第5話 夜とこれから

「さて、まとめるとこんなかんじか」


 夕食を食べ終えた俺は、自室でノートを睨みながら考え事をしていた。

 リリーについて覚えていることと覚えていないことをまとめたノートは、上半分と下半分で文字数が全然違った。


 覚えていることは、主に二つ。


 一つは好きなこと、これは日本食やクッキー、アニメなどが今のところわかっている。

 そして、二つ目は好きな場所。アニメショップが好きなことは思い出すことができているから、ここから何かしらの情報は引き出せるな。


 で……わからないことはというと…………


 「他の好きなもの、嫌いなもの、趣味、嗜好、してほしくないこと、得意な事、苦手な事、ついでに人間関係etc…………。わからないことが多すぎるな」


 ボールペンを机の上に置き、大きくため息をつく。


 「はぁ、にしてもリリー……超美人になってたな」


 リリーは小学生の時から可愛かった。

 花を持たせれば可憐に、服を変えてもずっと美少女。


 それに行動一つ一つが綺麗なお陰で、佇まいも美男美女特有のオーラを醸し出していたのは覚えているな。


 ……お? 少しずつだが……思い出してきたぞ…………この調子なら!


 「コータロー!」


 唐突に、リリーがノックもせずに入ってきた。


 「うおわぁ!?」

 「あはは! コータローびっくりシタ?」


 あー、まじでビビったぁ……

 驚きすぎて、思わず変な声が出た。

 「おい、リリー。人の部屋に入る時はノックをだな…………」


 その瞬間、俺の中で時が止まった。

 俺の前に立っていたリリーは、


 「あれ、どーしたノ? コータロー」

 「そ、その服は……」

 「あ、コレェ? さっきお風呂入ってたからネ。新しいパジャマをきてみたノ」


 似合ウ? とその場でクルリと一回転する。

 下は薄めで涼しそうなズボンで、上は黄緑色と檸檬色の鮮やかな色をしたキャミソール。

 しかも、スタイルのいいリリが着ればそれは一気、セクシーな雰囲気を醸し出すようになっていた。


 「あ、ああ。ちゃんと似合ってるぞ」


 顔が熱くなるのを感じながら、声を絞り出す。


 「むっふー、ママが選んでくれたんダー」


 笑いながら俺のベッドに座る。


 「ああ、そういえばもうこんな時間か。俺はもう風呂に入って寝るけど」

 「ンー、リリーももう寝るヨ。明日からコータローのスクールに行くしネ」


 ポワポワとあくびをしながら、リリーは答える。


 あー、なんか思い出せそうだったのに一気に記憶がとんでしまった。


 あ、そういえば……


 「リリー、寝るのはいいけどさ。お前どこで寝るの? 母さんの寝室?」 

 「月子おばサマがねー、なんかコータローと一緒に寝なさい、ダッテサ。なんか昔のお泊まりを思い出すネ」

 「…………は?」


 「おいばばぁ!!」


 リリーの言葉を聞いた俺は、怒鳴り声を上げてリビングで洗い物をしていた母さんに近づく。


 「ちょ、急なババア呼ばわりやめてよ! お母さんまだアラサーよ実は!」

 「んなこと知っとるわどうでもいいわ、つか四捨五入したらアラフォーのババアだろうが!」

 「反抗期なの⁉︎」


 俺のものすごい剣幕にたじたじになる母さん。


 「なんでリリーが俺の部屋で寝ることになってるんだよ! あいつだって女の子だぞ!」

 「あらぁ、別にいいじゃない。リリーちゃんだって嫌がってなかったわよ?」

 「そりゃ、人の親から言われたら反対はできないだろ」


 俺は大きなため息をついて頭を抱える。


 「大体、リリーが俺の部屋で寝るんだったら俺はどこで寝りゃいいんだよ!」

 「あら、一緒には寝ないのかしら?」

 「いっ……! ね、寝るわけ……」


 その時、リリーが階段から降りてきて、


 「コータロー、リリーは一緒に寝ていいヨ?」

 「ぐっ、」


 リリーはおずおずと申し訳なさそうにしているから、思わず何もいえなくなってしまう。


 「お、俺は、どうすりゃいいんだよ…………」


 「……どうしてこうなった」


 風呂に入り、明日の身支度を済ませた俺は仕方なくリリーと一緒に寝ることとなった。

 ……いや、別に喜んでるわけではない。


 ただ……、


 「……ね、寝れない」


 隣には、スー、スーと可愛らしい寝息を立てるリリーがいた。

 たいして大きくないベッドで二人一緒に寝ているため、ほとんど密着しているような状態。

 俺の肩には彼女の吐息があたる。その上、左腕は何故かリリーがガッチリとホールドしており、大きな双丘がグニグニとその柔らかさを主張してくる。


 「……けど、久しぶりだよな、やっぱり。たぶん……俺が忘れてるだけで、リリーは俺のこと覚えてるんだろうな」


 俺の小さな呟きも、リリーには聞こえていないらしく、隣からは可愛らしいない気が聞こえるばかり。

 おそらく彼女が、全く知らない初対面の人だったらここまで落ち着けてはいないだろう。


 とはいえ…………


 「やっぱ寝れないよ……」


 五年間で、全く会わないうちに彼女はすごい変わったと思う。

 顔やスタイルが綺麗になったのは言うまでもなく、日本語を違和感なく話せるようになって、勉強もかなり頑張って今回の留学まで至ったのだろうか。


 しかも……、その動機が嘘か誠か、俺に会うためだとか……。

 もしそれが本当なら、俺はどうするべきなんだ?


 俺だって、この五年間なにもせず適当過ごしてきたわけではない。

 いや、そりゃ少しばかり浮つきながら過ごしていたこともある。


 それでも、中学での生活、高校受験の勉強、目まぐるしく変わる環境。

 俺とリリーは、体感的にはほとんど変わらない日常を過ごしていたはずなんだ。


 「……なのに、なんだろうな。なんで、リリーは俺のこと覚えててくれて、俺はリリーのことを、リリーの好きなものも満足に思い出せなかったんだろうな」


 チラッと隣を見る。


 白く美しい少女は、まるでもう離れる気がないように、俺の腕をギュッと抱きしめる


 「……こー、たろー、」


 俺は、どうするべきなのか。

 心の中で浮かび上がるその疑問に応えてくれる人は、誰もいなかった。


 そしてそれを相談する相手も、浮かび上がることはなかった。

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