第30話 緑屋信吾

 期末テストが終わった。


 少し骨が折れたな。


 点数を操作するのが。


 だが間違いなく学年10位圏内に、点数をだろう。少し高すぎたかもしれない。

 目立たないように、慣れてくれば限りなく10位あたりを狙いたいところだな。


「あ~、やっと解放された~!」


 誰かがそう言って背伸びをする。


 教室はテストが終わった解放感に満ちていた。


「けど、マジでストレス溜まってるわ~!」

「俺も! ストレスマックスだぜ!」


 南たちのグループが、ひと際声がでかい。


「なんかで発散してぇわ!」と南が拳を叩いてみせる。


「オーガがいてくれりゃあな」

「なんでよ?」

「凡人のサンドバック大会できんじゃん!」


 会話を聞いていた連中が声を揃えて頷いた。


「じゃあ、南たちが主催すればいいんじゃね?」


 女子グループが南に声を掛ける。


「俺らが?」

「それいい! やってよ、南? ワタシらも凡野殴ってストレス発散したいからさ」

「なんだよそれ」

「女子、怖え~」


 南たちが女子とじゃれ合って笑う。


「けど、俺は金取るぜ?」

「ええっ!?」

「そうだな、【一分100円! 凡野殴り放題】だ!」


 南が得意げに指を立てると、周囲がドッと沸いた。


「ちょ、商売する気かよ!?」

「当たり前だろ?」


 そして自分のこめかみに指を突き立てる。


「俺はあの猿どもとは頭脳ココが違うからよ」

「でも、それいいかも!」

「けっこう稼げんじゃね?」

「そうだなぁ、二年の男子はほぼ全員参加するだろうし、一年とこにも出張するとしてぇ……」

「一年とこまで!?」

「でも、それマジで繁盛しそうじゃん?」


 南はノートとペンを取り出した。


「ちょいマジで計算してみよ。こりゃ、夏休み前の小遣い稼ぎに丁度良いんじゃねぇか?」


 どのくらいの金額が集まるのか真剣に計算し始める。


 その様子を見ながら、俺は昔を思い出していた──


 人間サンドバッグ大会……、オーガが主催者となり、それは時折、放課後の教室で開催されていた。


 そこにはクラスの連中だけでなく、ほかのクラスからも参加者が訪れていた。


 その大会で、俺は多くの生徒たちのストレス発散のために、ただ一方的に殴られる存在だった。

 男子だけでなく、中には派手めの女子グループもいて、面白がって俺の腹を殴ったり尻を蹴ったりしたものだ。

 そして、決まってその後、俺に触れたことを気持ち悪がっていたっけな。


 女子にセクハラした(?)罰として、彼氏面した男子たちに報復でまた殴られると言うなんとも表現し難い、茶番。


 そう言えば一度、知内が通りかかったことがある。


「なにやってんだ?」

「格闘技ごっこっす」


 オーガがそう返し、一瞬の沈黙が流れる。


 知内は恐らく、すべてを見ていたし、そこでおこなわれていることも理解していた。


 が、沈黙の後に知内は、俺をちらと見て鼻を鳴らしただけだった。


 またオーガを見て笑う。


「お前らホント仲が良いんだな、俺も混ぜてくれよ」

「いやぁ……」


 白々しい笑い声が、教室に響く。


──知内はそのまま廊下に消えていった。


「オーガたち、期末も受けなかったみたいだけど何やってんだろね?」

「さあ」

「不良グループからも外されたみたいだしぃ、顔出せねぇんじゃね?」


 女子グループが教室を出ながらそんな話をしていた。


 オーガたち三人は、あれから姿を見せていない。


 奴らの行く末などに興味はない。


 勿論、今後も奴らが脅威となる可能性はゼロではない。


 だが、もう少しスキルレベルが上がれば【索敵】の網で絡め捕れるだろう。


 以前の俺は十キロ圏内が【索敵】の範囲だった。


 今は約一キロ圏内だ。


 今の状態でも、奴らが何かを仕掛けてこようものなら、随分前から察知可能である。


 また、可能性は極めて低いが、奴らが廃墟での一件を、警察沙汰や弁護士沙汰にすることも考えられる。


 だが仮にそんな挙動を見せたなら、精神を逝かせる奇書【ポコ=チャッカ】を使い、脳を弄ればいいだけの話だ。

 まああれを使うためには、俺ももう少し精神耐性をつける必要があるがな。


 奴らをオタク気質の少年に変えるのもいいし、勉強熱心な真面目な少年にするのも面白いかもしれね。


 どちらにせよ、人格ごと、消し去る。


 学校から姿を消そうと、お前たちはもう、俺の手の中からは逃れられない。


 あんな連中のことよりも、俺にはもっと気になることがあった。


 黙って信吾を視る。


 あの日以来、信吾から【精神異常】が消えていないのだ。「精神不安」という項目が今も出ている。表向きはいつも通りだが。


 仕方ない。使ってみるか。


 【未来予知】


 ……今のところ、自殺する未来は視えなかった。


 当然、【未来予知】も絶対ではないのだが。


***


【未来予知Lv.20】

未来を予知するスキル。スキル発動時点での最も可能性の高い未来を知ることが出来る。未来に影響を及ぼす事象が起これば、予知内容は変化する。レベルアップによってその精度は高まり、より遠い未来まで見通せるようになる。


***


 スキルには身体への負担や反動など、リスクを伴うものもある。


 その中でも、【未来予知】はかなりのリスクが伴う危険なものだと、俺は認識している。


 だから俺は、余程のことがない限り【未来予知】は使ってこなかった。


 ある一つの未来を視てしまったら、意識はどうしてもその映像に囚われてしまう。だが当然、その後に未来が大きく変わることもあるのだ。


 未来に影響を及ぼす事象を自分自身が把握できていれば良い。だが、そうとは限らない。


 そうしていざ未来が現在となった瞬間、それが予知した内容と違っていたら、判断と行動に遅れが出る。迷いが生じる。

 一秒を争うシビアな状況であればある程に、それは命取りになりかねない。


 未来は常に変化する。


 【未来予知】を使うならば、そのことを肝に銘じておく必要がある。


「蓮人くん」


 声を掛けられて我に返った。


 信吾が俺を見ていた。


「どうした?」

「帰ろうか?」

「ああ」


 俺はスクールバッグを手に席を立った。


「テストどうだった?」


 帰りながら、信吾が聞いてくる。


「いつもよりかは、出来た方かな?」

「そうなんだ、良かったね」

「信吾は?」

「う~ん、まあまあかなぁ」


 そう言って空を見上げた。


 どんよりとした梅雨空がここのところ続いている。


「それじゃあ、またね」


 いつもの分かれ道で、信吾が手を振った。


「信吾」

「ん?」

「いや、せっかく期末も終わったんだし、もう少し喋って行かないか?」


 俺がそう言うと、信吾は一瞬戸惑った顔をしたが、すぐに笑顔で応じた。


 コンビニで食べ物などを買って、近くの公園に立ち寄る。


「なんかちょっとワクワクするね」


 チョコレートを頬張りながら、信吾が言った。


「何がだ?」

「学校帰りに買い食いとか、僕、初めてだよ」

「そうなのか」

「うん」


 今の信吾に、一件不安のようなものは見られない。


 ならば、この精神不安がどこから来ているのか……。


 不安の原因は、なにも学校の事だけとは限らない。


 健康面や金銭面の可能性もある──中学生ではあまり考えられないが、ゼロではない。

 

 或いは、家庭の事情の可能性もある。あまり深く突っ込んでは聞けないが。


「あ、そうだ! コレ、知ってる!?」


 急に目を輝かせると、信吾は興奮気味に俺に顔を近づけて来た。


「ちょ、唾を飛ばすな」

「あ、ごめん……」


 困ったように笑う。


「この前ザマー牧場に行ったじゃない?」

「うん」

「あそこって樹海のすぐ近くだったんだよ! この前グーグルでそれ見つけて、メッチャ興奮したんだ!」

「樹海?」

「青奇ヶ原樹海さ、富士の樹海っていう名前の方が有名だけど」

「ほう、そんなに近いのか」

「うん、見た感じひと山越えたくらいだったかな」


 あの牧場は、あれ以来、体力・魔力・戦技練成の場所としてよく使わせてもらっている。

 牧場主の宇摩や動物たちともすっかり仲良くなってしまった。


 またそろそろ顔を見せないと、スノウが怒るな……。


「あの樹海は自殺の名所としても知られてるし、何よりも都市伝説の宝庫だからね」

「自殺だと!?」


 考え事をしていたら、急にそんなことを言い出したので、思わず信吾に顔を向けた。


「うん、知ってるでしょ? 有名じゃん」

「あ、ああ、そうだったっけ」

「もうすぐ夏休みだし、一度行ってみたいなぁ」

「じ、自殺の名所にか!?」


 俺は慌てて聞き返した。


「え、うん」

「危険じゃないのか!? 何をしに行く気なのだ、お前!?」

「ちょ、落ち着いてよ。別に変なことしに行くんじゃないから……」


 詰め寄る俺を困惑して見ている。


 しまった。俺としたことが、この程度で取り乱すとは……。


 【ポコ=チャッカ】を使えるようになるのは、まだまだ先のようだな……!


「自殺で有名にはなっちゃってるけど、散策コースもあるし、景色もきれいな良いところっぽいよ?」


 そう言うと、何かを思いついたように口を開けた。


「そうだ! 夏休みに一緒に行かない?」

「樹海にか? 俺は構わないが」

「やった!」


 信吾が嬉しそうに笑う。


「あそこには色んな都市伝説が眠ってるからね」

「そうなのか?」

「うん、裏世界に繋がる扉があるとか、地下に広大な軍事施設があるとか、歴史を陰で操る秘密結社の本部があるとか……」


 その後も信吾は、樹海にまつわる様々な都市伝説を聞かせてくれた。


 俺たちは結局、夕方までその公園で話をしていた。


 その帰り、俺は遠回りして信吾の家まで一緒に行くことにした。


 彼の家の正確な位置も把握しておきたかったのだ。


 歩きながら、足と風景が記憶を蘇らせてくれた。何回か遊びにいったことを思い出す。


 確か信吾の両親は共働きで、兄弟は居ない。三人で暮らしていた筈だ。


「今日はありがとう、めっちゃ楽しかった」


 家の前で、信吾はそう言った。


「俺もだ」

「夏休みさ、樹海以外にも色々行けたらいいね。海とかさ」

「ああ、友達と共に遊ぶのは楽しいものだからな」

「友達……」


 信吾がぽつりと呟く。


 曇天のせいか、信吾の顔が陰って見えた。


 一瞬、沈黙する。


 信吾は何かを躊躇っているようだった。


「あの、蓮人くん」


 その声は、今までの会話が嘘のように暗かった。


「どうした?」

「あの、この前はありがとう」

「この前?」

「僕がオーガくんたちに捕まった時のこと……」


 人質に取られたことを言っているのだろう。


「礼には及ばないさ」

「ゴメンね、迷惑かけて」


 そう言って俯く。


「何を言っているのだ。迷惑をかけたのはこっちの方だ。この前も言ったが、あれは俺のせいだからな」


 この機会に、俺も聞いてみることにした。


「信吾の方こそ、大丈夫だったか? あれ以来、どこか不安そうだが」

「平気だよ、怖かったけどね」


 信吾が苦笑して頷く。


「そうか。何かあったら、いつでも相談に乗ろう。なんでも言ってくれよ?」

「……うん」


 どこか躓くように、信吾が答える。


「ごめん」

「だから、謝る必要はない」

「いや、そうじゃなくてさ……ずっと」


 そこで信吾の言葉は途切れた。


 そして顔を上げると、どこか後ろめたそうに俺を見てきた。


「蓮人くん、イジメられてるよね」


 改めて問われて、俺も少し戸惑った。


「キャラ変してからは、へっちゃらそうだけど、今も。無視されたり、この前も机に画鋲入れられてたし……」


 確かに、俺に暴力を振るっていた主犯格のオーガたちは消えた。だが、無視などは続いている。


 オーガたちに背中を押されるように暴力行為を楽しんでいた連中からの、直接的な攻撃はほぼなくなっている。だがその分、より陰湿さが際立っている感じだ。


「俺を心配してくれていたのだな」

「だって君がイジメられてるのに僕、なにも出来ないから」


 俺は何となく、信吾の精神不安の理由が分かった。


「イジメられてるのを見て見ぬフリしてる僕なんて、友達って言えるのかなって」


 そう言って、また俯く。


「信吾」


 俺は信吾に向き直って、真剣に彼の目を見た。


「俺ならば気にしていないぞ」

「そう……」

「ああ」


 頷いてみせる。


「他人の疝気を頭痛に病むという言葉がある。本人が気にしていないものを、気にし過ぎても良いことはないぞ」

「……うん」

「今日は俺も楽しかったよ、また明日な」

「うん、また」


 信吾が家の中へ入っていく。


 だが俺はしばらく、彼の家の前で立ち尽くしていた。


「そうだったのか……」


 思わず呟いた。


 別れる直前、俺は信吾の新しい未来を視た。


 俺の脳裏に映ったのは、彼が自殺する瞬間だった。


 初めて知ったよ、信吾。


 ただ一人の友が自殺した要因の一つに、俺への罪悪感があったとは……。

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