第31話 挑戦者

 昼休み、二年三組に乱入者が現れた。


 教室にいる生徒たちの注目を集めたのは、一人の生徒だった。


 その眼は興奮したようにキラキラと輝き、視線の先には何故か俺がいた。


 アイツはあの時の……。


 彼の登場に女子生徒が色めき立つ。


「ね、あの子ちょっと可愛くない?」

「一年の番の阿田くんだよね?」

「うん。噂は知ってたけど、超イケメンじゃん」


 そんな声の中、彼は真っ直ぐこちらに歩いてくる。


 俺と彼を交互に見ながら、信吾は緊張で顔を強張らせていた。


「よ! この前はどうもっす」

「ええと、確か」

「阿田っすよ、一年の番張ってる阿田あだとおるっす」


 やはりあの場にいたコングの仲間か。


 女子たちのざわざわが止まらない。


 阿田は金色っぽい茶髪をしていて顔立ちも整っていた。身体は華奢で背は俺よりも少し低いくらいだろう。


「俺に何か用なのか?」

「今日の放課後、面ぁ貸して欲しいっす」

「面?」


 聞くと、ニヤッとして頷く。


 子どもっぽさのある純粋な笑顔だった。


「何の用だ? 俺には用などないが」

「こっちにはあるんすよ、滅茶苦茶」


 そう言うと、指を突き付けてきた。


「凡野蓮人!! 俺はアンタに、タイマンを申し込むっ!!」

「!?」


 俺も驚いたが、それ以上に教室の連中の方がざわつく。


「い、今タイマンって言った?」

「なんで!?」

「一年の番長が、どうしてわざわざ、凡野蓮人あんなヤツとケンカすんの?」

「あんなヘナチョコ、喧嘩する価値なくない?」


 芳しくないな……。


 椅子に座ったまま、阿田を見上げる。


「お前たちの世界に首は突っ込まないと、俺はコングと約束したのだが──」


 そして彼に問い直す。


「このことを、コングは知っているのか?」


 コングの名を出すと、また教室が騒がしくなる。


「コングて誰?」

「馬鹿っ! コングさんって言え! 最悪、コングくんって言えよ!?」

「だから、誰それ!」

「ここの番長だよ! 三年に居る金髪の丸刈りの! 見たことあんだろ!?」

「マジで!?」

「アイツ、コングさんを呼び捨てにしたぞ、しかも一年の番の前で」

「殺されたな……」


 騒がしい声を余所に、阿田は肩を竦めて笑った。


「問題ないっすよ。このタイマンは、そう言うのとは関係ないっすから」


 急に前のめりになって俺を見つめてくる。


 俺は椅子に座ったまま仰け反った。


「俺はにアンタと闘いたいんだよ!! 蓮人くんっ!!」


 阿田の声が教室に響く。


 俺は苦い顔をしてちらと教室を見やった。


「れれれ、蓮人くんって言った!?」

「あの凡人のこと、一年の番がくん付で……」

「凡人がどういう奴か、知らないんじゃね?」

「誰か教えてやれよ、アイツはただの奴隷だってさ」


 参ったな、これ以上騒がれては困る。


 阿田のイケメン具合とか俺とコングや阿田の関係について、教室中が話で持ちきりだ。ただ、南とその取り巻き連中は黙って俺を睨みつけているが。


「取りあえず、行く。まずそこで話をしよう。それでいいか?」


 そう言うと、阿田に近くに寄るように手招きする。


「あんまり騒ぎになると、お前も困るだろ?」


 俺の耳打ちに、阿田も教室を見やった。


「わかったっす、ただ絶対に来てくださいよ?」

「ああ。あっ! それと、人目につかない場所にしてくれよ?」


 そう言うと、阿田が胸を張って鼻で息を吐く。


「喧嘩すんだから当たり前っしょ! 先生オトナ連中に見つかって中断とか、最悪っすからね! 人払いは任しといてください!」

「……まあ、頼んだ」

「場所は、体育館裏。この前のとこっす」

「いいだろう。けど、俺は喧嘩などする気はないぞ」

「それは困るね」


 阿田が首を振ってきっぱりと答える。


 表情を引き締めて俺を見てきた。


「この前のアンタとラッシーくんのタイマンが、俺の心に火ぃ点けちまったんすから。責任取ってもらうっすよ?」


 どことなくむず痒くなる捨て台詞を吐いて、阿田が教室を出ていく。


 俺はその後ろ姿を見て溜息を漏らした。




 そして放課後──体育館裏の倉庫前。


 俺が出向くと、彼は屈伸運動をおこなっていた。


「来てくれたんすね、嬉しいっす!」

「取りあえずは、な?」


 彼のそばには仲間が五人いて、黙ってこちらを睨んでいた。


 阿田もそれに気づく。

 

「安心して欲しいっす、こいつらに手は出させねぇ。人払いしてもらうために呼んだだけっすから」

「そうか」


 ストレッチを終えると、立ち上がって大きく息を吸った。


「今日は俺とアンタ、一対一サシの勝負だっ!!」


 そんな大声を出すと、人が来るぞ……。


「申し訳ないが、俺は喧嘩をする気などない」


 溜息交じりに、やれやれと首振る。


「俺たちは敵対関係に無い筈だ。というより、なんの利害関係もないだろう?」

「ラッシーくんに放ったあの一撃、俺ゾクッとしたっす。やっぱタイマンは男のロマンすからね」


 俺を見やる。


「そしてタイマン張るなら格上の相手を倒してこそ、でしょ?」

「……お前、俺の話聞いてないだろ」

「行くぜ!!」


 まったく……。


 阿田が飛び掛かろうとした時、俺は【索敵】で人を感知した。


 阿田を、手で制す。


 阿田はつんのめるように立ち止まった。


「なんすか?」

「誰か来てる」


 通路を見やる。


「なんの気配もないすけど?」

「いや、四人くらいこっちに来ているな」


 取り巻きたちも顔を見合わせた。


「先生かな?」

「マジかよ、めんどくせ」

「いや、多分大人ではないな」


 俺は答えた。


 それに、少なくとも敵意は向けられていない。


 すぐに足音が聞こえてきた。


 通路から姿を現わした人物を見て、俺は驚いた。


 信吾と松本さんとその友達二人だったのだ。


「は、はひぃ! ま、間に合って、良かった……、はひぃ!」


 信吾が汗だくでフラフラになりながらそう言った。


 ここまで走って来たのか、息絶え絶えである。松本さんたちは平然としているが。


「い、一年生のみんな、喧嘩はダメだよ!」


 松本さんが阿田たちに言う。


 内心ビクビクしているのが、傍から見てもわかった。


 残りの二人も、面倒くさいそうに言葉を続ける。 


「何があったか知らないけどさ、そいつ、君らがタイマン張るような相手じゃないよ?」

「そうそう。凡野って二年全体のパシリみたいなものだからさ。スクールカースト、学校ダントツ最下位って感じの奴なの。そんなのと戦ったら、君の格が落ちるよ?」

「ちょ、二人とも、そう言うことじゃないじゃん!」


 松本さんが手をバタバタさせて慌てている。


 どうやら、信吾が彼女たちを連れて来たようだ。


 俺が心配で、人を呼んだのだろう。


 しかし、よりによって松本さんたちを連れて来るとは……。


「マジかな?」

「そう言や、あん時もそんなこと言ってたような」


 一年生たちは彼女らの言葉を聞いて、首を捻っていた。


「……何言ってんだよ」


 阿田がそんな連中を見やって静かに言う。


「この人がそんなタマなわけねぇだろ」


 そして松本さんたちを見ると、真顔で目を細めた。


「先輩方は引っ込んでてもらっていいすか? これは俺とこの人との真剣勝負なんで」


 そう言うと、ほかの一年に目配せした。


 それを合図に、三人は通路を見張りに向かい、残った二人は信吾たちに詰め寄る。


「ひ、ひいぃぃ!!」


 信吾が怯えて後退りする。


 近くにいた松本さんの友人で、すらっと背の高い女子の後ろに逃げ込んだ。


「ちょ、お前なんだよ!?」


 その女子がイラついている。


 だが、問答無用で一年生たちは近づいてくる。


 矢面に立たされた松本さんともう一人は、顔を強張らせながらも身構えた。


「あ、あの。やめよ? ね?」

「ぼぼぼ、暴力反対ぃ……」


 けれど、一年生たちは突っ立ったまま何もしなかった。


「申し訳ないっすけど、うちの大将が決めたことなんで」

「黙って見ててください」


 威圧的にそう言った。


 だが松本さんたちに危害を加える気はなさそうだ。


「先輩、俺らも始めましょうか?」


 阿田に顔を向けると、彼は軽くステップを刻んでいた。


 その眼は闘志に満ちて、鋭く輝いている。


「はぁ……、分かったよ」

「っしやぁ!!」


 俺の応戦の意思を合図に、急に突っ込んで来る。


 が、直前で急に方向を変えると、壁を蹴って空中に跳躍した。


 回転しながら、蹴りが俺の首を真後ろから鎌のように襲う。


 俺は流すように躱した。


「っらぁ!!」


 着地と同時に、今度は足首を刈るように蹴りを放って来る。そのまま連撃を繰り出してきた。


 どうやら蹴りを主体としたトリッキーな戦い方をするようだ。スピードとバネがあり、細身だが体幹もしっかりしているような印象を受ける。


 俺は躱したり【いなし】を使いながら、【鑑定】で彼のステータスを視た。


 攻撃力は低めだが、スタミナと素早さが異常に高い。


 スタミナを武器に、素早く巧妙な動きで相手を翻弄し、鋭い蹴りとその手数で勝負するタイプのようだな。


 ザザ──ッ!


 そんなことを思っていると、阿田が攻撃の手を止めた。


 すっと立ち上がる。


「先輩」

「ん?」

「本気、出してないっしょ?」

「……」


 こちらに向けた顔は、今までになく怒っているようだった。


「多分、アンタは俺よりもかなり強い。そんなことは分かってる。だから挑戦してるんすよ」

「そうか」

「けど。手を抜かれたり舐められるのは我慢ならないっす!」


 舐めているつもりは、無いのだがな。


「これは真剣勝負のタイマンなんすよ!」


 阿田が訴えるように言う。


「それをやる気がないんなら、止めます」


 俺を真っ直ぐに見つめて問う。


「それとも俺はタイマン張るに値しないっすか?」


 やれやれ、どうしたものかね……。


 俺は軽く笑い、思案した。


「なに笑ってんだよ、お前!」

一年ウチの大将が本気見せてんだから、ちゃんと受けろや!!」

「馬鹿にして笑ったわけではない」


 二人にそう言うと、阿田に向き直る。


「そうだな。決闘は、流儀に基づいて正々堂々と。相手に対しも礼を失せぬようにやらねばならない」

「本気、出してくれるんすね」

「ああ」

「嬉しいっすよ!」


 笑うと、再びトップギアで突っ込んで来る。


「いくぞ、こらぁぁっ!!」


 そして身軽に飛躍すると、回転しながら俺の脳天目がけて蹴りを放つのだった──




「……っは!?」


 大の字で寝ていた阿田が意識を取り戻す。


 首だけ起こして、こちらを見た。


 俺の顔を見ると、すべてを悟ったように、また天を仰いだ。


「まったく記憶がないな。どうやって負けた?」

「この前のラッシーくんと同じ。顎に一発」


 近くにいた一年がそう答える。


「俺の、負けっすね」

「良い戦いだった」

「またいつか挑戦させて欲しいっす」


 その願いに対して、俺は返答を避けた。


 ラッシー戦の頃よりも、今の俺は遥かにステータスが上がっている。


 それを考慮してかなり加減はしたが、彼の顎を砕いてしまった。内出血でかなり腫れ、首にも損傷が見られた。


 介抱するふりをして【上級ポーション】を使ったので、今はダメージはほぼ残っていないが。


 もし今度戦うなら、デバフ系のアイテムを用いる必要があるな……。


「先輩強いっすね、分かってたけど」

「そうか? 俺はまだまだだと思っている」

「そうっすか」


 大の字のまま、苦笑する。


「そうだ、お願いがあるんすけど」

「なんだ?」

「俺、まだ通り名がないんすよ。蓮人くんにつけて欲しいっす」


 そう言われて、一瞬、返答に困った。


「……名前、なんだったっけ?」

「阿田徹っす」

「じゃあ、トールで」

「そのままじゃないっすか」


 阿田がまた苦笑する。


「嫌か?」

「いや、それでいいっす」


 大の字のまま更に背伸びをするように手足を伸ばす。


 トールの表情は、どこか清々しそうだった。

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