思いもよらぬ誘い

 一


 三ツ谷高等学校の入学式から一週間が過ぎた。既に一年生の間には、同じ部活仲間を中心とした小グループが出来上がっており、多いところでは十人規模の大グループが形成されていた。

 俺はと言うと、隣席の男子生徒を中心とした小グループに属し、有象無象うぞうむぞうの一人として確かな地位を築き上げていた。人付き合いは、広く、浅く、ほどほどに。平穏無事な高校生活を送るための合言葉だ。俺はその信条にのっとり、踏み込み過ぎないように、かと言って軽薄な関係にならないように、いわゆる『ノリの良いクラスメート』に従事している。


越渡こえど君、おはよう」


 名前を呼ばれ、俺は面を上げる。遠野讓とおのゆずるさん。彫りの深い顔立ちに、詰襟つめえりの上からもわかる逆三角形の筋肉質な身体つきと、非の打ち所がない容姿をしている。豪放な性格も相まって、入学早々多くのグループを股にかけるクラスのムードメーカーとしての地位を確立していた。


「おはようございます」


 挨拶あいさつは大事だ。俺も笑顔で返す。


「今日は天気がいいな」


 同感だ。春の日差しは眠気を誘引するほど心地好ここちよい。


「部活、どこに入るか決めたかい?」


 天気の話題は終わったらしい。嵐のような転換ぶりだ。


「いえ、入る予定はありません」

「そうか。なら、丁度いい。俺と一緒に部活動を立ち上げないかい?」


 何故。後ろの席の須田さんからであれば、話くらいは聞いたかもしれないけれど、遠野さんであれば話は別だ。

 遠野さんとは小学生時代からの付き合いだ。しかも、ずっと同じクラス。小学生の頃はあまり関わりがなかったけれど、去年から何かと接する機会が増えていた。これ以上、無用に縁を深めたくない。何事もほどほどが良いのだ。


「興味深いご相談ですね。ですが、遠野さんは水泳部に入らないのでしょうか」


 中学時代、遠野さんは水泳部に所属していた。大会で良い成績を収め、全校集会で表彰されていたことをおぼえている。

 遠野さんは苦笑し、ゆるゆると首を振る。


「水泳部はとっくに廃部になっているみたいだ」


 三ツ谷高校は公立の進学校であり、部活動への入部は強制ではない。入部希望者は少なくないけれど、部活動の種類が豊富ということから、人数が分散し、グループ競技を行う部活動は軒並のきなみ人数不足で困り果てている。水泳部も人数不足のあおりを受け、廃部したのだろう。


「五人集まれば部活動として登録できるようですよ」


 俺は学生証を取り出し、ぱらぱらとページをめくる。そこには部活動の登録申請時の注意事項が記載されており、最低人数が五人と明記されている。登録済みの部活動については、五人未満になっても部活動と認められるけれど、予算は少なくなるようだ。前年度まで活動していた部活動も同様とのことだ。


「それもいいんだが」


 遠野さんは歯切れを悪くし、ばつが悪そうに笑った。


「中学まではスイミングスクールの延長で水泳部に入っていただけだ。みんなでわいわいにぎやかにできれば、どこでも構わない」


 暗に、水泳部には入りたくないと言っているように聞こえた。その理由は何となく察することができる。俺としては、遠野さんに心残りがないか確認しておきたかったのだ。


「水泳はずっとやってきたからな。せっかくだから新しいことを始めたいんだ」

「だから、部活動を立ち上げるんですか」

「ああ。中身はどうだっていい、って言うと不誠実なんだがな。俺はただ、気の合う友人としゃべっていられれば、それだけでいいんだ」

「それなら、立ち上げるまでもないでしょう。どこの部活もそんなものですよ」

「中途半端は嫌なんだ。目的がある部活なら、俺は本気で臨みたい」

「目的がない部活なんてあるのでしょうか」

「だから、新しく立ち上げるのさ」


 遠野さんが胸を張って宣言する。彫りの深い顔立ちの中で、両眼だけが夜空に浮かぶ星の如く煌めいているように見えた。

 遠野さんはきっと、仲の良い友人とたまたま放課後の教室に残った時のような、あの独特な空気感に浸りたいのだろう。けれど、それは意図的につくり出せるものではない。二番煎にばんせんじは、総じてつまらないものなのだ。だからこそ、遠野さんは部活動という新たな環境下で、理想の状況をつくり出そうとしているのだろう。

 とは言え、遠野さんの提案に引っかかるところはある。


「目的のない部活なんて、何もないのと同じですよ」

「確かにそうなんだがな」


 遠野さんは目尻にしわを刻んだ。困っているのか、楽しんでいるのか、その表情は苦笑にも微笑にも見えた。

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