第15話 宿題無双
机に向かっていると、思わず欠伸が出てしまった。
「簡単すぎて眠たくなるな……」
溜息交じりに塾の参考書を閉じる。
土曜日、自室で宿題をやっていたのだが、どれも他愛もないものばかりだった。宿題の次に塾の課題もやってみたが、お世辞にも骨のある問題とは言えなかった。それでも難関高校の受験を見据えたハイレベルな問題らしいが。
「そもそも中学二年の学習内容とはどんなものなのだ?」
机に教科書をすべて積み上げてみる。
上から順にパラパラとめくっていった。
ただそれだけで、【速習】のスキルの効果で、教科書の内容が頭に入って来る。
このスキルには「速読」や「写真記憶」の能力も含まれる。
ページをめくるたびに、理解するスピードはどんどんと増していった。結局三十分程度で、俺は中学二年生の全教科の学習を終了してしまった。
スキルを確認してみる。
【速習Lv.8】【
それを見て、俺は笑みをこぼした。
「しかし、これでは準備運動にもならないぞ」
どうしたものかと思案する。
「そう言えば、千夏は高校生だったな」
あることを思い立ち、部屋を出る。
ちょうど千夏が自分の部屋に戻るところだった。大量のお菓子の袋やらペットボトルを小脇に抱えている。
さきほど朝食を食べたとは思えない食欲だな。
「姉さん」
その背に呼びかけると、千夏はまるで怯えたように肩を揺らした。
「な、なに……」
「姉さんは高校一年だったね」
「はぁ? そうだけど?」
「高校の教科書を貸してもらえないか?」
「なんで?」
怪訝そうに片方の眉だけ上げると、俺をジト目で見てくる。
「高校の勉強がどんなものか、興味があってね」
「べ、別にいいけど……」
「なら教科書を全部。あと、辞書の類も貸してくれ」
「あんた、そんな勉強熱心だったっけ?」
「将来のために、ちょっと予習しときたいだけさ」
千夏から教科書と辞書を渡された。それは両手で抱えるほどの量があり、結構な重たさだった。
「最後にこれが資料集」
「ぐ」
「大丈夫?」
「あ、ああ……」
やれやれ、筋力1ではこの程度でも重たく感じるのか……。
改めて鍛え直す必要性を実感する。
「今日は使わないから、夜にでも返してくれればいいよ」
「ありがとう、姉さん」
「ちょっと、アンタさ!」
戻ろうとすると、今度は千夏が溜息交じりに俺を呼び止めた。
「ん?」
「いつまで続けんのよ、ソレ」
「それとは?」
「その喋り方! なに、姉さんとか!?」
千夏は自分の肩を抱くと、ブルブルッと身震いした。
「他人行儀って言うかなんて言うか……ふざけてんの!?」
「別にふざけてはいないが」
こっちは肩を竦めてみせる。
「じゃあなによ、ソレ!? お母さんもお父さんも戸惑ってんだからね、ちゃんと説明しなさいよ!」
「……」
俺は真顔で千夏に向き直った。
「な、なによ?」
千夏は何故かファイティングポーズで身構える。
「やるべきことを見つけたんだ」
「やるべきこと?」
「ああ。そのためにも俺は、これから変わらなくちゃならない。今までは何をやるにしても自信がなくて、自信を持つに値する力を身につける、その意志さえも失っていた」
「……」
「だが、それではなにも護れないし、誰も救えない」
俺は姉さんを真っ直ぐ見つめた。
「俺はこれからまだまだ変わっていく。申し訳ないが慣れてくれ」
千夏は黙ってしまった。何か言いたげに口を迷わせる。
「何かおかしなことを言ったかな、姉さん?」
「別に。ま、頑張れや」
「フ──」
「ちょ! 鼻で笑うなし! やっぱアンタ、姉ちゃんのこと馬鹿にしてんだろ!」
「いや、馬鹿にはしていない。ありがとう、頑張るよ」
そう言い残して、俺は部屋に戻った。
「も~、なんなのアイツ! 調子狂うんですけど!?」
ドア越しにそんな声が聞こえた。
俺は俺で、今度は高校の教科書を机に積んで上から順にめくっていった──
──パタ。
「ふぅ……」
分厚い英和辞典を閉じる。
時計を見た。
「二時間か。さすがに少し疲れたな」
背伸びをして首の骨を鳴らした。
教科書や資料集、辞典類も余すところなく目を通して暗記してしまった。単に暗記するだけでなく、数学や物理の数理や原理そのものを理解し、英語の文法も習得できた。特に難解なところはなかったな。
こうして俺は半日で、高校一年生の学習を修了した。
もう一度スキルを確認する。
【速習Lv.18】【超集中Lv.18】と、半日でかなりレベルが上がっている。
【経験値倍化】が作用したためだろう。
***
【経験値倍化Lv.3】
一を聞いて十を知るスキル。一度の経験からより多くの見識を得る。スキル、魔法などの熟練度が増して技術的な成長が早まる。また、一度のトレーニングでより早く肉体や精神の強化が可能になる。レベルが上がるにつれて、その効果は増す。
***
【経験値倍化】のスキル自体もレベルが上がっている。
──この休日を有意義に使って、さまざまな能力を高めよう。
そう計画していた。
その能力には当然、知能も含まれる。
なにが脅威になるのかわからない。二人をその脅威から護るには、身体だけじゃなく、
腕力や魔法を使うだけが戦いではないのだ。
それに、単純な闘争においても、最適な判断とそれに伴う最適な行動ができるには知能が高くなければいけない。
だが、ただがむしゃらにトレーニングをするなんて愚の骨頂だ。
少年老い易く学成り難し。
時間は有限である。
それに、信吾は少なくとも二年生で自殺するのだ。今はまだ一学期だが、彼がいつどういった理由で自殺するのかが定かでない以上、一刻の猶予もない。
魔法、スキル、戦技、そしてステータス。それらを最短で強化できるメニューを組まなければならない。
俺は、最短で最強へと駆け上がる。
幸運にも、この世界はグラン・ヴァルデンよりも科学が遥かに進歩している。最新科学に基づいた合理的で効率の良いトレーニング理論をメニューに取り入れよう。
俺はパソコンでインターネットを立ち上げた。
トレーニングやスポーツ、バイオメカニクス系の論文掲載サイトを探す。
「よしよし、英語もある程度は理解できるようになっているな……」
専門用語などのまだ理解できない単語もあるが、【速習】の効果ですぐに理解が及ばない部分はなくなるだろう。
俺は嬉々として世界中の最新の論文を読み漁っていった。
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