第4話 食卓

 「えっと……じゃあつまりあれか? リリーは、その……俺が何年経っても会いに来なかったからわざわざこっちに留学してきたってことなのか?」


 白飯に鮭の塩焼きや味噌汁などなど、割とスタンダードな日本食が食卓に並べながら、母さんと話す。


 俺の言葉を聞いたリリーは涙目になって、


 「……コータローは、リリーに会いたくなかっタ?」


 「ち、違うって。いや、留学の目的が意外だったのはあるけど……」


 「ホント?」


 おずおずとこっちを見て聞いてくる。


 「ああ」


 「ふふっ、五年も離れていたのに……もう二人は仲良しに戻ってるわね」


 クスクスと笑う母さんに俺とリリーは真っ赤になる。


 「ほ、ほら、ご飯はできたから。はやく食べるぞ」 

「ワオッ! 五年ぶりの日本食ネ!」


 食卓を見たリリーが目を輝かせる。

 …………そういえば、イギリスといえば、レディーファーストってのが必要だと聞いたことがあるな。


 「よっと、」


 そう考えた俺は、とりあえずリリーの椅子をひいて、座りやすいようにしてみる。


 「……!」


 ……あれ? 俺の行動に、リリーは微妙な反応を見せた。

 な、何かいけなかったのか?


 「…………コータロー。ココ日本だから、無理してリリーの国に合わせなくてもいいヨ?」


 苦笑しながらやんわりとそう言ってくるが、それが地味に心にくる。

 おそらく無理して慣れないことをしたため、本場の英国紳士と比べると下手くそだったのだろう。


 「ぐっ、す、すまん」

 「? ナンデ胸、抑えてるノ?」

 「はいはい、リリーちゃんも洸太郎も席につきなさい」


 はぁ……どうしたものか、リリーの好きなものも覚えていない、向こうでの文化もあまりわからない……

 その上、同じ屋根の下で暮らすんだぞ?

 や、やばい。それなら尚更何かしら対策をしなきゃいけないじゃないか!


 「…………コータローって、意外と紳士なのカナ」


 ああ、もう!

 リリーの声もうまく聞き取れないし、反応もよくわからない!


 「それじゃ、冷めちゃうからもう食べちゃいましょうか」

 「ウン!」

 「……はい」


 三人で手を合わせて、


 「それじゃ……いただきます!」

 「イタダキマス‼︎」

 「いただきます……」


 挨拶をすると、リリーは真っ先に味噌汁に手を伸ばす。


 「んくっ、んくっ、ぷはっ! やっぱり、月子オバ様のミソスープは最高ダネ」


 音を立てることなく静かに飲んで、ほうっ、と一息つく。


 「こっちの焼きジャケも美味しい! 今日はご馳走ダ!」


 鮭の塩焼き、白飯、おひたしに茶碗蒸しを綺麗な食べ方で箸をすすめる。

 俺たち日本人からすれば何も変わらない普通の食事だが、イギリスにいたリリーからすれば、いつ食べられるかわからない貴重な和食なのだろう。


 「あら、リリーちゃん。こっちのご飯は久しぶりなのに、お箸の使い方もマナーも上手になってるわね」

 「ンー、そうだネ〜。実はイギリスの方でモお箸の練習とか、日本のマナーとかハ忘れないように勉強したヨ」

 「それに、日本語も上手ねぇ。ジェシカさんに教えてもらったの?」


 ジェシカさんというのは、リリーの母親だ。面倒見が良く、まるでお姉さんのように若い人だったのは覚えている。


 「ママはもっと日本語が上手だからネ。リリーも頑張って覚えたノ」

 「でもすごいわねぇ、日本語って他の国の人からしたら難しいでしょ?」

 「ウン……すっごい難しかっタ。話せるようになるまで何年もかかったモン」


 お茶を一口飲んでから、俺の方を見る。


 「ケド……次に日本に行く時ハ、コータローともっと話したいと思ってたから……」


 白いほおを桜色に染めて、はにかむ。


 「やーん、かわいい〜。もう、洸太郎もこんな可愛い子に日本語覚えさせるんじゃなくて、自分から英語をマスターすればいいのに」


 まったく……とため息をついて、俺の頭を叩く。


 「え、英語は今勉強中だっての」

 「リリーはもう日本語ほとんどバッチリ! いつでもコータローと話すのはwelcomeダヨ!」


 リリーは笑いながら俺を見る。

 しかしも俺は、この話を聞きながら別のことを考えていた。

 それは…………先程からリリーのことを思い出そうとしているが、何も思い出せないということだった。


 リリーの好きなものはもちろん、嫌いなもの、趣味、嗜好、価値観などなど、昔ならわかっていたはずのものが何一つ思い出せないのだ!


 まずいまずいまずい!

 リリーは五年間も俺のことを覚えていてくれた。

 だというのに俺は、リリーが俺の名前を呼ぶまで彼女の正体にも気が付かなかった。


 …………もしこれがバレたりしたら?

 リリーは、本気で悲しむかもしれない!


 「コータロー、どうしたの? ボーっとシテ」


 リリーが俺の顔を心配そうに覗き込む。


 「おわっ!」


 綺麗な顔が近づいてきたため、思わず変な声が出てしまう。

 母さんは俺たちの様子に笑いを堪えていた。


 「す、すまんリリー」 

 「ほらほら〜、イチャイチャしなーいの」


 母さんがぐりぐりと肘を当ててきて、茶化してくる。


 超うざい…………


 「ふふっ、コータローはどうだった? リリーいなくて寂しくなかっタ?」


 嬉しげな声に乗せて、そんな疑問を投げかけてくる。


 …………まぁ、


 「寂しかったか、て言ったら…………寂しかったよ」

 「そうよぉ、この子リリーちゃんが飛行機乗ってっちゃったあとに、ボロボロ泣いてねー、『お別れできた?』『リリーは大丈夫だよね?』とか毎日言ってきててね、」

 「ちょ、母さん! やめてくれよ‼︎」


 慌てて母さんの口を塞ごうと立ち上がると、思いっきりテーブルに足をぶつけてしまい、さらにその衝撃でお茶の入ったコップが倒れてしまう。


 「あらっ、コータローはおっちょこちょいネ」


 地味に難しい日本語で言いながら笑った。


 「本当にね。コラ、洸太郎。こぼしたら早く拭きなさい」

 「誰のせいだ誰の!」


 そんなツッコミをしながら、台拭きでテーブルに溢れたお茶を吹く。

 そんな俺を見ながら、リリーはまたもや小さな声で呟いていた。


 「……ソッカ、コータローはリリーのこと心配してくれたんダ」


 当然の如くその声は聞こえなかった。

 母さん曰く、その顔は……めちゃくちゃ可愛かったらしい。

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