第六幼児公園

「たっくんさあ、今日って、ヒマ?」


 昼休みに俺の机にやってきたのは、同じクラスのヒトミだ。彼女と俺は付き合っていて、恋人同士だといえる。


「放課後は、とくに予定はないよ」

「放課後じゃなくて、夜中よ」

「夜中って、何時頃だよ」

「そうねえ、怖いところに行くんだから丑三つ時がいいんじゃない」


 丑三つ時というと、真夜中の一時頃だ。そんな遅い時間にどこへ行くのかな。怖い場所っていっているから、墓場か廃墟で肝試しでもするのか。


「第六幼児公園ってあるじゃない」

 そんな公園など聞いたことがない。幼児公園って、幼稚園の中にある公園のことか。


「今晩は満月でしょう。鬼の日の満月なのよ」

「満月はわかるけど、おにのひ、ってなんだよ」

「あの世から鬼が這い上がって来る日じゃないのさ。ねえ、たっくん、大丈夫なの」


 俺はふつうだよ。薄気味悪いこと言うヒトミのほうがおかしいだろう。なにかの怖いゲームか、都市伝説の話でもしているのかよ。


「待ち合わせはどこにする?」

「どこって、わからないよ」

「じゃあ、血だまりの場所にするね」


 まだ行くなんて返事をしてないし、血だまりの場所っていうのが意味不明だ。おどろおどろしくて、想像するだけで背中に冷たいものが走る。きっと残忍な一家心中があった廃屋とか、廃墟になった病院の手術室とかじゃないのか。得体のしれないモノが出てくるかもしれないし、下手をしたら呪われそうだ。


「俺は行きたくないんだけど」

「でも来るでしょう」


 付き合っている女からの誘いは断れない。夜遅くという時間帯にゾッとするが、かえって女子を一人で行かせるわけにはいかないだろう。断るわけにはいかない。



 血だまりの場所とは、ただの川原だった。住宅地の合間を流れる、なんの変哲もない小川だ。


「やあ、来たね。たっくんのことだから、もっと真夜中になって現れるのかと思った」

「もう一時近くだぞ。十分に真夜中だろう」


 ヒトミが先を行って、俺は後ろを歩いている。行き先は第六幼児公園だ。


「ほら、ここが第六幼児公園よ」

「ああ」


 普通の公園だった。ブランコや滑り台、ちょっと古めの遊具があって、昼間なら子供たちが、それこそ幼児らがキャッキャと遊んでいそうな感じだ。


 ただちょっとばかり異様なのは、公園の真ん中に突っ立っている水銀灯の光が真っ赤なことだ。灯りはあまりにもきめ細かくて、まるでその先端から鮮血を霧状に噴き出しているような不気味さがあった。


 俺たちは、その街灯のそばに立っている。風がまったくなく、音もなく、そして生暖かく乾いていた。


「{ダルマさんが転んだ}をしようよ」と、ヒトミが唐突に言ったんだ。

「こんな真夜中に、しかも二人だけでやったって面白くないって」

「なに言ってんのさ。みんないるよ」


 ハッとして周囲を見渡した。何人かの子供の姿が見えた。全員が、年の頃はまさに幼児といっていいほど幼かった。


「たっくんは鬼だよ。さあ、早く早く」


 ヒトミに急かされるまま、俺は{ダルマさんが転んだ}をすることになった。


「ダルマさんが、転んだっ」


 街灯の支柱に曲げた腕をくっ付けて、さらに額を当てる。

 ダルマさんが転んだを叫んで、すぐに振り返った。ほとんどの幼児が静止しているが、一人だけよろけているのがいた。三つ編みおさげの可愛らしい女児だ。


「ちはる」


 俺はその女児の名前を叫んだ。自分の名を呼ばれたものは鬼と手を繋がらなければならない。


 ぬるりとした感触がした。俺は二度目になる、ダルマさんを転んだ、を叫んだ。


 振り返ると、手を握っていたのはヒトミだった。両腕がひどく汚れていて、それはすごい量の血だとわかった。朱色に染められた灯り中で、その生温かな赤がよく映えていた。


 彼女が怪我をしているのではない。罰を受けたのは、さっきの三つ編みの女の子だ。少し離れたところにあるシーソーに、捌かれた身体がぶら下がっていた。解体の仕方はかなりぶっきらぼうで、華奢な背骨とアバラ骨の部分には、ザクザクとした赤身肉がまだまだ残っていた。傾斜に任せるままに、板の上を血液がダラダラと流れ落ちている。


「ダルマさんが転んだ」


 動いたのは男の子だ。ブランコを囲む鉄柵に手をかけて、迷子の子供みたいにキョロキョロしている。とても不安そうだ。


「健太」と、俺はその男児の名前を言った。手を繋いだ時、いやにゴツゴツした感触だった。少し弾力があるのは、削ぎ切れなかった肉片が残っているからだとわかった。


「ねえ、たっくん。ずいぶんとひどいことしたよねえ」


 その骨っぽい手が強く握ってきた。湿った感じが気持ち悪くて、いや、よく感触を確かめてみるとそれほどでもなかった。なんだか懐かしく思ったりもした。



「ダルマさんが転んだ」と叫んだ。同じことを何度かした。何人の子供たちの名前を言い、そして手を繋いだろうか。


 振り返ると、すべての幼児たちが残骸になっていた。ブランコやシーソーや砂場、他の遊具のそばで滅茶苦茶な姿になっているのだ。骨を叩き折られ、肉を引き裂かれ、そして存分に抉られていた。 


「ほら、たっくん。すごい血だね」


 公園の中が血だらけだ。子供たちの骸からあふれ出た血液で、池のようになっていた。


 そうだ、朱色の灯りが満ち満ちる生臭いここが血だまりなんだ。待ち合わせた場所が、まさにこの公園だった。


「最初はこの公園だったよね。三つ編みの女の子に声をかけて、そして最後の六人目が男の子」


 いや、それは違う。初めは同い年の女性だ。人の身体がどうなっているのか、どこをどうやるのかわからなくて、実験するためにさらったんだ。いろいろとやって、丸二日間かかった。彼女は泣き叫びながら四十時間以上を生き続け、最後には俺を愛してくれた。血まみれの骸が、金切り声をあげながら愛してくれたんだ。

 

 俺は、どうしてそんなことをしたんだ。


 ときどき、自分がわからなくなることがある。心のすごく深い場所から、なんだか得体のしれないモノが這い上がってくるんだ。それはどうしようもないほどの剛力で、俺の中のやわらかなヒダを抉りながらのぼって来る。そいつには、絶対に抗いきれないことを知っているんだ。愛してくれる人が、こう言ってくれたからな。


「たっくんは鬼だよ」


                                 おわり





 

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