引き裂かれる

 三


「恐らく社会奉仕部の勧誘カードは今年作成し、貼られたものでしょう」

「話を聞いていたのか」


 異を唱えたのは基先生だった。俺は先生に向かってうなずいてみせる。


「はい、聞いていました。先生が承認印を押していない以上、在校生がゼロからこの勧誘カードを作ることは不可能です」


 俺は社会奉仕部の勧誘カードの切断面をなぞる。


「ですが、


 遠野さんは目を丸くした。基先生の眉も反応したように見えたけれど、表情は一切動いていない。


「今年、先生は承認印を押していません。そして、去年のポスターが今年まで残ることはあり得ません。ですが、去年の勧誘ポスターの右上、つまり。社会奉仕部の存続を望む誰かが、切り取った用紙にメッセージを手書きし、あたかも今年承認されたかのように偽装したのでしょう」


 既存のポスターから流用がバレないように余白部分を切り取ったため、勧誘カードは名刺サイズほどの大きさになった。手書きの年月日も偽装工作の一環だろう。


「どうして切り取る必要があったんだ? そのまま使えばいいじゃないか」

「A4サイズだと目立つからでしょう。未承認のポスターを掲示するわけですから、後ろ暗さがあったのでしょう。それに、年が書かれていれば去年のものだと思われるでしょうから、得策とは言えません」


 遠野さんはうんうんとうなずき、


「さすが越渡こえど君。今日も切れてるね」


 と言った。

 俺はぺこりと会釈えしゃくする。わがままを言うなら、せめて『頭が』とつけてもらいたかった。まるで俺がいつも激昂げっこうしているような言い草だ。


「とすると、だ。勧誘カードを貼った理由も、見当がついているのかい?」

「はい」


 俺が説明を続けようとしたところで、基先生が機先きせんを制するように口を開いた。


「誰かの悪戯いたずらだろう」


 基先生が勧誘カードを力任せにがした。四隅の紙片が画鋲がびょうと共に残っている。


「昨年度、社会奉仕部に部員は入っていない。つまり、部員以外の人間がポスターを手に入れるのは不可能だ」

「誰かに渡した、という線はありませんか? 社会奉仕部の未来をたくした、とは」

「一体何のためにそんなことをする。託されたのならば、入部すればいいだけのこと。社会奉仕部の主な活動は月に一度のボランティア活動のみ。兼部したとして、苦痛なものではない。去年の三年も六月に引退し、以降は受験勉強に専念した。見事合格し、報告にも来た。勉学には何の支障もきたしていない」


 遠野さんを責めるわけではないけれど、俺も基先生に同調した。


「託していたとしたら、ポスターのデータを渡すか、新しくデザインを頼むかして、基先生の承認をちゃんと頂くと思いますよ。基先生に知られてしまえば、こうしてがされてしまうのですから」


 遠野さんは納得した様子で、


「確かにそうだな」


 と言った。


「だが、ポスターをたくせないとなると、犯人はどうやってそのカードを用意したんだ?」

「既存のポスターを流用したのではなく、同じ印鑑を使って偽装したのだろう。どこの物好きかは知らないが」

「ですが、先生のハンコならともかく、『広報委員会』のゴム印まで用意するのは」

「あり得ないとは言えんだろう」


 基先生は俺たちへと背を向け、辺りをキョロキョロと見回した。


「捨てておきますよ」


 俺がそう言うと、基先生は逡巡しゅんじゅんしながらも、破り取った勧誘カードを俺に手渡した。先生が一般棟へ向かい早足で去ってゆくと、俺は遠野さんと二人きりになった。他に帰宅者の影はない。


「帰るか」

「そうですね」


 俺たちは二人揃って昇降口を出た。上級生による手厚い勧誘をくぐり抜け、正門を抜ける頃には、既に日が暮れかかっていた。

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