろう。狂戦神と謂われたその名の意味を。

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