第39話 桃太郎の鬼退治

 【追憶】と言うアイテムがある。


 作成するためには、深淵から汲み上げられたと謂われる【灰白色の淵水ふちみず】と、呼び出したい魔物の素材が必要になる。


 それらを調合することで、過去に戦った相手を実体化して呼び出せるのだ。もちろん、本当に蘇る訳ではない。あくまで【追憶】だ。


 倒したら霧散するため、戦いの経験は積めるが素材などは得られない。


 ヴァレタス・ガストレットだった頃、今の俺と同じ十四歳だった時に、最初に戦った魔人を、俺は呼び出すことにした。


 名を【炎月の魔人ザイフリート】と言う。


 ゴーレムではもう、役不足になったからだ。


 深夜に、俺はいつもの渓谷を訪れていた。


 今宵は満月で、月の光が強い。


 魔人は種族にもよるが、多くは山のような巨体である。昼間は少々目立つため、この時間が都合が良かった。


 【炎月の魔人の追憶】をアイテムボックスから取り出す。


 瓶の蓋を開けた。


 灰白色の水は瓶より流れ出ると、煙となって巨大化していった。


 山のような魔人が実体化する。


 長い赤毛の髭と髪を金糸で編んだ青白い肌をした魔人──火山地帯の長ザイフリートである。


「久しぶりだな、炎月の魔人よ」

「ほお゛ぉぉぉぉるるっ!!」


 魔人が天に向かって吠える。


 月が赤く染まった。


 手にしている大鎚が炎を噴いて火の粉が舞い散った。


 さてさて。


 俺は暗い山々に顔を向けると、ぐるりと首を巡らせた。


「戦い方を、よく見ておれ!」


 周囲の森に向かって、叫ぶ。


 そしてじっくりと強者との戦いをに見せ、自分も楽しんだ。


 しかしそんな最中に【索敵】の網に何者かが引っ掛かった。


 こんな時間にこの人数……誰だ? こちらへと向かって来ている。


 それにしても早いな、鳥のようなスピードだ。


 まるでグラン・ヴァルデンの妖精族や身軽な獣人族のようだ。現実世界でも、これほどの速さで山を進めるものがいるのか……。


 しかし面倒だな。


 追憶は、倒さなくとも一定時間で消える。だが、消えるまで半日ほどを要するため、今すぐにはどうすることもできない。


 向こうは既に尾根を越えようとしていた。


 仕方なく、一度【偽装】で自分自身だけ身を隠した。




 ガサガサガサ……ッ!!


 木々の間から姿を現わしたのは、三人の少女だった。


 三人とも姿を見せるや否や、つんのめるように立ち止まった。


「なっ!?」

「凄まじい妖気を感じて来てみれば……」

「一体なんなの、この巨大な鬼は!?」


 絶句して炎月の魔人を見上げている。


 どうやら魔人を鬼と勘違いしているらしい。


 一番背の低い少女が、広々とした渓谷を眺めやる。


「それにこの場所は……」

「人の手によって均されているようだな」

「一体誰が……?」


 ほう、夜目も利くようだ。


 三人とも、只者ではない。


 【鑑定】を使用する。


 やはり、彼女たち魔力があるのか。


 魔力がある人間をはじめて目にする。あくまで人間では、だが。


 恐らくと同じで、魔力に似た別の力なのだろう。


 それによって身体を強化しているようだ。


「お゛ぉぉぉぉるるっ!!」


 炎月の魔人が少女たちに気付いた。


 新しい獲物を見つけ、猛り狂う。


「くっ!!」

「なんて威圧感!!」


 魔人の殺気に圧倒され、三人が思わず身を縮こまらせる。


「こんな圧倒的な妖力は初めてだよ!」

「確かにな。あの玉藻前たまものまえを遥かに凌いでいる。これが鬼の妖力って奴なのか!」

「私もこれほど強い力は感じたことがないわ。あの両面宿儺りょうめんすくなをも上回ってるんだから」


 玉藻前に両面宿儺……、あいつらが言っていたのが彼女たちか。


「それに急に出現したように感じたけど、まさかこいつが鬼神なのかな?」

「いやそれは違うだろう。鬼神の復活はまだの筈だ!」

「そうだよね、姉様。それに、伝え聞いている鬼神とも姿が違う気がするし……」


 話している三人に向かって、魔人が大槌を振り上げる。


「お゛ぉぉぉ──!!」


 纏った炎が勢いを増し、周囲を明るく照らす。


「チッ! 話は後だ! いくぞ、二人とも!」

「はい、姉様!」

「ええ、十和子さん!」


 それぞれ杖を構えたり、懐からお札のようなものを取り出した。


 だが、そんな三人の前で、炎月の魔人は急に空高く跳躍した。


「なに!?」


 三人目がけて飛び込んでくる。その勢いのままに大槌を振り下ろした。


 ドゴォォォン!!!!


 地面に大穴が開く。


「うあ!」

「きゃーっ!」

「うっ!」


 回避は出来たようだが、大鎚の熱風と共に石が飛び散り、それに襲われて三人が吹き飛んだ。


 う~ん、このままじゃあ彼女たち、死ぬな。


 仕方なく俺は【偽装】を解くと、さも今、森の中から現れたように登場する。


「!?」

「お前は!?」

「あなたは一体」


 三人に構わず、俺はゆっくりと炎月の魔人の右に回り込む。彼女たちへ向かっていた敵視ヘイトを自分に向けさせた。


 長剣くらいだったら、扱えて不自然ではないかな。


 【黒曜の長剣】を手にして、炎月の魔人と対峙する。


「凄い、あの子あんな重そうな剣を軽々と」

「てか、どこから出したんだ?」

「もしかしたら、霊力で作り出したのかもしれないわ。高い霊力を持つ人は霊力を実体化して武器を作れるとか」

「なるほどな。確かにこんな時間にこんな場所に居る時点で、あいつも……」

「うん! わたしたちと同じ、魑魅魍魎から人々を守る仲間って訳だね」


 三人が立ち上がる。


「よし、私たちも戦うぞ!」

「そうだね、みんなで協力すれば、何とかなるかもしれない」

「ええ!」


 厄介だな、早めに決着をつけないと。


 しかし、魔法は使用しないほうがベターだろう。


 彼女たちの特殊性を考えるに、誤魔化すことは出来るとは思うが。


「お゛ぉぉぉぉるるっ!!」


 魔人が雄叫びを上げて、再び俺に向かって飛ぶ。


 俺も剣を構えた。

 

 魔人に合わせるように、跳躍した。


 そして──


「ぐごぉぉ……!」


 天に両腕を伸ばし、藻掻きながら炎月の魔人が地に伏した。


 灰となって霧散する。


 まあまあ骨のある相手だった。一分ほどで仕留めたが。


 俺と魔人の闘いが激しすぎて、結局三人は手も足も出せなかった。俺が手出し出来ないように立ち回っていたこともあるがな。


 今も呆然と、立ち尽くしている。


「お前、何者だ?」


 佐野十和子が戸惑いつつも俺を睨む。


 僧侶のような黒い法衣を纏っている。だが、肩に大袖おおそでを、腰にも草摺くさずりと呼ばれる前垂れを装備していた。ともに鎧の一部である。


 黒髪をポニーテールにした佐野十和子は十七歳、切れ長の力強い目をしていた。


「こっちも聞きたいところだな」


 俺はそう返した。


「そうだよね」


 彼女の妹、佐野明里が頷く。


 彼女は平安時代を思わせるような薄紫の衣装を身に纏っている。その上から姉と同じ大袖と草摺を着けていた。


 ショートカットの髪の十五歳の少女だった。長い杖を手にしている。


「わたしは佐野明里。こっちは姉の十和子」

「十和子だ。明里とともに、栃木で陰陽師をしている」

「陰陽師」


 もう一人の少女に顔を向けた。


「私は少し違います」


 そう言って、ぺこりと頭を下げる。


「鬼鎮めの巫女をしている瑞浪叶と申します」


 十六歳の彼女は腰までの長い黒髪を朱の紐で結わえていた。


 白衣に朱袴と言うイメージ通りの巫女の姿である。


 落ち着いた清楚な印象の少女であった。


 肩に縄を掛けており、その先端には水晶が煌めいている。


「凡野蓮人だ」


 俺は三人に向かってそう答えた。


「あんたも陰陽師?」と十和子が聞いてくる。


「それとも男の巫女──かんなぎでしょうか?」

「まあ、そのようなところかな」


 瑞浪にそう返す。


「さっきのは、俺が追っていた鬼なんだ。無事に倒せてよかった。協力感謝する」


 そう言うと、三人が顔を見合わせる。


「まあ、私たちは別に何もしていませんが……」


 瑞浪が困ったように笑った。


「にしても、あの鬼はどこの何て言う鬼なんだ?」


 十和子が詰問するような態度で俺に迫った。


「陰陽師たるもの、この国に封じられた名立たる鬼はあらかた知っているつもりだが、あんなのは聞いたことがない」

「あれは……異国の鬼、かな」

「異国だと!?」

「ねえ、みんな聞いて」


 話していると明里が俺たちに呼びかける。


 唇に指を当てて何やら深刻な顔をしていた。

 

「なにかおかしくない?」

「おかしい? なにがおかしいの、明里ちゃん」

「あの鬼の妖気が消えてないって言うか……」


 そう言われて、二人も顔を見合わせた。


 その顔がゆっくりと俺を見る。


「凄まじい妖力って、あの鬼じゃなくて……」

「まさか……!!」


 三人が俺を見やって、思わず後退りした。


「ええっと……」


 どうしようかと思案していた時、頭上から声が降って来た。


「よく見破れたじゃないか、正解だ!!」

「!?」

「?」


 ガサガサ!!


 ズザザッ!!


 木々の枝から影が跳躍すると、俺たちの目の前に派手に着地して見せた。


 四人組だ。なんだか仰々しい武器を携えている。


 また変なのが現れたな……。


 心の中で嘆息する。


「桃さん!」

「それにお三方まで!」

「誰なのだ?」


 俺の問いに、十和子が怪訝そうにこちらを見やる。


「凡野、お前も鬼や妖怪退治を生業にしているんだろ?」

「まあな」

「なら知っている筈だぞ?」

「知らん」

「桃太郎伝説は知っているでしょ?」


 明里がそう聞いてくる。


「桃太郎の昔ばなしだな」

「うん。その昔ばなしの英雄、鬼ヶ島で鬼を討った桃太郎とその家来の子孫が──」


 そこまで言うと、やや目を輝かせて明里が四人組を見やる。


「ほう」

「紹介します」と、今度は瑞浪が俺に言った。


 四人組を見やり、言葉を続ける。


「桃太郎の子孫で、もも斬太郎ざんたろうさん」

「よおっ!」


 桃は背にとても長い刀を背負った長身の青年だった。


猿田さるた力也りきやさん」

「うむ」


 猿田は真っ黒な鉄の杖を手にしていた。その杖には金で文字が刻まれている。


雉山きじやま美剣みつるさん」

「ヤッホー」


 雉山はあり得ない程の巨大な鎖鎌を担いでいる。伸びた鎖は身体に巻き付けていた。四人の中で唯一の女性である。


「そして犬崎いぬざき紅煉ぐれんさんです」

「ど~も♡」


 犬崎がニカリと笑う。


 彼だけ唯一、武器などは身に着けていないようだ。 


 この四人組が、桃太郎と家来の三匹(?)の子孫らしい。


 桃太郎の鬼退治は有名な昔ばなしだ。だが、あれが事実でその子孫が生きていたとは初めて知った。


 鬼や妖怪の存在、それを退治する陰陽師や巫女たちの存在──俺も最近知ったばかりだが、現実世界も色々と知らない面があったようだな。


「三人とも、あんましソイツに近づかないほうが身のためだヨ~」


 雉山が瑞浪らにウインクを送った。


「その通りだ」


 桃が頷く。


「彼女らは誤魔化せても、俺たちの目は誤魔化せないぜ?」


 四人が俺を取り囲む。


 桃が俺に顔を近づける。


「お前、人じゃないな?」と、真顔で問い質してきた。


「なに?」

「鬼、だな」

「……」


 どうやら俺は、鬼認定されてしまったらしい。


 俺も困惑しているが、三人の少女もざわついていた。


「確かに、この気配は私たちが感じた妖力そのもの」

「でも、さっきは助けてくれたよ?」

「ええ、鬼が変化へんげしているようにも見えないけれど……」


 そんな三人を余所に、桃が腰の刀を抜き放つ。


「三人は離れているんだ! このクラスの鬼は俺たちじゃなきゃ倒せない」


 かなり長く、そして厚みのある刀──大太刀だった。


 足を大きく開き、左手を脱力しだらんと地につけた。大太刀を肩に担ぐ。


「一代目桃太郎が数多の鬼の首を刎ねた、鬼切弥一……、お前の首も刎ねてやるぜ」


 ブォン、ブォン、ブォン……!


 その横で、雉山が鎖鎌を振り回しはじめる。


「鬼さんこちら、手の鳴るほうへ♪」


 クスクスと笑いながら歌う。


「フフッ! ねぇねぇ、アタシと一緒に踊りましょうよ? アタシの武器、鬼裂彦摩呂で死ぬまで踊らせてあげるわぁ~」


 恍惚とした表情でそう言った。


 ドスン!!


 今度は猿田が地面に杖を打ちつけた。


「猿田家に代々伝わる絶大なる法力を宿せし黒鉄の杖、この鬼哭九兵衛にて貴様を封じてくれようぞ!!」


 タ、タン! ト、トン!


 その横で犬崎が拳や足を打ちつける。


「これが僕の戦い方!」


 拳を突き合わせると、力を溜めるように身を屈めた。


「悪鬼必滅、はぁぁぁっ!!」


 ぼう……っ!


 犬崎の全身が靄で包まれる。


「霊力開放! 纏刃てんじん!!」


 ごぉぉぅっ!!


 犬崎の身体が刺々しい風圧のようなもので覆われた。


「僕の全身は刃と化した霊力を纏った! 触れただけで身が裂けるよ?」

「……」

「おいおい」


 黙って見ていると、桃が困ったように笑う。


「鬼の余裕かよ? いつまで人間に変化している気だ? それじゃあ本気出せないだろ?」

「いや別に。これが本来の姿だが?」


 と言うより、鬼ではないのだがね。


 やはり俺は、鬼と見定められているようだ。


「ホラホラ、早く本当の姿見せちゃいなよ~!」


 肩を揺らして雉山が笑う。


 皆、自信に満ち溢れ大した余裕を見せている。


 確かに連中にしても佐野姉妹や瑞浪にしても、そこら辺にいる一般成人よりも余程強い。


 と言うより、ちょっとした競技者アスリートよりもステータスは高いかもしれない。


 何よりも、戦いの場に身を置いているだけあって死線もそれなりに潜っているようだ。


 だが、その多くは霊力で身体を強化して得ているものだ。特に機動力や耐久力は人ならざる者と渡り合うために、より強靭にする術を身に着けている様子である。


 だとしても、俺が素のままで戦ったら怪我だけじゃ済みそうにない。相手が。


 厄介ごとは御免だ。


「……フン! いいさ、すぐにその余裕の面、引っ剥がしてやるからよ」


 桃が舌舐めずりをした。


「いくぞ!!」と、三人に向かって叫ぶ。


「楽しい鬼退治の始まりヨ~♡」

「どんな鬼も、必ず封じてくれようぞ!」

「ちょっとは、楽しませてね?」


 四人が飛び掛かって来た。


 考え事をしていて、聞いていなかったな。


「さあ、蹂躙開始だ!!」


 取りあえず俺は、最近作っておいたデバフ系のアイテムを装備した。

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