第29話 詰みと罰

 コングたちと別れ、俺は信吾を家まで送り届けた。


 その帰り、路地裏を歩いていると後ろから足音が近づいてきた。


 振り返ると少し離れた外灯のそばに、誰かが立っていた。


 顔は闇に紛れているが、外灯に照らされた手元を見ると、金属バットを握りしめている。


 ざ……!


 前からも足音がして、振り向く。


 前方にも同じく金属バットを握った誰かが立っていた。


 挟まれたようだ。


 俺は少し歩調を早める。 


 前後の相手も早足になった。少しずつ距離を詰めてくる。


 二人を避けるように、俺は自ずと角を曲がった。


 軽い駆け足で道を進む。


 息遣いが少しずつ近づく。時折、金属バットを壁や電柱に叩きつける音も耳に届いた。


 こちらを脅し、追い立てているようだ。


 こうして俺の足は、誘導されているかのように、道の先にあった廃墟に向かった。


 廃墟の中は湿り気を帯びている。どうやら古いゲームセンターの跡地らしい。


 ザッ!


 奥に進むと、そこにも誰かがいて、立ち止まる。


 姿を現わしたのは、オーガだった。


 金属バットを手にし、黙って俺を睨んでいる。


「ハイ、王手」

「もう逃げらんねぇぜ」


 背後からも声がした。


 出入り口を塞ぐように、モリトラとダミーが立っている。


 肩にバットを乗せて、俺を透かし見ていた。


 退路を断っている気らしい。


「久しぶり」


 オーガは一週間ぶりだし、モリトラとダミーも牧場の一件から学校を休んでいたのだ。


「久しぶりじゃねぇよ……」

「一週間見ない間に随分やつれたじゃないか、オーガ」


 そう言って軽く笑う。


 それに対して、オーガがコンクリートの床に金属バットを叩きつける。


 雨漏りで濡れた床に、水飛沫が散った。


「今日は、馬で逃げることも出来ねぇな」

「ここじゃあ泣こうが叫ぼうが、誰も助けになんて来ねぇぜ」


 確かに。ここは住宅街からも離れている。それに、こんな時間帯にこんな廃墟に近付く者は限りなく少ないだろう。


 だからこそ、俺は言った。


「それは好都合だ」

「好都合じゃねぇよ、クソ凡野」

「全身の骨砕いてやるから覚悟しろや」


 モリトラとダミーが金属バットを構えなおした。


「おい、凡野……」


 抑揚のない声で、オーガが言う。


 憎しみに満ちた目を俺に向けていた。


「お前はこの俺をコケにした。馬鹿にしやがった。お前だけは、絶対に許さない」


 その声は静かに熱を帯びる。オーガの顔は憎しみに歪んでいった。


「どこまで逃げようったって、絶対に逃がさねぇ。必ず追い詰める。追い詰めて追い詰めて……、必ず殺してやる」


 その言葉に偽りはなさそうだ。


 オーガもそしてモリトラとダミーも、こちらへのがビシビシと伝わって来る。


「安心しろ。逃げるつもりなどない」

「っせ!! 生意気な口利くな!!」


 オーガが吐き捨てる。


「殺す! 何がなんでも殺す! ぜってぇブッ殺す!」


 鼻をヒクヒクさせて顔を紅潮させる。


 それを見て、俺は苦笑が漏れてしまった。


「笑ってんじゃねぇ!!」

「いや、すまない」


 やれやれと、首を振る。


「見事なまでに憎悪に呑まれているな、と思ってね」


 俺は改めて三人に向き直った。


「十八対一」

「あ?」

「ほんのさっきまで、あの体育館裏でお前たちは、十八対一という圧倒的な数的優位に立っていた」


 そこまで言うと、すっと真顔に戻す。


「更に俺は信吾という人質まで取られた極めて不利な立場でもあった。当然、お前が仕組んだのだろ?」

「だったらどうした?」

「それが今や、三対一」


 その言葉に、三人の顔色が変わる。


 俺は真顔のまま、問う。


「さて、今本当に追い詰められているのは、果たしてどちらかな?」


 【索敵】によって、この三人の動向はすべて監視していた。


 そう、人気のない場所へと三人を追い込むまでが、俺の布石だったのだ。こちらが追い込まれ、逃げ込んだと思わせて。


 今のこの状況、王手などでは、無い。


 なのだ。


 まあ、詰んでいるのはこの三人だが。


「オーガ」


 奴を見据える。


「さっきコングから言われたよ、二年の番を張らないかとな。お前の代わりに」

「……は?」

「まあ、丁重にお断りしたがな」


 三人が明らかに動揺していた。


「み、妙な嘘ついてんじゃねぇぞ!」

「そんなん誰が騙されるかよ!」

「お前が二年の番とか、何の冗談だ? 俺を動揺させたいんなら、もっとマシな嘘つけや」


 どう見ても、動揺しているようにしか見えないが……。


「お前たちは蚊帳の外だったから知らないのも無理はない。既にあの集団は、俺が籠絡した」


 三人の顔をじっくりと見つめる。


「残念だが、お前たちはもう、コングたちを頼れないぞ?」

「……!」

「理解出来ているか? あの不良グループで、お前たちに味方してくれる者は居なくなったということだ。誰一人」


 半分混乱している三人を前に、俺は呑気に背伸びをした。


「いやぁ、しかし。ここは本当に静かで良い場所だな」


 次に腰を回して軽くストレッチ。


「実はな、昨日母が倒れてね」

「あ?」

「何言ってんだ、お前」


 無視して喋る。


「だから今日は、俺も少々暴れたい気分だったのだ。だが、目立ちたくもない。人目を気にする必要のないこの廃墟は、まさにうってつけって訳だ」


 ストレッチを終えると、俺は三人を一人ずつ、指差していく。


「森戸、門。そして束……。お前たちが何故、俺を殺したいほど憎んでいるのか。その理由は、その根本に俺への侮蔑があるからに他ならない」


 三人を見て、ハッキリと言う。


「お前たちは、これまで長きに渡り、散々この俺を侮蔑し、俺の心と身体を加虐し、暴力の限りを尽くしてきた。それがほんの少し抵抗されただけでその様か?」


 このような者たちのせいで、母さんに心労をかけ、信吾にも怖い思いさせてしまった。


 そして前の人生では、俺は不登校となり十五年間も部屋から出られなくなった。俺の人生も家族も、壊されたのだ。


「お前たちは自分たちの方が偉いのだと、そう思っているな? 自分たちの方が優れているのだと。強いのだと……。その一方で、凡野蓮人は愚鈍で無能で、何もかもが劣っていて弱いのだと、そう見定めているな?」


 三人を真っ直ぐ射るように、見る。


「だからこそ、そんな奴に見返されるのは我慢ならなかった。深く心が傷ついた。自尊心が抉られるほどに……」


 三人に向かってきっぱりと、言い放つ。


「傲慢にも程がある!」


 俺は無言で三人に掌を向けた。


「お前たちの、傲慢で歪み切ったその憎悪、根本からへし折ってやろうぞ」


 ゆっくりとその掌を、握り込む。


「俺は前にお前たちに忠告した。お前たちから仕掛けてこない限りは、何もしないと。今回だけは、見逃してやろうとな?」


 だが、もう遅い。


「これは罰だ。加減はしてやろう、だが少々痛い目に遭ってもらうぞ?」

「──っざけんなぁ!!」

「調子に乗んなよ、凡野ぉぉっ!!」


 突沸したかの如く叫び、モリトラとダミーがバットを振り上げる。


 一番近くにいたダミーが前のめりにバットを振り降ろしてきた。


 全身の骨を砕いてやると、さっきそう言っていたな。ならば──


 バリ……ッ!


 【雷身】で、こちらも真っ直ぐに相手に突っ込む。


 つま先で相手の膝を軽く蹴った。【致命の一撃】を付与して。


 ごきゅ!!


 ダミーの膝が膝裏の方向へ折れ曲がる。


 一瞬、ダミーがぽかんと口を開けた。


 まだ脳が痛みを理解する前に、もう片方の膝も薙ぎ払う。


 ごちゃ!!


 両方の膝関節が、一気に外れた。


「あ? あ、あ、あ、ぁぁぁ!?!?」


 前に崩れ落ちる。


 バタリと床に両手を着いた。バットが床を回転しながら滑っていく。


「ダミー? 一体どうしたのだ? ほら、立て」


 ダミーの両肘を掴む。そして、軽く捻った。


 ごごん、ごりゅん!!


 肩と肘の関節を外す。


「あ────っ!!!!」


 ダミーが転げまわる。


「ひ……!?」


 それを目の当たりにして、モリトラが恐怖する。


 パシ。


 モリトラが握るバットの先端を、俺は掴んだ。


「!?」

「しっかり握っているんだぞ?」


 ぐり……っ、ぐん!!


 バットを通して、モリトラの身体を操作する。


 肘と肩の関節を完全にめてロックした。


 モリトラの身体を持ち上げ、全体重を肘と肩に集めていく。そして関節は可動域の限界を、超える。

 

 ごごぐん!!


 ご、きっ!!


 肘と肩の関節が外れ、モリトラの身体が宙を舞った。


「あ、あ、あ、あぁぁ!?!?」


 悲鳴を上げながら、モリトラが顔面からコンクリの床へと落ちていく。


 ゴシャ──!!


 呻き声をあげきながら、奴もあたりを転げまわった。


 一瞬にして阿鼻叫喚の大騒ぎである。


 立つことさえ出来なくなった二人の前に歩み寄り、俺は二人を見降ろした。


「何をやっているのだ? 犬の真似の次は、蛆の真似か?」


 軽く鼻で息を吐く。


「まあ好きにすればよい。虫ケラのようなお前たちにはお似合いの格好かもしれぬ」


 顔を上げると、オーガに首を巡らせた。


「次は、お前だ」


 オーガは顔には脂汗を浮かべ、肩を怒らせていた。


 喉の奥から唸り声を上げる。


「殺す! 殺す! 殺すっ!!」


 そして勢いよくバットを振り上げた。


「凡野ぉぉぉっ!!!!」


 殺意に顔を歪ませて、突進してくる。


 そして──


 三分後。


 ブン! ブンブンブン!!


 オーガが必死の形相でバットを振り回している。


「糞が! 逃げんじゃねぇ! 凡人の分際で!!」


 が、当たらない。


 俺は【雷身】でオーガを翻弄していた。


 ──五分後。


 ブン! ブン! ブン……!


「殴らせろ! クソ凡野っ!! 殺すっ!!」


 が、掠りもしない。


 ──七分後。


 ブン……! ブン……!


「くそっ、逃げんじゃねぇ! 殴らせろ! 一発殴らせろよっ!!」


 だいぶ汗だくだな。


 【雷身】も必要なくなった。


 避けながら、俺は欠伸を噛み殺す。


 ──十分後。


 ブン……、ブン……。


「当たれ! 当たれ! 当たれよ──っ!!」


 肩を上下させ、オーガが叫ぶ。


 結局オーガは、ただの一発も、俺の身体に当てられなかった。


 触れることすら、許さない。


 俺はオーガを完全に弄んでいた。


 時折、隙だらけの脇や横っ腹を指先でツンツン触ったり、頬をペチペチ叩いたりして遊ぶ。


 その度に──


「う!?」


「ひぃ!」


「うあ!?」


 と、オーガは変な声を上げるのだった。


「クソッ! クソクソクソクソッ!!」


 疲労困憊なのか、バットは大振りになって勢いもなくなっている。


「クソ────!!!!」


 そして自棄糞になるとバットをぶん投げた。


 大きく肩で息をしながら、おもむろに手を後ろポケットに伸ばす。


「!?」


 まさぐっていたが、顔色を変える。


「探しているのはコレか?」


 俺は折り畳みナイフを取り出した。


 奴が隠し持っていた武器は【索敵】でとうの昔に割れていた。


 先ほど抜き取っておいたのだ。


「い、いつの間──!?」


 シュ──!!


 顔に向かってナイフを投げる。


「ヒッ……!?」


 オーガが恐怖に身を仰け反らせた。


 奴の頬を血が伝う。


 ナイフは壁に当たって、オーガの真後ろに落ちた。


「返してやろう。さ、拾え。俺を殺すんだろ?」

「う、う、うわあ~!?」


 出鱈目にナイフを振り回しはじめる。


 憎悪に歪み殺意に満ちていたオーガの顔は、いつしか焦りに変わっていた。


 そして焦りは、今や恐怖に変わっている。


 瞳孔は開き、目は泳ぐ。


 殺意などとうに消し飛び、今や冷や汗を流しながら、怯え切っていた。


 フィニッシュはあれを使ってみるか。


 格闘術の極致として見い出したスキル──【重撃波グラビティウェイブ


【重撃波】は星のを利用する体術だ。この技において自分の身体は杭となる。


 その杭を通して、相手に星の質量を打ちつけるのだ。


 グラン・ヴァルデンの質量は、俺の計算が正しければ約65垓トンだった。地球はおよそ60垓トンと言われているようだ。


 つまり、重さ60垓トンの地球というトンカチを、俺という杭に打ちつけ、その衝撃波を対象に向かって放つ。


 それが【重撃波】である。


 この技を本気で使うのはかなり危険だ。星規模の大惨事になりかねないため、結局グラン・ヴァルデンでも一度も全力は出したことがなかった。

 仮に本気で撃っても、足場が崩壊してしまうため、力は削がれてしまうのだが。


 非力となった今でも、全力は流石にマズイだろう。


 今のステータスなら100万分の一。いや、1000万分の一にしておくか……。


 掌底をオーガの腹部に軽く添える。


「1000万分の一……」

「!?」

「【重撃波】!!」


 ド……、ゴォォォン!!


 次の瞬間、オーガの身体に衝撃波が走る。奴の身体は錐揉みになって吹き飛んだ。


 壁に叩きつけられると、オーガの身体越しに重撃波が壁に伝わり壁が砕け散る。


 コンクリ片と共に、奥へとオーガは吹き飛んでいった。


「やれやれ、1000万分の一でも加減が足りなかったか」


 奥へと向かう。


「お~い、大丈夫かー?」

「う……!」

「あ、いた」

「う゛っ! う゛え゛ええぇっっっ!!」


 床に吐き散らかしている。


 【鑑定】でオーガの状態を視る。


 肋骨を中心に複数個所の骨折。内臓へのダメージも確認された。


 だが、死ぬほどの事ではない。


「オーガ」


 吐きながらのた打ち回っているオーガが落ち着くのを待って、声を掛ける。


「う! ひぃ! ゴメン! もう止めてくれ! 悪かった! ゴメンンッ!!」


 虫のように這って逃げる。


「聞け、束ッ!!」


 叱りつけて静かにさせた。


 怯える奴に、顔を近づける。


 にこりと笑った。


「伝言を頼まれていたのだ」

「え?」

「明日、コングがお前に話があるそうだぞ? 昼休みにあの体育館裏に来い、だとさ。必ず行けよ?」


 それを伝えると、オーガは放心状態となった。


 俺は立ち上がる。


 用は済んだ。


 廃墟の床に三人を残し、俺は家に帰った。

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