第47話 陣中見舞い

 鏖殺隊の本陣の出入り口は、にわかに騒がしくなった。


 百鬼が現れたからである。


「う、嘘だろ……。こんな時に百鬼まで!」

「おっ、おのれ化け物どもめっ!! 俺たちの敗走を知って攻めてきたな!? なんて卑劣なっ!!」


 吐き捨てるように言い合っている。


 口々に喚き散らすその顔は、すでに正気を保てていなかった。


「敵襲だーっ!! 百鬼が現れたぞーっ!!」

「人を集めろ!! 結界を固めるんだっ!!」

「許さん! 許さんぞ、妖怪どもっ!!」


 まだ何もされていないのに、こちらへ恨みのこもった顔を向けた。


 相当、追い詰められているらしい。


「落ち着け、愚劣の極みアホウども」


 俺は静かに声を掛けた。


「こちらに戦闘の意思はない」


 そいつらの顔を見て、まずきっぱりと告げた。


 奴らは百鬼の中から俺を見つけると、今度は目を丸くした。


「お、お前は確か……!」

「この前、退魔殿に来ていた──」

「凡野蓮人だ」


 そう答える。


「詮議を経て正式に鏖殺隊のメンバーになった、お前たちの味方だ」

「鏖殺隊の?」

「味方だと!?」


 武器を構えたまま、俺と百鬼たちとの間で、目を何往復もさせる。


「お前たち!」


 俺は百鬼に向かって言った。


「先に樹海の外縁で見張りを頼む。小鬼どもの気配が近くなったら──」


 俺はそこまで言うと、自分のこめかみを人差し指で突いてみせた。


で知らせてくれ」


 そう言って軽く笑う。


「はい」

「敵を刺激しないように、【隠形おんぎょう】を忘れるな」

「承知しました」


 ぬらりひょんが頷く。


 百鬼に出会ってから、俺はさまざまなことを彼らに教えてきた。だが、ただ教えるだけではなく、彼らからも【変化へんげ】や【伝心でんしん】などの【妖術スキル】を教えてもらっていた。


 その中の一つ【伝心】は、平たく言えばテレパシー能力である。喋ることなく、意中の相手と意思疎通が出来る。声を出せない状況で非常に役立つスキルだ。


 ぬらりひょんは百鬼を引き連れて樹海の外縁に向かった。俺と、玉藻や宿儺たちの四人を残して。


「失礼するぞ」


 俺もさっさと本陣の敷地内へと入る。


 小さな鳥居のような、木製の門扉をくぐった。


「ちょ、待て! 勝手に入るな!!」

「それに、後ろの四人はなんだ!?」


 俺に続いて門扉を潜ろうとした玉藻や宿儺たちを睨んで聞いてきた。


「こいつらは旅団を率いる四人の将だ」

「ま、まさかこいつらも……」

「この妖気っ! 鬼だっ!! 人に変化しているだけの化け物だっ!!」


 勝手に気づき、勝手に慌て出す。


 場が騒然となった。


「俺たちも入らせてもらうぜー」


 宿儺は、そんな彼らに軽く笑いかけて敷居を跨ぐ。


「結界はまだか!?」

「大丈夫だ!! 結界を張る人数は最大まで増やした!! すでに守りは固めてあるっ!!」


 それを聞くと、隊士の一人が腰の刀を引き抜いて、切っ先をこちらに向けてきた。


「それ以上近づくんじゃないっ!! ここには全国屈指の結界の使い手も集結している!! そんじょそこらの鬼や妖怪など弾き、返? し!?!?」


 喚いている目の前で、四人は一人ずつ、平然とした顔で敷居を跨ぐのだった。


 隊士たちが愕然としている。


「ちょっとピリッときたが、これなら俺のクニに居る巫女たちの方がまだ骨があるぜ?」

「私はなにも感じなかったわ、はっはっは!」


 宿儺と大嶽丸が口々にそう言い合った。


「この程度で止められると思われていたとは、わたくしも舐められたものです」


 酒呑童子が肩を落として溜息を吐く。


「私は気持ちが良かったわ。全身にシャワーを浴びせられているようでゾクゾクしちゃった♡」


 玉藻前がわざとらしくよろけて俺に寄りかかる。


「はぁん、玉藻はなんだか身体が火照ってしまいました……。連の旦那、どうですか今宵私と夜伽でも」

「冗談はそのくらいにしておけ」


 そう返すと、玉藻は周囲の連中を眺めて悪戯に微笑んだ。


「ふふ、だってこの方々があまりにも陰鬱な雰囲気でしたから」


 確かにな。


 唖然呆然とする連中を無視し、俺たちは中へと進む。


 連中は武器をこちらに突きつけつつ、それなりの距離を取って、まるで金魚の糞のようについてきた。


「蓮人様!?」


 奥から声がした。


 法衣を着た網代笠あじろがさの男がこちらに走って来る。


 退魔殿を案内してくれた法師だった。


「やはり、蓮人様ではございませんか!」

「約束通り、百鬼を連れて馳せ参じた」


 俺の言葉に、法師が後ろの四人をちらと見る。


「卑弥呼たちに会わせてくれ」

「あ、ええと」


 一瞬口を迷わせる。


「悠長に話している時間は無い筈だ。そうだろ?」

「……こっちです!」


 垂れ幕で囲われた場所があり、そこに通される。上層部の連中が作戦会議などをおこなうための場だった。


 中では卑弥呼と大国主と大将たちが、沈んだ表情で向かい合っていた。


 すでに思考停止でなんの打開策も思いつかないらしい。


「お前は!!」


 俺たちが入るなり、卑弥呼たちが驚きの声を上げる。


 大将たちはみな傷だらけだった。そして全員揃っていない。先ほどの戦闘で傷を負い、治療中なのだろう。


「派手にやられたようだな」

「遅いぞ! 今までどこに居たのだっ!?」


 恨み節で卑弥呼が言い放つ。


「すまないな」と俺は肩を竦めて軽く返した。


「俺もいろいろと難事件を抱えていてね」

「な、難事件って。それじゃあまるで、工藤……」

「呪印じゃっ! 早く呪印を入れよ!!」


 法師が何か呟いたのだが、卑弥呼が喚いてよく聞き取れなかった。


「お前も鏖殺隊のメンバーじゃ! 即刻、贄人の呪印を入れるのじゃーっ!!」

「考えは、まとまったか?」


 卑弥呼の言葉など意に介さず、俺はそう尋ねた。


「なっ、なんじゃと!?」

「答えをまだ聞いていなかったからな」


 真顔で卑弥呼と、そして大国主に近づく。


「俺たちはこれから禍つ神の討伐に向かう。約束通り、今後、こいつらに手出しはしないと誓ってもらおう」

「……!!」


 卑弥呼と大国主が俺の後ろに控える四人を見て、押し黙る。


 大将たちは宿儺たちの小隊に気付いたのか、黙って彼らを睨んでいた。


「ああ、そうだ。俺の方こそ、約束を守らねばいけないよな」


 沈黙の隙を突いて、忘れていたかのように俺は声を上げた。


 周囲のものたちがキョトンとする。


「重症のものはどこに居る?」

「なんだと?」

「さっきの戦闘で致命傷を負ったものが居るだろう?」

「それは……」


 大国主が表情を強張らせ、視線を落とした。


 大将たちも沈痛な表情で下を向く。


「彼らに会って、どうしようと言うのだ?」

「彼らは、もう……」

「俺たちなら、どうにか出来るやもしれん」


 俺がそう言うと、連中が身を乗り出した。


「なんだと!?」

「どういう意味だ? 何をする気なのだ!?」

「喋っている時間が惜しい。あまり時間は残されていない筈だ」

「わ、わたくしが案内します!」


 法師が素早く言って、陣の垂れ幕を捲った。


 彼も埒が明かないと判断したようだ。


 法師を見て、頷く。


 彼は力強く頷き返した。


 法師と共に、俺たちは足早に外に出た。


 卑弥呼や大国主、大将たちがその後ろを付いてくる。


「おい」

「どうした?」

「ちょっと……」


 陰陽師と山伏姿の大将が耳打ちし合っている。その二人は、こっそりと垂れ幕の内側に残るのだった。


 【超聴野】にて、移動しつつも二人の会話を聞く。


 百鬼や俺に呪印を施して、鬼門に近づいたところで禁呪を発動させられないかと企んでいるようだ。


 どにかして百鬼を騙し、呪印を入れさえ出来れば、自分たちは生け贄にならずに済むし、禍つ神と百鬼夜行をぶつけることで諸共に消し去ることが出来る。


 これは窮地を打開する名案だ、などとはしゃいでいる。


 俺は呆れて鼻から息を漏らした。


 今は時間が惜しい。それに実効性を伴えない彼らの思惑など、捨て置いても構わないだろう。


「どういたしました?」


 法師に問われ、首を横に振る。


「いや、なんでもない」

「あ、ここです」


 テントを張った掘っ立て小屋だった。


 中には怪我人が多く居て、手当てを受けている。


 【鑑定】で視る。すでに医療の分野は制覇し、医学的診断が可能になっていた。


 多くの連中の怪我はそこまで酷くはない。少なくとも死にはしないだろう。


 だが、一番奥に居る五人は深刻な状態だった。


「もう手の施しようが無いのだ……」


 顔を顰めて大国主が言葉を詰まらせる。


 血を吐き出している青年は内臓が破裂している。


 隣の少女も、深手を負って失血死寸前だ。


 大将も混ざっていて腕や足を切断していた。


 五人とも、虫の息だ。


「卑弥呼、大国主よ」


 そう呼びかけて、二人を見る。


「この戦いで誰も死なせないと、俺はそう誓っていただろう?」

「なに?」

「お前に何が出来ると言うのだ……」


 ポケットから瓶を取り出した。


 美しいカットが施された透明な瓶だ。その中に入った青い液体はキラキラと光り輝いていた。


「それは?」

「仙薬だ」


 そう言うと、五人に順番に口に含ませ、傷口にも直接掛けていく。


「!!」


 瞬く間に内臓は修復され、骨が剥き出しの皮膚は吸着して元に戻り、切断面から手足まで生えてきた。


 それを見ていた連中が言葉を失くしている。


 あまりの効果に、喜びよりも恐怖に近い感情を抱いているようだった。


仙寿草せんじゅそうを知っているか?」


 ガラス瓶に残る青い液体を見つめて、俺はおもむろにそう聞いた。


「仙寿草じゃと?」

「ああ。卑弥呼よりも遥かいにしえの神代に、今では失われたそんな薬草があった。これはそれを調合した霊薬だ。そしてこの仙薬には、鬼や妖怪たちの溢れんばかりの霊力が濃縮してある」


 その場に居る連中をゆっくりと見て、最後に大国主と卑弥呼に顔を向けた。


「これはお前たちのために、こいつらが作ったんだ。百鬼に、感謝しろよ?」


 そう言って笑う。


 当然、嘘だ。ただの【エリクサー】である。


〈蓮人様、ぬらりひょんです〉


 話していると、【伝心】にて呼びかけられた。


〈小鬼たちが近くまで迫っております。そろそろこちらへ〉

〈承知した。すぐに向かおう〉


 短く返す。


「時間だ! 行くぞ!」


 四人を見て声を掛けた。


 今の会話は、この四人にも聞こえており、四人はすぐに応じた。


「禍つ神は樹海より一歩も外に出すつもりは無いが──」


 去り際、卑弥呼たちに向かって、手早く言う。


「万が一に備え、お前たちはここを離れ、後方に広がる丘の上まで移動するのだ」

「本陣を捨てろと言うのか!?」

「何故そのようなことを!」


 大将が口々に言い返す。


 俺はそんな彼らを黙って見返した。


「聞こえなかったか?」

「なっ、なに?」

「本陣を丘の上まで移動させよ。怪我人も、手分けして運ぶのだ。良いな?」


 卑弥呼と大国主を見やって、命じる。


 そう。これは単なる会話ではなく、命令だ。


「……お前は、どうするつもりじゃ?」


 声を低めて卑弥呼が聞き返してくる。


「何度も言わせるな。禍つ神を討つ」

「禁呪なしに、どうやって禍つ神を封じるつもりなのじゃ?」

「その通りだ。なにか手立てはあるのか?」

「俺たちは、禍つ神をする気など無い」


 そう答えると、奴らは驚いた。


「封印するってことは、またいつか復活するかもしれないってことだ。初代の卑弥呼が封印した禍つ神が、今こうして復活しているように。そうならないためにも、元は絶たねばな」

「元を絶つ、だと?」

「ああ。俺たちは、禍つ神を殲滅する」

「せ、殲滅っっ!?!?」


 卑弥呼の瞳孔が開く。


 ほかの連中も、あまりのことに絶句していた。


「そうしないと、何度も何度も復活するぞ? あの手の連中はしぶといからな。そういう奴を、俺は知ってる」


 連中を見て俺は肩を竦めてみせた。ウラガルファを思い出し、思わず笑いが漏れる。


 すぐに真顔に戻すと、四人に言った。


「行くぞ!」

「はっ!」


 俺は小屋を後にした。


「ああそれから」


 去り際に両面宿儺が立ち止まり、連中を振り返る。


「陰陽師と山伏の二人が、何やら悪巧みを考えてるみてぇだから早めに止めておいてくれよ」

「悪巧みじゃと?」

「そう言えば、あいつらどこに行ったんだ?」


 二人の姿が消えていて、ほかの大将たちは首を巡らせた。


「わたくしたちを騙して贄人の呪印を入れ、禁呪の生け贄にするつもりのようですよ? それで自分たちは助かるなどと、先程から無い知恵を絞っておいでだ」


 困ったように酒呑童子も笑う。


「なんだって!?」

「だが、何故そんなことが分かる?」

「知らないのか?」


 今度は大嶽丸が代わりに答える。


「私たちは【地獄耳】と言う【妖術】を使えてね。全部聞こえている。妙なことはしないほうが身のためだ」

「ですから、あの二人にご忠告差し上げて下さいまし」


 玉藻が柔らかく腰を折って頭を下げた。


 だが顔を上げると、瞳をらんと輝かせる。


 彼女の全身から、金色の狐火がゆらりと立ち昇る。


「そうしなければ、今度枕元に出て魂を抜いてしまいますよとね」


 冷気を纏った妖艶さで笑った。


 玉藻の凄みに、卑弥呼たちが思わず息を呑む。


「ふふふ、冗談ですわ。私にそんな術はありませんから」


 狐火を解き、今度はにこやかに笑う。


「鬼や妖怪と人、ずっと昔から犬猿の仲だ」と宿儺が言う。


「だから俺たちのことを生け贄にしようってのは分からんでもねぇ。だが──」


 宿儺の声色は怒気を孕んでいた。


「あいつらはコイツまで生け贄にしようと考えていた」


 俺の方を見て、宿儺が言う。


「そうなったら、俺たちは黙っちゃいねぇぜ」


 彼の言葉に、大嶽丸が酒吞童子が玉藻前が同意する。卑弥呼たちに射るような視線を向けるのだった。


「時間が惜しい。行くぞ」


 俺の呼びかけで、四人はそれぞれ小屋の連中に会釈しその場を後にした。

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