迫る自販機
「ねえ、ゆっこは何がいい」
「ミルクセーキで」
「ん」
亜沙美は自販機に小銭を入れて、ミルクセーキのボタンを押そうとしていたが、その手を止めた。
「あはは、ちょっと見てよ。この、{俺}ってなんだろう」
自販機にはジュースやコーヒーの見本が並んでいるが、その中に{俺}とだけ書かれた紙片があった。
「きっとオッサンが出てくるんじゃないの。ためしに押してみなさいよ」
「えいっ」
亜沙美は面白半分でそのボタンを押した。
「ガタン、ゴトン」と奇異な音がした。缶ジュースが落ちてきたのではなかった。誰かが、そうしゃべったのだ。
「え?」
「今のって、なに?」
おかしいと思った二人は、同時にしゃがんで取り出し口をのぞき込んだ。
「ぎゃっ」
「あひゃっ」
なんと、そこには人間の顔があった。中年のオッサン顔が中から二人を直視していたのだ。
女子高生たちは弾かれたように逃げだした。走りながら後ろを振り返ると、あの自販機が追ってくるではないか。筐体の下から脚が、側面から腕が出ていた。
人間みたいな自販機が自分たちを追ってくる。セーラー服を滅茶苦茶になびかせて、二人はパニックになりながらも走り続けた。
だが数百メートル走ったところで、亜沙美が唐突に笑いだした。
「なに笑ってんのよっ」
「だってえ、自販機に人が入ってただけじゃないの。ただのドッキリよ」
自販機に人が入って追いかけてくるというイタズラだと考えたのだ。
「ちょっと手が込んでいるけどね。まったくお笑いよ」
そう言って走るのを止めようとする亜沙美を、ゆっこは鬼のような形相で無理やり引っぱり続けた。
「バカッ、取り出し口の位置を考えな」
友人に言われてハッとなった亜沙美は、甲高い悲鳴をあげながら全力疾走するのだった。
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