第40話 百鬼従えし覇王

「あべま!?」

「あぶだび!?」

「げりょす!?」

「ぴざでぶ!?」


 四人の身体が宙を舞う。


 どどどどんっ!!


 仲良く地面にめり込んだ。


 うん、なかなか良い感じで力を制御できた。デバフ系のアイテムが、早速役に立ったな。


 顔を上げると、例の少女たちがぽかんと口を開けてこっちを見ていた。


「無双の強さを誇るあの四人を」

「し、瞬殺……」

「しかも素手だなんて」


 絶句している。


「言っておくが、俺は鬼ではないからな?」


 三人に向き直って肩を竦める。


「そう言えば聞いていなかったが、お前たちこそ、ここで何をしているのだ?」

「我々は百鬼夜行を追ってここに来た」


 佐野十和子がそう答えた。


「百鬼夜行の終着点が、青奇ヶ原樹海だと睨んでな」

「百鬼夜行のせいで、今やあの樹海は怨霊や死霊が犇めき、邪気で溢れています」


 瑞浪が胸に手を当てて眉を寄せる。


「ひょっとするとそれは、鬼たちが多くの妖怪を率いて大移動することか?」

「そうだよ」


 聞くと、佐野明里が頷いた。


 そうか、あれはそんな風に呼ばれていたんだな……。


「けれど不思議なの。霊たちはぞくぞくと青奇ヶ原樹海に集まっているのに、本隊である鬼や妖怪は忽然と姿を消したんだ」

「ええ、桃さんたちもそれで調査に乗り出していたんです」


 瑞浪が四人を見やる。地面にめり込んだまま泡を吹いている四人を。


「なるほど……」

「お前、この森に詳しいのか?」

「いや、そこまでは」


 十和子の問いに、俺はそう返した。


「それじゃあ九尾の狐を見かけなかったか? 玉藻前と言う大妖怪だ」


 十和子が悔しそうに唇を噛んだ。


 妹の明里も眉を寄せて口を歪める。


「そう言えば、玉藻が封じられていたのも栃木だったな」

「うん、復活を阻止しようとしたんだけど取り逃がしてしまったの」

「おのれ! 我らが宿敵、玉藻前めっ!」


 十和子が拳を握りしめた。


 それを見て、瑞浪も無念そうに顔を顰める。


「私も、百鬼夜行の引き金となる両面宿儺の封印を守り切れませんでした! これでは歴代の巫女たちに顔向けできません!」

「絶対に逃がすものか!」


 十和子が空を睨む。


「玉藻も鬼も、ほかの妖怪たちも……。一匹残らず私たちが狩る!!」


 ざわざわ……っ!!


 森が騒ぐ。怒っているようだった。


 それでようやく、三人も何かを感じ取れたようだ。


 ハッとして周囲の森を見やった。


「凡野さんの強大な霊力に隠れて気づけなかったけれど、この森からも……!」

「ああ。なんだこの妖気は?」

「この妖気のせいで、彼のことを鬼と勘違いしちゃったのかな?」


 三人が森に顔を巡らせた。 


 森から放たれる異様な雰囲気に、息を呑んでいる。


「そう怒るな、みんな」


 俺は森に向かってそう言った。


 十和子が俺に鋭く視線を飛ばす。


「貴様、やはり何か隠しているな!?」

「そう言えば、百鬼夜行のことも知っておいでのようでしたね?」

「答えろっ!」


 すごい剣幕の十和子に、俺はやや身を引いた。


 平然と告げる。


「知っているというか、今日は、に戦い方を教えていたのだ」

「教えていただと!?」

「こいつらって、誰なの?」

「お~い、みんな。姿を見せてやってくれ」


 俺は森に呼びかける。


 彼らは【隠形おんぎょう】を解いて姿を現わした。


 妖怪や鬼も様々な【妖術スキル】を持っているらしい。


 中でも【隠形】はほぼすべてのものが会得しているようだ。姿を眩ませ、気配を消す術である。


「な!?!?」


 三人の表情が青ざめていく。瞳孔が開いた。


 180度ぐるりと多種多様な鬼と妖怪が渓谷を囲み、森にひしめき合っていた。


 空には一反木綿が飛び、地面からはぬりかべが生えて来る。


「怖いのか? そう敵意を向けるな」と三人に忠告する。


「何もしはしない」

「どっ、どうなっているんだ!?」

「凡野さん、あなたは一体……」

「ねえ、あれを見て!」


 明里がどこかを指差す。


「あれは……、大妖怪のぬらりひょんだよ!!」

「なんだって!?」

「大妖怪なのか? そこまで強くはなかったが」

「はぁ!?」


 佐野姉妹が口を大きく開けてこちらを見てきた。


「待ってください! ほかにも伝説級の妖怪がたくさんいます!」


 瑞浪が驚きのあまり口に手を当てる。


「本当だ! あそこに居るのは烏天狗っ!? わたし、初めて見たっ!」

「あっちに居るのは伝説の河童兄弟、河太郎がたろう河次郎がじろうじゃないかっ!?!?」


 なんだか動物園ではしゃぐ子どものようだな。


「まさか青奇ヶ原樹海を前に忽然と消えた百鬼夜行が、こんな森に潜んでいたなんて……」


 瑞浪がぽつりと呟いた。


「貴様、こいつらとどう関係しているっ!?」

「ん? 戦って倒したが?」

「倒したっ!?」

「ああ」


 騒がしい三人に向かって、俺は訳もなく言った。


「なにやら最初は正気を失っている様子だったが、何発か殴れば正気を取り戻したよ」

「た、倒したって……」

「この数の鬼や妖怪を、たった一人で相手にしたと言うのですか?」


 問われて、軽く頷く。


「まあ、死霊の類は目もくれずに尾根を越えていったがね」


 三人に向き直る。


「こいつらは既に、俺の軍門に下った」

「ええっ!?」

「仲間に、しちゃったの??」

「今はこの森で戦い方をはじめ、生きる術を教えている最中だ。久しぶりに復活した連中が多いからな」


 そう言うと、十和子が目を細めて俺を睨んだ。


「随分と、妖怪や鬼に肩入れしているようだな」

「そんなつもりはないが?」

「私たちは……陰陽師だ」


 俺をじっと見て、声を低める。


 その言葉の意味を理解し、俺は返す。


「悪さはしないさ。だから手など出すでないぞ」

「出したら、どうなるんだ?」


 聞き返されて、俺は十和子を見据えた。


「その時は、俺が──」

「ねえねえ、蓮人様~?」


 横やりが入る。


 見ると一つ目小僧が伸びている四人を指差していた。


「こいつら美味そうだ。食っていい?」


 その発言に三人がギョッとする。


 俺は頭を抱えて溜息を漏らした。


「ダメだと言っただろう?」


 指で手招きをする。一つ目小僧に、こっそりと耳打ちした。


「ドラゴン肉の方が百倍美味いぞ? あれをもう食えなくていいのか?」


 一つ目小僧がブンブンと首を横に振る。


「お~い! 何人かで、そいつら麓に捨てて来てくれ!」


 桃太郎一行を指差して妖怪に指示する。


「ぬらりひょん!」

「ハッ、殿!」


 ぬらりひょんが飛んできて、俺の前に跪く。


 その様子に、三人が思わず仰け反った。


「お前、妖怪の総大将だとか言っていたよな? だから生活面の指導はお前に任せているのだぞ?」

「すみません」


 長い頭を申し訳なさそうに掻いた。


「それぞれの場所に戻った時に、苦労するのはコイツらだ。しっかりと指導してくれよ? 頼むぞ」

「ハッ、殿!」


 妖怪たちが桃太郎一行を担ぎ上げて森の中に消えていく。


 十和子はそんな妖怪たちを睨んでいた。


「ねえ、凡野くん」


 明里が遠慮がちに聞いてくる。


「どうした?」

「もしかして、玉藻前もここに居るの? ぱっと見は居ないようだけど」

「確かに。両面宿儺もいませんね。それに大嶽丸や酒吞童子も姿が見えないようです」

「ん、あいつらに会いたいのか?」


 そう言うと、三人が驚き顔で俺を見る。


「知っているんですか?」

「あの三鬼や玉藻前とも、戦ったの?」


 そう聞かれて俺は頷いた。


「勿論。会わせてやろうか?」

「どこに居る!? 今すぐに居場所を吐け!」

「姉様、落ち着いて……」


 飛びかからんばかりの十和子を、明里が宥める。


「あの四人ならば、俺が紹介した場所で働いている」

「……は??」


 怒っていた十和子が、今度は困惑した。


 言葉が出ないのか、魚のように口をパクパクさせる。


「あ、あ~、ええと。聞き間違えか? 働いてる??」

「ああ。だが今日はもう遅い」


 そう言うと、戸惑っている三人に軽く笑いかけた。


「明日、案内してやっても良いぞ? ザマー牧場を」

「ザ、ザマー」

「牧場?」


 真顔になると、俺は三人を一瞥する。


「だが、そんな物騒な物は置いて来いよ? 俺も世話になっているところだ」


 三人が自分の武器に目を落とす。


「それに今は夏休みで客も多いのだ。くれぐれも、粗相など働いてくれるなよ?」


 そう言うと、俺は月を見上げた。




 別れ際、明里に問われる。


「凡野くん、聞いていいかな?」

「どうした」

「その、姉様も言ってたけど、妖怪や鬼に、どうしてそんなに親切にしているの?」

「え?」


 純粋にそう聞かれて、俺は戸惑った。


 彼らは魔のものではない。グラン・ヴァルデンで言えば、魔族ではなく獣人族や妖精族と近い存在だった。


 だから敵対する気など、そもそも無かった。


 一瞬、どう答えようか躊躇したが、すぐに言葉を返す。


「皆、久しぶりに復活して戸惑っていたからな。急にこの世界に戻って来た不安や所在の無さに、少しばかり共感しただけさ」


 そう言って肩を竦めてみせる。


 それもまた、嘘ではなかった。


「けどさっき、巨大な鬼は倒してたよね?」

「あ……」


 そう突っ込まれて、思わず言葉に詰まる。


「あれは~、霊力で作り出したただの幻影だ」

「ああ、そっか。君ほどの霊力があれば可能だもんね」


 苦し紛れに言ったが、明里はすんなりと納得した。


 よし、こっち方面の人間にはで押し切ろう。


 俺はそう思った。

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