第22話 少し遊んでやろう

 シュドドン──!!


 放たれた二つの火球。


 シュザッ!!


 ガガンッ!!


 俺はそれを剣で薙ぎ払い、盾で防ぐと後方へといなした。


 ザザ──ッ!!


 手綱を曳き、スノウクイーンを止まらせる。


 叩き落された火球が地面に丸い焦げ跡を作っていた。


 息を吐いて、剣を鞘に納める。


「そろそろ昼だな。このくらいにしておくか、スノウ」


 俺はスノウから降りると、剣と盾をアイテムボックスへと収納する。


 蝶の細工が施された美しい銀の剣と盾だった。


 【蝶族の銀直剣】【蝶族の銀丸盾】──妖精族の中でも特に魔法付与を得意とする蝶族が作った武具である。


 十代の頃によく愛用していた直剣と丸盾だ。


 蝶族の羽根から採れる魔法の粉が練り込まれており、魔法防御が高い逸品である。中級程度の魔法攻撃なら、簡単に防ぐことが出来る。


 周囲を見ると、焦げ跡のほかにも水溜まりや凍り付いた後がそこかしこにあった。


 俺は牧場の建物がある方に目を向けた。


 木々が迫り出していて、向こうからは見えない。


 ここは牧草地の最奥──周囲は森に囲まれ、完全な死角になっている。


 山火事に注意すれば、このままにしていても問題はないだろう。


 俺は地面から生えた三メートルほどの柱の前に立った。


「これも、久しぶりに使ったな」


 黄金の方尖柱オベリスクを見上げる。


 表面には魔法を発動させる魔法陣や術式が刻まれ、あちこちに魔石が埋め込まれている。


 対象に対して、この魔石から火球・水球・電撃など、いろいろな属性の攻撃が放たれる。


 実践的な対魔法の戦技練成に用いられる【初級魔法の方尖柱オベリスク】である。


 手で振れると、方尖柱は光となって消え、【アイテムボックス】へ収納された。


 代わりにリンゴを一個取り出す。


「ご苦労だったな、疲れたんじゃないか?」

「ブフォン」

「ご褒美だ。【旧王家のリンゴ】、体力とスタミナが全回復するぞ?」

「ヒィィン!」


 嬉しそうにスノウがリンゴを口に運ぶ。


 俺は自分の服を見やった。


 ジャージに小さく焦げた跡が、いくつか出来ている。


 母さんに怒られるかな?


 小さく俺は嘆息した。


「防具を調達しないとな……」


 剣や盾などの武器類はそのまま使える。だが鎧や籠手などの防具類は、今の俺の身体に合うものがほとんどなかった。


 同年代の頃に使っていたものにしても、背丈や体格が違い過ぎてサイズが合わないのだ。


「素材はたくさんあるし、【生産ボックス】を使って、新しく作るとするか」

「ブフォオン」


 スノウが頬を摺り寄せて来る。


「よしよし! お前の身体に合う馬具も新しく作らないとな」

「ヒィィン!」


 俺はスノウをブラッシングしながら、【馬上格闘術】と【馬上武器術】のレベルを確認した。


***


【馬上格闘術Lv.20】

【馬上武器術Lv.20】


***


 数時間みっちりやったから、まずまずの成長だな。


「喉が渇いただろう? 帰ろうか」

「ブフォン」


 スノウに再び跨ると、来た道を引き返していく。


「……割と近くまで来ていたか」


 木々の向こう、約一キロ先の茂みに殺意を抱いた者が隠れている。


 人数は二人。


「今回は、割と本気らしいな」




 茂みの前で俺はスノウを止まらせた。


「隠れていないで出てこい」

「……」

「馬上からだとバレバレだぞ? それよりも、どこから見つけてきたのだ、そんな棒切れを」


 思わず笑ってしまった。


「……」


 茂みの中から、角材のようなものを持ったモリトラとダミーが出てくる。


 二人とも真顔で俺を睨み上げていた。


「凡野……」

「お前を、ぶちのめす」

「そうか」

「そうかじゃねぇんだよ」

「随分と機嫌が悪いな」

「たりめぇだ!!」


 モリトラが急に叫んだ。


 スノウが驚いて身じろぎする。


 俺は首を撫でてスノウを宥めた。


「俺たちはなぁ、二年の番格なんだぞ!」と、ダミーがこちらに角材を突き付ける。


「それがどうした?」

「二年を支配しめてるオーガの直属。ナンバー2とナンバー3だ!」

「だから何だと言うのだ?」


 話が見えてこない。


 俺は呆れて肩を竦めた。


「あんな舐められ方されてタダで済むと思うなぁ!!」

「ぶっ殺してやるからな!!」


 二人とも目を血走らせる。


「脚ブチ折って落馬させんぞ!」

「っしゃ!」

「!」


 角材を構えるとスノウの脚に狙いを定め、二人が突進してくる。


 スノウを攻撃対象にしていることが分かり、俺は心臓を逆撫でられたような感覚に陥った。全身にそんな不快感が広がる。


「やめろ」


 二人に、言う。


「ぅらっ!!」

「ヒヒ~ン!!」


 ザッ!!


 スノウが後ろ立ちになった。


 二人に向けて前脚を高く上げて威嚇する。


「うわっ!?」

「っ! この糞馬が!」


 二人は身を仰け反らせて攻撃を止めた。


「スノウ、大丈夫か?」

「ブフォン」


 俺の一言でスノウは落ち着きを取り戻した。


「距離取んぞ!」

「ああ!」


 後退りするように、二人が俺たちから離れる。


「お前たちの狙いは俺の筈だろう?」


 そう言うが、二人は聞き耳を持たなかった。


「へっ! 距離取ればこっちのもんだ」

「脚狙いは止めだ! 顔にブン投げんぞ! その辺に落ちてる石も使え!」

「目ぇ狙うぞ! 目ぇ!」


 まだスノウを狙っている。


 そう知った俺は──


「森戸────っ!! 門────っ!!」


 怒りに身を任せ、奴らの名を叫んでいた。


 二人が一瞬にして、動きを止める。


 動揺している二人をじっと見る。一言一言、ゆっくりと、命じる。


「……二度言わせるな、やめろ」

「──っ!!」


 二人が怯えた様子で、苦し気に息を漏らす。


 私には、何よりも許しがたいことがある……。


「私のために誰かを傷つけることを、この私は許さない。絶対に。それが人でも、人でなくとも。肝に銘じておくのだ」


 馬上から奴らを見下し、言い渡す。


「よいな?」

「っ!? ぼ、凡人の、癖にぃ……!」

「上からモノ、言ってんじゃねぇ!」


 二人は歯ぎしりしながら言葉を絞り出した。


 まだ諦めていないらしい。


 ならば、どう決着をつけよう。


 少し考え、俺は二人を見てにやりと笑った。


「フッ! いいだろう、少し遊んでやろう」


 言った瞬間に、スノウを全力で走らせる。


「なっ!?」

「は? ちょ待て!」

「着いて来い!」


 スノウを走らせながら、二人にそう命じる。


「糞が!」

「逃がすな、追うぞ!」


 そんな声が後方から小さく聞こえた。


 まったく厄介な連中だ……。


 厩舎に着くと、スノウの馬具を外し、水を飲ませゆっくりと休ませる。


 宇摩に一言礼を言って馬房にスノウを戻した。


 そして昼にでもするかと外に出たところで、ようやく二人が追いついてきた。


「二人とも汗だくだな」

「ふざ、けんな……!」


 肩で息をしながら、全身汗まみれの二人が俺を睨む。


 周囲には昼休憩をしている生徒たちがいた。


 その生徒たちを見て、モリトラが鼻で笑う。


「ふへへっ、人が大勢いたら助かるとでも思ったかよ?」


 そんなことは誰も言ってはいないが……。


「だが、よ~く見てみろよ?」


 ダミーは大袈裟に首を巡らせてみせた。


「生憎だったなぁ? 先生も牧場の奴らも、大人は誰一人いねぇぞ?」

「つまり、お前の負けなんだよ」


 モリトラが俺に指を突き付けた。


「ちょうどいい。お前ら、よく聞け!!」と、モリトラが弁当を食べている連中に言った。


「乗馬なんかよりも、よっぽど楽しいもん見せてやるぜ!」

「ここのところ糞生意気な凡人のリンチショーだ!」

「お? マジで?」

「もっとギャラリー集めてこい!」


 あっという間に、嬉々とした生徒たちが集まって来る。


「聞いたか!? モリトラとダミーが凡野を処刑するってよ!」

「マジで? 見に行こうぜ!」

「もう始まってる?」

「いや、これからだ!」


 厩舎の裏──


 ギャラリーが俺たち三人を囲んでいた。


「凡野がイキってる♪」

「おっ? オイオイオイ♪」

「凡野がイキってる♪」

「おっ? オイオイオイ♪」


 安本がリズムを取って、ギャラリーを囃し立てている。


 それに合わせ、生徒たちも手を叩いていた。


 ガッ!


 モリトラが角材を石畳に叩きつける。


「強者感出してイキってんじゃねぇぞ、コラッ!!」

「コイツ、引きこもり中にヤンキー映画見て、強くなったと勘違いしてやがんだよ!」


 ギャラリーに向かって、ダミーもそう言った。


 だから、誰がそんなことを言ったのだ?


「ダセー!」

「でも凡人らしいぜ!」


 嘲笑が巻き起こる。


 やれやれ、だがここであまりに圧倒的に倒してしまってはまた目立ってしまうな。


 面倒も御免だ。偶然を装い、それとなく、やるか。


 ザ──!!


「死ねっ!」


 俺が余所見をしている隙に、ダミーが角材を俺の頭に向かって振り下ろしてきた。


 ブン!!


 す……。


 躱して相手の手に人差し指を引っ掛ける。フック状にした自分の指で、ダミーの親指を掴んだ。


「お゛らっ!!」


 同時にモリトラも角材で殴りつけてきた。


 それに合わせるように、俺は人差し指一本でダミーの身体を横に振った。


「っ!?」


 どが!


「うがっ!」


 モリトラの振り回した角材で、ダミーが腰を強打する。


 驚いているモリトラの隙を突いて、モリトラの親指にも指を引っ掛けてロックした。


「ん? どうなっているんだ?」


 俺は不思議そうに首を傾げてみせた。


「いてぇ、離せ!」

「指が絡んだ……」

「ハァ!?」


 窮屈そうにお辞儀をしながら、二人が首を捻って俺を見上げる。


「指を絡ませないでくれるか? 早く離してくれ」

「なんじゃそりゃ!」

「お前がやってんだろうが!」

「いや、指が絡まっているだけだ。俺は何もしていないぞ?」


 困ったように肩を竦めてみせる。


「──っ!? どうなってる!?」

「いいから、外せってんだよ!!」

「仕方ないな、ちょっと動かすぞ?」


 指一本で、二人の身体を操作する。


 親指、手首、肘、肩の関節をめ、二人の身体を崩していった。


 二人はなすがままで、地べたに四つん這いになる。


 因みにこれは【パーフェクトボディコントロール】のスキル効果ではない。


 あのスキルはレベルが200以上になると相手を指一本で自在に操作出来るようになるのだが、それとは全くの別物である。


 今やっているのはスキルの類ではなく、単純な体術だ。


 格闘術や暗殺術の手法の一部でもある。


 相手の重心を操作してバランスを崩し、関節を極めるロックする。


 その初歩の初歩である。


 スキルも戦技も使ってなどいない。


 四つん這いのモリトラとダミーは俺が動くと、バッタンバッタンと不格好に手足を動かしながら、俺の横をついて這って歩いた。


「痛ぇ!」

「糞が! 何しやがんだ!?」

「何をやっている、早く指を離さないか」


 バッタン、バッタン……。


 俺は散歩でもしているように、その辺を歩いて回った。


「──っ!!」

「ぐ、くっそ!」

「やれやれ……。まるで犬の散歩だな」


 バッタン、バッタン……。


「ほ~らワンちゃん。こっちだ、こっち」

「殺すぞ、凡人がっ!!」

「いい加減にしろよ、テメェ!!」

「おっと、やっと外れそうだぞ?」


 指をくりんと回した。


「それ」


 指を離すと、苦しげな悲鳴を上げながら、二人がごろごろと転がっていった。


 二頭の馬のすぐ近くまで。


「っぅ!!」

「ひ、肘が……!!」


 ずっと関節をロックされて痛めたのか、肘や肩を押さえている。


「ヒヒ~ン」


 悪戯な笑い方で二頭の馬が嘶く。


 周囲でくつろいでいた馬たちも首を伸ばし、満面の笑みを浮かべていた。


「え?」

「は?」


 ブチュ! ブチュチュ……!

 ぼど! ぼどどどど!!


「「!?!?」」


 二人の顔面に大量の馬糞が降り注ぐ。


「お゛!? が!? ぁごほ!?!?」

「うえ、ちょ! 口に……! ぶえ、ごえ゛っ!?」


 再び二人が転げ回る。顔は馬糞塗れだ。


 二人に声援を送っていたギャラリーは、今や腹を抱えて笑っている。


「ヒヒ~ンwww」


 二頭の馬も、それを見て愉快そうに嘶いた。


 俺は一人、呆れて溜息を漏らした。


 こうして俺は現実世界でスノウクイーンと言う新たな馬を得た。課外授業も何の問題もなく、平和に終わった。

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