マナーの多い料理店

@luckyclover

自動人間調理店 化猫軒

 二匹の若い化け猫が、すっかり家の猫のかたちをして、ぴかぴかする鬼火をただよわせて、蝋燭のような尻尾を二本ひきつれて、だいぶ山奥の、木の葉のかさかさしたとこを、こんなことを云いながら、あるいておりました。

「ぜんたい、ここらの人里は怪しからんね。男も女も一向に優しくしやがらん。なんでも構わないからマナーマナーと馬鹿の一つ覚え。マナーを口にしないとこを見たいもんだなあ」

「飯を食うにも名刺を渡す時なんぞに、いちいち気にせずに過ごしたら、ずいぶん痛快だろうねえ。気楽に働いて、それからどたっとソファーに倒れるだろうねえ」

「マナーなんて、より大多数が心穏やかに気楽に暮らすためのお手本さ。マナーのせいで嫌な思いしたら本末転倒だよ」

 二匹の化け猫は人間を食らうため、人里に紛れて暮らしていた。人間ではないことがバレてしまえば一巻の終わり。だが今の社会は理解不能なマナーに溢れている。マナー違反を指摘されてばかりでは、いつ正体がバレてしまうのか不安で不安で落ち着かない。

「この間はとっくりのそそぎ口を使うと失礼だといわれて商談が破断になった。じつにぼくは、二千四百万円の損害だ」と一匹の化け猫が、自分の眼を、ちょっとかえしてみて言いました。

「金属製の名刺入れは使うなと言われた。ぼくの会社の金属製の名刺入れ工場は二千八百万円の損害だ。たぶん」と、も片方が、くやしそうに、口をまげて言いました。

 はじめの化け猫は、すこし顔いろを悪くして、じっと、も片方の化け猫の、顔つきを見ながら云いました。

「ぼくはもう元の山の生活に戻ろうとおもう」

「さあ、ぼくもちょうど懐が寒くはなったし戻ろうとおもう。あと腹は空いてきた」

「そいじゃ、これで切り替えよう。なあに僕に考えがある。機能の部屋で、人間を十分に狩ってやればいい」

「機能の部屋って何?」

 普通の人間ならどっちへ行けば戻れるのか、いっこうに見当がつかなくなってしまうような道にさしかかった二匹。

 風がどうと吹ふいてきて、草はざわざわ、木の葉はかさかさ、木はごとんごとんと鳴りました。

「いや環境音はどうでもいいさ。機能の部屋って何だよ」

「ぼくにアイディアがあるんだよ。今までマナーに悩まされてた中で見てきたんだけど、僕ら以外にもマナーに頭を抱える人も多かったんだ。人間だってマナーを全て分かっているわけじゃない。訳も分からないのにマナーがあるからって律義に守っているんだ」

「それとこれがどういう繋がりになるんだい?」

「ぼくは思うんだ。マナーと言ってしまえば何でもゴリ押しできるんじゃないかって。それこそ丁寧な言い方さえ気を付ければ、どんな無茶振りでもマナーだからって言えば人間は従うんじゃないかなってね」

「うんだから、それが機能と部屋とどう繋がるんだい?」

「連なったたくさんの部屋を用意するんだ。この部屋では手を洗うのがマナーです。と書いておけば人間は手を洗うだろう。そういうルールを徐々に吊り上げていって、そのうち『この部屋では体を洗って、体に卵とパン粉をつけるのがマナーです』とでも書いておくのさ。そうすれば次の部屋で待機したぼくたちは、そのカツレツ一歩手前の人間を油の中にどぼんと入れてやるだけで、簡単に人間カツレツにありつける」

「なるほど。自動調理機能の部屋を用意するってことだね。マナーに従っていたらいつの間にか人間たちは自分たちで調理されていたってことになる」

 一匹の化け猫は、ざわざわ鳴るすすきの中で、何やら念じました。片方の化け猫がふとうしろを見ますと、そこにはその念によって具現化された立派な一軒の西洋造りの家がありました。

 そして玄関には

RESTAURANT

西洋料理店

WILDCAT HOUSE

山猫軒

 という札がでていました。

「君、この料理店に迷い込んだ人間にマナーを押し通したらどうなると思うんだい? ちょうどいい文句を並べれば、ここはこれでなかなか聞いてくそうだ」

「おや、こんなとこにおかしいね。こんな山奥の怪しい建物に迷い込む人間なんかいやしない気もするが。しかしとにかく何か食事ができるんだろうと思うだろうね」

「もちろんさ。自分たちこそ料理される側だと知らずにね。看板に『どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません』とでも書いておけばホイホイできるじゃないか」

「良いアイディアじゃないか。ぼくはもう何か喰べたくて倒れそうなんだ」

 化け猫は相棒にとりあえず干し肉を与えてから二匹揃って玄関に立ちました。玄関は白い瀬戸の煉瓦で組んで、実に立派なもんです。硝子の開き戸がたって、そこには挨拶が金文字で書いてありました。

「こいつはどうだ、うまくできてるねえ、きょうまで何日もなんぎしたけれど、こんどはこんないいアイディアを見せてもらえそうだ。このうちは料理店だけれども自動で人間をご馳走にするんだぜ」

「どうもありがとう。決してご遠慮はありませんというのは真逆の意味だ」

 二匹は戸を押して、なかへ入りました。そこはすぐ廊下になっていました。その硝子戸の裏側には何も書いてありませんでした。

「これから何を書いていこうか考えているところさ。是非君の意見を取り入れたい」

「まかせておくれよ。きっとうまくいく素晴らしいマナーを考えてやろうじゃないか」

 二匹は意気投合ということで、もう大よろこびです。

「まずはマナーよりも先に挨拶が大切さ。大歓迎をさらに歓迎にしよう」

「肥っていたり若い人間は大歓迎だね」

「それにマナーと言うと抵抗があるだろう。ぼくらもそうだった。だから注文という言葉に変えようじゃないか。それこそ料理店らしい。『当軒は注文の多い料理店ですからそこはご了承ください』とでもいって軽くハードルを下げておこう」

「そうだね。お断りをいれておくに越したことはない。何なら『注文はずいぶん多いでしょうがどうか一々こらえて下さい』と念押ししておこう」

「下味をつけるための塩を塗るのに服や帽子があっては塗りにくかろう。服も一つ一つ取ってもらおう」

「最初に塗るならクリームだね。ここは寒いからひび切れの予防になると納得するだろう」

「ガサツな人間は耳に塗り忘れるだろう。扉の裏にも用意しておこうじゃないか」

三本の矢。三人寄れば文殊の知恵。一匹では思い浮かばないことも二匹ならアイディアが溢れる。そう、三匹なら。


「おもしろいことをやっているようだねぃ」


 突如現れた二つの青い眼玉に睨まれ、化け猫たちは顔がまるでくしゃくしゃの紙屑かみくずのようになりました。

「お、お、親分」がたがたがたがた、ふるえだしてもうものが言えませんでした。

「わたしにも一枚かませておくれよ。なんだい注文の書き方がなってないねぃ。マナーがなってないと人間を騙せないよ」

 親分はそういうと化け猫たちの用意した金文字を全て自分色に書き換えていきました。

 化け猫たちは知っていました。親分はどうせぼくらには、骨も分けてくれやしないんだ。

 ですが化け猫たちはこの時、知る由もありませんでした。

 親分の書きようがまずいせいで、ご馳走にありつけなくなることを。

 いろいろ注文が多くてうるさかったでしょう、お気の毒でしたなんて、間抜けたことを書くことを。そのせいで標的に気付かれてしまうことを

 しかし化け猫たちは指摘できません。いくら親分が自分の方が書き方がなっていないくせに化け猫たちのマナーについて言及するというマナー違反を犯していても。


 なぜなら全てのマナーにおいて最大のマナー違反。それは、マナー違反をその場で指摘することなのですから。

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