第26話 階段の一段目

 日曜、都内にある有名な体育大学を俺は訪れていた。


 数多くのアスリートやオリンピアンを排出している日本有数の大学であり、様々なトレーニング施設も隣接している。


 陸上競技場でも体育館でも、多くの学生たちが競技練習や筋力トレーニングに汗を流していた。


 その中には見たことのある顔ぶれもいる。


 現役のトップアスリートたちだ。


 彼らもここを本拠地として、トレーニングに勤しんでいるようだ。


 何故、俺がここを訪れたかと言うと、競技者たちのステータスを収集するためである。


 これまで学校や街中で、多くの人々のステータスを【鑑定】し、データを集積してきた。


 それによって能力値の平均も掴めた。


 因みに中学男子の平均値は──


***


◆能力値

H P     40

M P     0

スタミナ   28

攻撃力    30

防御力    25

素早さ    18

魔法攻撃力  0

魔法防御力  0

肉体異常耐性 7

精神異常耐性 5


◆根源値

生命力 8

持久力 12

筋 力 8

機動力 6

耐久力 8

精神力 2

魔 力 0


***


 こんな感じだ。


 だが、巷で得られるのはあくまでの数値だけだ。そのデータはもう十分に得ることが出来た。


 だから今度は、ステータスが高い集団がどの程度なのかも知りたいところだった。


 数値の上位群──俺にとって、最も重要なデータである。


「オ~イ、君!」


 競技者たちを視ていたら、声を掛けられた。


 髪を短く刈り上げた筋肉質の男だった。何より恐ろしく背が高い。如何にもスポーツマンと言った感じだ。


 【鑑定】で確認する。


 年齢は二十歳──その数値は成人男性の能力より飛び抜けている。


 恐らくここの学生で、競技者の一人なのだろう。


 ユニフォームから推察するに、バスケの選手だろうか?


「ずっと見学してんな、さっきも体育館覗いてたろ?」


 俺は肯くことで、挨拶に代える。


「身体能力の高い人々がどのようなものか、興味があってね」

「そ、そうなのか?」


 やや驚いた様子で、彼は返した。


 そして俺の全身をさっと見てくる。


「中学生?」

「ああ」

「なんかスポーツをやってんの?」

「いや」

「そうなん? じゃあ、今から始めてもちょーっと遅ぇかもなぁ……」


 困ったように笑う。


 俺がこの大学にスポーツ推薦で入りたがっている、とでも勘違いしているらしい。


「ここに居る連中って、全国から集まったトップ選手ばかりだからさ。幼稚園の頃からスポーツやってる奴とかも結構居んだぜ?」


 彼は自慢げに胸を張った。


「現役のアスリートもいるし、そんな整った環境で結構ハードなトレーニングをしてんだよ」


 そう言うと、にやりと笑い、俺を横目に見てくる。


「あんまりハード過ぎて、ビビったんじゃねぇか?」


 どこか誇らしげに、問うてきた。


 返答に困る質問をしてくれる。


 正直に答えては、か……。


「うん……、まあそれなりに鍛えては、いるな」

「は?」


 彼が驚き顔のまま、硬直する。


 思いもよらなかったのか、次の言葉が出ないようだ。


「見たいものは大体見れた。失礼するよ」


 軽く笑いかけると、彼の腕をポンと叩く。


「これからも頑張りたまえ」


 周辺施設を一瞥し、思わず溜息を漏らしてしまう。


 特質すべきものはあまり無かったからだ。だがまあ、上位群の能力値は把握できた。


 もうこれ以上ここにいても意味は、無い。


 【飛翔】を使って帰る。日中でもあるし、当然【偽装】でカモフラージュも忘れない。


 【偽装】スキルは、ステータスや【スキル】【魔法】などの隠蔽や瞞着などのほかに、自分自身を周辺環境と同化させるカモフラージュなども可能なスキルだ。


 家に戻ると、俺はすぐにパソコンを立ち上げた。


 人間と言う種の最高峰の者たちの数値を、頂くとしよう。


 まずは直近のオリンピックの競技映像を見ていく。


 すでに実証済みだが、動画で間接的に視ることでも、その人物の【鑑定】は出来るのだ。




 夜──


 ノートから顔を上げると、思わず天井を仰ぎ、溜息を漏らした。


 書き出したのは【鑑定】で知り得た、各ステータスの最高値を組み合わせたものだった。


 データ上の架空の人物のステータスである。


 まずは世界トップクラスのオリンピアンやアスリートのステータスを調べた。


 ほかにも最強の格闘家やその道で名を轟かせている武術や剣術の達人、はたまた大相撲の力士からボディービルダーまで、世界中の多くの人間の数値を集積した。


 そんな各界の頂点に立つ者たちの中から、ステータス最高値をピックアップし、組み合わせたのだ。


 ボディービルダーの筋力、ラガーマンの耐久力、スイマーのスタミナ、スプリンターのスピード……。


 それらすべてを併せ持つ、机上の超人のステータスが、これだ──


***


◆能力値

H P     9,000

M P     0

スタミナ   3,100

攻撃力    2,900

防御力    2,500

素早さ    3,300

魔法攻撃力  0

魔法防御力  0

肉体異常耐性 2,600

精神異常耐性 2,100


◆根源値

生命力 990

持久力 320

筋 力 300

機動力 350

耐久力 220

精神力 200

魔 力 0


***


「架空ではあるが、恐らくこれが人間と言う種の限界に近いステータスだろう」


 ノートに書き出した机上の超人と、俺は向き合う。


 彼はまず、他人よりも秀でた才能を手にし、生まれて来た。


 更にその才能を幼少の頃より伸ばし続け、己を鍛え上げ研鑽を積み重ねていた。


 強度の高いトレーニングで身体が壊れる限界まで追い込み、鍛錬を積む努力の日々を……。


 それは認めよう。


 そしてその才能を存分に磨け、努力を継続できる整った環境をも手にし、現在に至っている。


 そこには強い信念や並大抵ではない覚悟、執念に近い意地もあっただろう。たとえ才能があっても、環境が整っていても、それらを長く継続するには強い精神力も必要だろう。


 称賛に値する。


 それは、認めよう。


 が、浅い。


 及ばない。


 俺の仲間たちと比較しても、到底に。


 駆け出しの頃に出会った多くの冒険者や魔王討伐軍の兵士たちなど、俺は多くの強者を見てきた。


 そんな彼らと──人間の種族だけで比較しても、目の前にいる机上の超人は、良くて下の上クラス。


 今日、実際に大学で練習風景を見ていても感じた印象だが、恐らく彼らは【死線を潜っていないブレイクスルー】出来ていない。


 魔族や危険なモンスターが隣り合わせに存在しないこの世界では、死線を越えた者がそもそもいないのだ。


 ある程度平和なこの国では、特に多いだろう。


「あるいは、ブレイクスルー出来て、この程度か……」


 これは他人事ではない。自分自身にも関わって来る問題だ。


 異世界人ヴァレタス・ガストレットではなく、現実世界の凡野蓮人の肉体では限界があるかもしれないからだ。


 ステータスのデータを集めていて感じてはいたが、こちらの人間の多くはグラン・ヴァルデンの人々よりもステータス平均が劣っている。


 向こうでは【スキル】【魔法】でそれらを強化できるし、食材によっても能力値や根源値を成長させられるから、その要因も大きいのかもしれない。


 もう一度、ノートを見た。


 人間の頂点に君臨する者のステータスを。


「まずはお前の百倍を目指すとしよう」


 百倍如きで、立ち止まりはしないがな。


 人間という種の頂点──これは単なる、階段の一段目だ。


 万物を超越するためのな。


 仮にこの世界の人間の肉体がグラン・ヴァルデンの人々より多少劣っていたとしても、そんなことは関係ない。


 ヴァレタス・ガストレットを超えると決めた以上、必ず成し遂げる。


 そのためにすべてを使い、一切の加減もせぬぞ。


 狂戦神と畏れられた俺の本領、見せてやろうではないか。


 ノートを閉じる。


 ふと時計を見ると22時を回ったところだった。


 寝ようとすると、スマホに着信が入る。


 信吾からだ。


 こんな時間に……?


「もしもし」

「う、うぅ……」


 くぐもった声が聞こえる。


 様子がおかしいことは、すぐにわかった。


「信吾、どうした!?」

「ぅ、ぐふ、ごめ、蓮人くん……」

「俺だ」


 こちらが答える前に、別の誰かが短く言った。


 この声は……!


「オーガか」

「ああ」


 電話の奥が騒がしい。


 バイクのふかし音や笑うような叫び声もする。一人や二人ではなかった。


 信吾を脅しているような声も聞こえる。


 信吾が怯えて弱々しい悲鳴を漏らした。


「信吾に、何をした」

学校がっこ


 俺の問いかけを完全に無視し、抑揚なくオーガは言った。


「なに?」

「学校に、今すぐ来い。じゃなきゃ緑屋を殺す」

「!!」


 身体が一瞬で熱くなる。


 心臓の鼓動が早くなり、全身の血流が上がるのを感じた。


「へ・ん・じ・わ?」

「すぐに行く」

「体育館裏の倉庫前。今すぐ動け、駆け足」


 ぶっきらぼうに言うと、一方的に電話は切れた。


 その瞬間、俺は窓を開け【飛翔】で空へと飛び出した。

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