第28話 布石を打つ

 上空から俺はオーガたちの動向を監視していた。


 本来であれば暗くてよく見えないのだが、【暗視ナイトビジョン】や【熱探知】、【超視野】や【超聴野】で状況確認は訳もなく出来る。


 オーガたちは、先程から通路の暗がりに潜んでいた。


 モリトラとダミーがロープ片手にしゃがみ込んでいる。


 それぞれ手には金属バット……。


「なるほど、やろうとしていることはわかった」


 今度は体育館裏に目を向ける。


 信吾が捕まっていた。すぐそばには二人組が立っている。


 確かアイツらは二年だな。


 人数はあの三人と信吾を除き十五人。一年生もいるようだが、主にいるのは三年生のようだ。


 内バイクに乗っているのが四人。


 電話口に聞こえた騒音はあれのようだ。


 どっ!


 鈍い音がする。


「ぅぐぅ!」


 同時に、信吾が苦し気に声を漏らした。腹を抱えて蹲る。


 腹を殴られたのだ。


「ううっ、ひぐぅ!」


 痛がる様子を見下し、二年の一人が舌打ちした。


「チッ! ちょっと小突いただけでビービー泣きやがって……、立て、ごらぁ!」


 服を掴み、信吾を無理矢理立たせる。


「本気で殴ってねぇだろが!」


 もう一人もイライラしながらそう言った。


 それでも信吾は痛がっている。いや、痛がっていると言うより怯えていると言ったほうが正しいかもしれない。


 【鑑定】で信吾の状況を確認する。


***


名 前 緑屋信吾

称 号 ―

年 齢 13

L v  2


◆能力値

H P    13/18

M P     0/0

スタミナ   4/8

攻撃力     6

防御力    12

素早さ     5

魔法攻撃力   0

魔法防御力   0

肉体異常耐性  4

精神異常耐性  3


◆根源値

生命力 6

持久力 4

筋 力 3

機動力 2

耐久力 5

精神力 2

魔 力 0


【肉体異常】

腹部に軽度の内出血・疲労


【精神異常】

極度の緊張・精神消耗


***


 HPもさほど削れていないし、肉体的なダメージはそこまでないようだ。どちらかと言うと、精神的にだいぶ参っているようだな。


 このストレス下なのだから無理もないが。


「マジ、ムカつくわコイツ!! オラ、しっかり立てっつうの!」

「本気でボコんぞ、あ゛ぁ!?」


 怒鳴りながら、一人が拳を振り上げる。


「ひいぃぃ!」


 信吾が身を縮こまらせた。 


「おい」と、誰かが低い声でそいつらに声を掛ける。


 十五人の輪の中心にいる奴だった。


「やめろ」

「コングくん」

「その辺にしとけ、そいつは関係ないんだろ?」

「あ、うん。ゴメン……」


 コングと呼ばれたそいつに向かって、二年が頭を下げる。


 金髪の丸刈りで、背はそこまで高くはないが、厚みのある身体つきをしていた。


「凡野とか言うのが来たら、ちゃんと帰してやれよ?」

「分かってるよ」


 あのコングってのが所謂、番長って奴なのか……。


 俺はもう一度、怯え切っている信吾を見やった。


「もう少し待っていろよ、信吾」


 俺は【偽装】を使ってカモフラージュすると、そっと体育館の屋根に降り立った。


 全体を俯瞰して、作戦を考える。


 信吾や俺にとって最善の一手を。


 そして、オーガとモリトラとダミーの三人にとっての最悪の一手を。


 ……よし、布石を打つか。


 俺は後方を振り返り、空へと手を掲げた。


 ゴロロ……!


 遠くの空で、わずかに雷鳴が聞こえ始める。


 雲の中が光り、稲妻が走りはじめた。


 この程度でいいか……、【ライトニング】!!


 ピシャッ!!!!


 術式の発動と同時に、雲を引き裂く音と共に発雷、稲光が空を明るく照らした。


 バリバリバリバリ──!!!!


 ほぼ同時に稲妻が轟音と共に空に迸る。


 【雷魔法術式】の【ライトニング】──任意の場所へ稲妻を発生させる雷属性の魔法である。


 空気を震わせ大地を圧するような雷鳴で、不良連中は一斉にその方向を見やった。


 全員の視線が後方の空へと釘付けになる。


 一方の俺も、体育館の壁に足を掛け、次は自分の体内に雷を迸らせた。【雷身ライジン】のスキルを発動させる。


***


【雷身Lv.30】

身体能力を向上させるスキル。体内に電気を流すことで、一時的に爆発的なスピードとパワーを得る。レベルが上がると継続時間が増す。


***


 バリ……ッ!


 上半身は限りなく脱力し、下半身の主要部位に電流を走らせ、そして──


 ドヒュッ!!


 信吾の真後ろに音もなく降り立つ。


 と同時に、彼を抱えてまた移動する。


 ドヒュッ!!


「うわっ!?」

「なんだ!?」


 風が逆巻き、近くにいた二人は風に煽られて転んだ。


 雷に気を取られていた不良たちが気づいた頃には、俺は信吾の隣に立っていた。


 それに気づいた不良たちが、声も出せずにどよめく。


 場が静寂に包まれた。


「え……? れ、蓮人くん?」


 信吾も、何が起こったのか理解できていない様子だ。


「お待たせ」


 そう答えると、信吾の顔が急に歪む。


「う゛、ごめん、蓮人くん! ぼ、僕のせいで、僕……!」


 腕で涙を拭きながらしゃくり上げはじめた。


「謝るのは俺の方だ。すまなかった」


 不良たちを見やる。


「この者たちが用があるのは、俺一人なのだから」

「コイツ、いつの間に……!?」

「どこから現れたやがった!?」


 今まで思考停止していた不良たちが、やっと口を開いた。


 まだ混乱しているようだが。


「約束通り来てやったぞ」


 一年生からはさほどの敵意は感じられない。どちらかと言うと嬉々としてこの場を楽しんでいるような感じだ。


 ただ、三年生からは強い敵愾心が向けられていた。


 こいつらと俺とは初対面の筈だが、まさかオーガに何か吹き込まれたか……。


「お前が、番長だな?」


 コングと呼ばれていた男に向き直り、問うた。


「てめぇ、凡野っ!」

「コングくんにナマ利いてんじゃねぇぞ、コラッ!!」


 俺の言葉と同時に、後ろの二年が咆えた。


 俺は二人に首を巡らせる。


「俺は今、お前たちのリーダーと話している。黙っておれ」

「んだと!?」

「誰に向かって口利いてんだよ、凡野!?」


 無視してコングに向き直る。


「お前が、凡野蓮人か?」

「ああ」


 コングに聞かれ、俺は頷いた。


「へ~、ビビッてねぇじゃん」

「実はチビってっかもよ?」


 一年生たちが楽しそうに笑い合っている。


 だが、三年の連中はずっと俺に睨みを利かせていた。


「お前か、俺たち三年をのして悠ヶ丘を統一するっイキってんのは?」

「良い度胸してんじゃんか、二年坊主く~ん?」

「……」


 そう言うことか……。


 俺は思わず溜息を漏らした。


「お前、オーガと揉めてんだろ?」と、コングが聞いてくる。


奴隷パシリを辞めたくなったか?」

「俺に揉めているという認識はない」

「オーガはそう受け取ってねぇんだよ」


 素早く、コングが言い返してくる。


「ま、どっちにしても、だ──」


 すっと目を細めて俺を見やった。


「素人の分際で、俺らの世界に首突っ込んでんじゃねぇよ」

「首など突っ込むつもりはないさ」


 俺は首を竦めた。


「しかし不思議だな。そもそも、俺はオーガに呼ばれてここに来た。だが来てみれば……」


 不良たちを見渡して最後にコングを、見据える。


「不良のトップが居た訳だ、沢山のお仲間を引き連れて」

「……」

「もとより、これは俺とアイツらとの問題の筈。だが、この場を仕切っているのがお前ならば、お前に問う。こんなに大勢を引き連れておいて、人質まで取らないと、お前は話も出来ない程に意気も度胸も無いのか、とな?」


 俺の言葉で、三年が堰を切ったように吠えはじめた。


「あぁ!?」

「ブチ殺されてぇか、ゴラァ!!」

「テメェが俺らをぶっ飛ばすとか、生意気言ったから来てやったんだろが、あ゛あっ!?」

「俺はその様なことは言ってはいない」


 脅すように吠え続ける不良たちだが、コングだけは黙って俯いていた。


 鼻から笑い声を漏らす。


「こいつ、本当に奴隷かよ?」


 困ったように笑うと、コングは俺たちの後ろの二年に聞いた。


「その筈だよ」

「オーガたちに、いつもサンドバッグにされてる。ほんのこの前まで、それで学校も休んでたくらいなんだ」

「そうは見えねぇな……」


 コングは片手をポケットに突っ込むと、首を掻いた。


「凡野」

「なんだ」

「俺はよ、大した実力もねぇのに口や態度だけデカい奴は嫌いなんだ」

「そうか、だったらどうした」

「俺に、俺たちにそう言う態度を取るんなら、それだけの力量ちからがあるか、試させてもらうぜ?」


 コングが指を鳴らす。


「ラッシー!」

「クケケケッ! いいね~!」


 鳥のようなけたたましい鳴き声と共に、三年の集団から一人飛び出してくる。


「ラッシーくん、やっちまえ!」

「狂犬ラッシーとやらせるなんて、番長ホントは相当キレてんじゃね?」

「たりめぇだ、舐めすぎなんだよ」

「殺されっぞ、アイツ」


 一年生は相変わらず楽しそうだ。


 ラッシーと呼ばれた男が、こちらに近づいてきた。


 目を爛々と輝かせた背の高い男──狂犬と言われていたが、確かに危なげな雰囲気を醸し出している。


「蓮人くん……」

「大丈夫だ、少し離れていろ」


 後方の二人にちらりと見やって、信吾に言った。


「ただ、後ろに気を付けろ。あんまりあいつらの側に行くなよ?」

「うん……」


 信吾から離れると、俺はラッシーと向き合った。


「随分イキってるって聞いてたからどんな奴かと思ったら、その辺にいるヒョロい一般学生かよ」


 手首の骨を鳴らして笑う。


 相当喧嘩慣れしている様子だな。ステータスも、中学生の平均よりかなり高い。


「どした、ビビってんのか?」

「いや、別に」

「そうか、なら楽しませてくれよぉ、クケケケケッ!」


 いきなり腕を伸ばし、掴みかかって来た。


 それなりにスピードはあるな。


 俺はそのまま、掴ませる。


 相手が右腕を大きく撓らせて、思いきり俺の顔面に拳をぶち込む。


 俺はそれに、軽く掌打で【カウンター】を合わた。


 バグン!!!!


 ラッシーの首が捥げそうなほど伸びて、顔が明後日の方向を向く。


 どっ、ざ……。


 糸が切れたように、ラッシーが崩れ落ちた。


 一瞬、不良たちは息を呑んで絶句した。


「……マジ、かよ」

「あ、あのタフなラッシーを、一撃で沈めやがった」

「……」

「コングよ」


 黙っているコングに向き直る。


「まだ、お前の口から答えを聞いていないぞ」

「なに?」

「これだけ雁首揃えておきながら、人質を取るような卑怯な真似しか、お前は、は出来ないのか?」


 不良どもが前のめる。殴りかからんばかりに。


 俺が一瞥すると、ビクリと痙攣して動きを止めた。


「お前たちの、自分の力を誇示したい幼稚さも、理解してやれん訳ではない。だがこのような真似しかできないのなら、ただの下衆の集まりに過ぎん」


 コングを見据え、問う。


「お前は、そんな集団の頭なのか? 上に立つ者なら、逃げずに答えるのだ、コング」


 コングは両手をポケットに突っ込んで項垂れた。


「フ、クククク……!」


 身体を震わせて笑う。


「コ、コング?」

「コングくん……」

「クハハハハ!」


 今度は天を仰いで笑いはじめた。


 ひとしきり笑い終えると、すっと笑顔を消し、俺の目の前に歩み出る。


ダチを拉致るようなことして悪かった」


 俺に頭を下げた。


「この通りだ」


 やはり、それなりの器ではあるらしいな。


 少なくとも、どこかの眠そうな教師より、余程上に立つ資格はあろう。


「信じてくれとは言わねぇが、友を人質に取るような真似は俺の本意じゃねぇ」

「信じよう」


 俺は短く言った。


 コングが顔を上げる。


「俺が先輩方を差し置いてこの学校を統一しようなどと思っていないのを、信じてくれるなら」


 肩を竦めて笑ってみせる。


「フッ、ああ、信じるぜ」


 コングは俺の後ろにいる信吾を見やった。


「お前も、悪かったな」

「あ、いえ、はい……」


 おどおどしながら、信吾が答える。


「しかし幼稚って……。何歳だよ、てめぇは」

「ただの十四歳の中学生だ」


 コングの質問にそう返した。


「それに、他人のことは言えない」

「ん?」

「悪いな、コング。俺も十分に幼稚なのさ」


 言うが早いかバックステップで一瞬にして、後方の二年二人組の目の前に立った。


「!?」


 二人は身動きもできずにただ驚いている。


「信吾の借り、返させてもらうぞ?」

「は?」

「あ?」


 デコピンの要領で、二人の腹を人差し指で弾く。


 【致命の一撃】を乗せて。


***


【致命の一撃Lv.1】

のた打ち回るほどの激痛を与えるスキル。攻撃箇所が相手の弱点部分か否かに限らず、必ず激痛を与える。レベルが上がるほどに威力が増す。


***


「……!?」

「……ぉが!?」


 腹にデコピンされ、二人は腹を押さえて崩れ落ちた。


「どうしたのだ、何をしている?」


 二人を見下し、問う。


「ほら、しっかりと立て」


 だが二人は息が出来ないようだった。目玉が飛び出すほどに大きく目を開けて、鼻水を垂らしながら口で息をしている。


「ただ指先で弾いただけだぞ? そんな本気で殴ってはいないだろう?」


 会話もまともにできないらしい。


 俺は鼻で軽く笑った。


「今回はこれで許してやろう。次は、無いぞ?」


 コングを見やる。


「人質の件はこれで互いに水に流す。どうかな?」

「ああ、いいぜ」と、コングも頷いた。


「大丈夫か、信吾?」

「うん、ありがとう」


 信吾の顔はまだ強張っているが、さっきよりは余裕があるようだ。


 精神も安定してきている。


 コングは蹲る二年を一瞥すると、一年と三年を見やった。


「この件はこれで終いだ。解散!」


 そう告げる。


 俺たちはコングたちと一緒に帰った。


 途中、三匹ほどの妙な虫とすれ違った気もするが、気のせいかな……?


「な、聞かせてくれ。お前は一体何者なんだ?」


 帰っている途中に、コングに不意に聞かれた。


「俺か……」


 一瞬考えてから答える。


「俺は、王かな」

「ハハッ……、そうかい」


 コングは俺の横で困ったように笑った。

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