無敵が鳴る時に

「霧笛が鳴ると、あの世のモノが出現するんだって」

「なんだ、それ」


 休み時間、二年生のクラスで高校生の男女がおしゃべりをしていた。


「それ知ってる。千代ノ浦の防波堤だよね」ほかの女子生徒が二人やってきた。

「千代ノ浦になんかあったか」

「先っぽに霧笛鳴らす灯台があって、霧がかかるとブーブー鳴るんだって。そんで、夜中の二時に四回連続したら、あの世のアレが出てくるんだよ」

「都市伝説じゃねえか、アホらし」


 三人の女子と一人の男子が都市伝説について話しをしている。女子たちは怖い話しだと力説するが、男子は、はなから信じていないようだ。


「だから、あの世のアレってなんだよ。海からゾンビでもあがってくるのか」

「そういう映画って、なかったっけ」

「昔のじゃない、キャハハ」

 怪談話にもかかわらず、女子たちは楽しそうだった。


「ねえねえ、今日さあ、みんなで行ってみない」

「おもしろそう、行く行く」

「絶対いくって」


 女子たちは千代ノ浦の漁港で落ち合うことにした。夜中の二時は高校生が活動するには不適切だが、彼女たちはまったく気にかけていない。常日頃から夜遊びを常習としていたからだ。


「俺は行かねえぞ。二時って寝てるわ」

「いこうよう。ぜっていおもしろいって」

 男子は乗り気ではなさそうだ。彼時間では睡眠時であるし、寒がりなので潮風に当たりたくないのだ。

「比奈も誘うからさあ」

「え、比奈も来るのか。じゃあ、行くよ」

 比奈とは彼が想い続けている女子だ。彼女が一緒ならば是非にでも参加しなければならない。

 


 結局、比奈は来なかった。男子は無駄骨であったと悟ったが、ほかの三人の女子の手前帰るわけにもいかず、結局、四人で外防波堤の先端まで行くことになった。


「この堤防って、けっこう長くね」

「ガスかかってきた。わたしの髪さあ、濡れると縮れるのね」

「まあ、霧がかからないと霧笛ならないから、よかったんじゃない」

「寒い~」


 ガスとは潮水が多分に含まれた濃い霧のことである。水分量が多くて、髪も皮膚も服もじっとりと濡れてしまい、しかも寒い。


 高校生たちは外防波堤の先端部へと進んでいた。誰も懐中電灯をもってこなかったので、足元がおぼつかない。コンクリートの割れ目につま先が引っ掛かるので、ゆっくりと歩く。 


「なあ、灯台ってこれか」

「じゃね」


 そこに着くと、赤い灯台が闇の中に屹立していた。女子の一人がその硬質の赤に手を触れた時だった。


 ボウーボウー、と尻の底にズシンと落ちてくる低音が響いた。四人とも、こんな間近で霧笛を聴くのは初めてで、その予想以上の大音量に思わず肩をすくめた。


「ビックリしたあ。いきなり霧笛だよ」

「四回連続鳴るかなあ」

 果たして、霧笛はさらにボウーボウーと続き、計四回鳴った。

「四回だな。で、あの世のモノがいつ出てくるんだ」


 暗闇に充満している濃霧が、冷たく圧迫しながら何モノかの気配を伝えている。四人は待っていた。


「きゃっ」


 突然、女子の一人が悲鳴をあげた。しかもあろうことか、その直後にバランスを崩して海に落ちてしまった。ほかの三人が慌てて駆け寄り、真っ黒な海を見下ろしている。落ちた子は浮いたり沈んだりしていた。


「掴まれ」

 男子が堤防の縁に腹ばいになって手を差しのべる。溺れる者の手をうまく掴むことができたが重くて引き上げられない。ほかの女子も同じく腹ばいになって手を掴むが、全員の力を合わせても上手くいかなかった。


「誰かが足を引っぱってるみたい、引っぱってるって」

 海面から首だけ出した女子が、金切り声で叫んでいた。


「あたしの身体を誰かが掴んでるよ。きっと、子どもだ。子どもの手が引っぱってんだ」

 その言葉が意味する事態に、彼女に救いの手を差しのべていた高校生たちは凍りついた。


「霧笛が四回なったから、あの世のモノがきたんだ」

 堤防の縁に腹ばいになっていた女子の一人がそう呟くと、掴んでいた手を離して立ち上がった。怖くなって逃げようとしたのだ。


「うわっ」

 だが、彼女も海へ落ちてしまった。すぐに浮かび上がって堤防の側面にしがみ付こうとするが、波にもまれているうちに、先に落ちた女子とくっ付くように並んだ。

「キャアー、誰かが足を引っぱてるう」

「私の足も引っ張られるー」


 水中から何モノかに身体を引っぱられている二人は、悲鳴をあげていた。すると突如として、沖のほうからこもった轟音とともに、まばゆい光がゆっくりと近づいてきた。


「うわああ、わあああ」


 その光量の強さに驚き、男子は手を離して立ち上がった。途端に足がもつれて、隣で腹ばいになっている女子を巻き込んで海に落ちてしまった。

 光りは唸りをあげて接近していた。かろうじて防波堤にしがみ付いていた四人は、肉体と精神を極限まで凍らせながら、それの到来を見ていた。




「ったく、ガキが夜中にウロついてっから、こんな目にあうんだべや」


 高校生たちは漁港の番屋にいた。濡れた服を脱いで、漁師から貸してもらった作業着と毛布をまとっている。石油ストーブに暖めてもらいながら、しょんぼりとしていた。

 

 外防波堤の先端部分で溺れている四人を、たまたま漁から帰ってきた漁船が見つけて救い出した。投光器で海面を照らしながら素早く引き上げて、この小屋へと連れてきたのだった。


「きっと、あの世のモノたちに落とされたんだ」 

「私もそうだよ」

「あたしも」

 女子たちがそう呟くと、漁師から遠慮のない言葉が浴びせられた。


「バカか、おまえらは。縁のコンクリが脆くなってるから、つまづいたんだべ。それに、あそこは昆布がのっつりおがってるから、身体に絡まったんだあ。堤防にもびっしりついてたべや。波も高かったしな」


 何モノかが邪悪な意図をもって高校生たちの足を引っぱっていたのではなく、波に揺られた海藻が絡みついていただけであった。


「でも、灯台の霧笛が四回鳴ったら、あの世のモノが現れるって」

「そうよ。すんごい大きな霧笛が四回鳴ったから、あたしたちはあの世のモノに引っぱられたんだって」

「間違いないよ」

「俺も、そう思う」


 高校生たちは、若くて未熟で夢見がちである。自分たちの陥った凶事が、偶然や不注意だと思いたくなかった。オカルトでスーパーナチュラルな現象だと信じたかったのだ。

 だが大真面目な顔で話す若者たちに対し、漁師は愚か者と話すような口調で言い放つのだった。

 

「ああ?霧笛だあ。アホか、このタクランケ。そったらもん、とうの昔になくなってるべや。GPSがあるからな、霧笛なんていらねえんだって。あの灯台にあったのも、外されて何年も経ってるべや。おまえら、あの世の霧笛でも聴いたのか」

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