第14話 分岐点

「ただいま」


 ずぶ濡れで帰宅した俺を見て、母さんたちが一斉に驚いた。


「あ~あ、見事に濡れ鼠じゃん」と、姉の千夏が呆れたように笑う。

「待ってなさい、今タオルを持って来るから」


 母さんがバスルームへ駆けていく。


「先に風呂入れ。風邪ひくぞ」

「そうするよ、父さん」


 そう言うと、父さんが苦笑いして頭を掻いた。


 そうだよな、前までそんな呼び方はしていなかったから。


 母さんが持って来てくれたタオルで身体を拭く。


「お風呂にするでしょ?」

「ああ。でもその前に、部屋に荷物を置いてくる」


 頭に乗せたタオルで髪を拭きながら、ふと三人の顔を見やった。


「どうした?」

「いや。やっと帰って来たんだな、と思ってね」


 そう言うと、三人は不思議そうにお互いの顔を見やった。


「なに言ってんの、アンタ?」

「久しぶりに帰って来た。そんな気がしただけさ」


 肩を竦めて笑ってみせた。階段を上がる。


「蓮人!」


 階下から、母さんが呼び止める。


「学校で、何かあったの?」

「いや」

「ホントに?」

「ああ。久しぶりに友だちにも会えたし、楽しかったよ」


 自分の部屋に入ると、ドアを閉め切った。


 カーテンの隙間から届く外灯の明かりは雨に揺れて、部屋を薄暗く照らしている。


 懐かしいな。


 すべての記憶が戻った今、部屋を見渡して改めてそう感じた。


 なぜ俺が中学時代にタイムリープしたのか、その謎がやっと分かった。


 女神ディアベルがヘマをしたわけでも、何らかの不可抗力が働いたわけでもなかったのだ。これはしっかりとした、女神の意図、いや、俺自身の意思だった。


 俺は自分自身の強い意思で、この時代に帰って来た。


「よく憶えているさ」


 前の人生では本来、あの二週間の不登校の後、俺はもう二度と学校には通えなくなったのだ。

 そう、あの不登校から十五年に及ぶ長い引きこもり生活が始まったんだ。


「ここは、俺の人生が狂いはじめる分岐点だ。俺は、それを変えるために戻って来た!」


 そして俺としたことが、ずっと忘れていた……。


 俺が求めていた真の望みとは、あの二人を救うことだ。


 俺の大切な友、緑屋信吾と大切な人、松本あいなの死を避けるために、それが可能な中学二年だった時代に、俺は戻って来た。


 今後あの二人の身に、何が起こるのだろうか?


 信吾は中二で死に、松本さんは卒業直前、つまり三年で死ぬことになる。


 二人の死の原因──信吾は自殺らしいが詳しくはわからない。松本さんは何が原因で死んだのかさえはっきりとしない。


 だけど、何が原因であろうと必ず俺が救ってみせる!


 そして、あの二人を死から護るには──


「簡単なことだ。俺がこの世界の頂点に立てばいいだけの話だ」


 誰よりも強ければ、どんな運命からも護ることが出来る。どんな運命であろうと変えられる。


 俺は今この瞬間から動くことにした。


「アムリタ」


 目の前が光って、ポトポトとベッドの上に、色違いの七個の小瓶が落ちてくる。


 【アイテムボックス】から取り出したアムリタである。


 アムリタは根源値を底上げする神秘の霊薬だ。


 【生命力のアムリタ】【持久力のアムリタ】【筋力のアムリタ】【機動力のアムリタ】【耐久力のアムリタ】【精神力のアムリタ】【魔力のアムリタ】の七種類があり、どれも滅多には手に入らない。


 俺はその製法も素材も世界各地のダンジョンで手にすることが出来たわけだが、ほとんど使うことはなかった。


 だから、アイテムボックスには、それぞれ200個近いアムリタが残されている。


「取っておいて正解だったな」


 アムリタを飲む際の注意点は、一日に何本も飲んだからと言って、効果が出ない点だ。同じ種類のアムリタは少なくとも、一日空けなければ無駄になってしまう。


「まずはここからだ」


 七種類のアムリタを順番に飲み干した。


 このやり直しの人生を、俺は二人のために捧げよう。


 ディアベル、お前が世界の運命を変えたように、俺もこの世界で本来の運命──あの二人の死のシナリオを破壊してやろう!


 そして、すまない、ディアベルよ。俺は一切加減も自重もしないぞ。


 グラン・ヴァルデンで得た見識、【魔法】【スキル】【戦技】そしてアイテムのすべてを駆使して、この世界の頂点に立つ。


 何者もこの俺を阻めぬように、絶対的な力で、万物を超越する存在となってやる。相手が誰であろうと、たとえこの世界の理や機構であろうと圧倒的な力で捻じ伏せる。


 あの二人の悲運、撃ち砕いてやろう。粉々にな。

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