第3話 忘れてる?

「それにしても、まさかリリーが俺の家にホームステイしにくるとはな」


 二人分の紅茶を淹れながら、リリーを見る。

 リリーは笑って、


 「ウン。どうしてモ、また日本デ過ごしたかったからネ」

 「そうなのか? なんか学びたいことでもあったのか?」

 「学びたいコト?」 


 なぜか首を傾げている。


 ……いやいやいや、


 「え、えっと、日本じゃないと学べないこととかを学びにきたんじゃないの?」

 「ウウン。違うヨ」


 あっけらかんと言うリリーに、俺は開いた口が塞がらない。


 「は? じゃあ、なんでわざわざ留学なんてしたんだ?」

 「…………それハ、」


 何か言いたげに口をモゴモゴさせながら、こちらを見つめる。


 「リリー?」

 「も、もう! 察してヨ!」

 「何を⁉︎」


 突然真っ赤に叫び出すリリーに驚いてしまう。


 「まったク。相変わらず鈍いネ」


 ぽそぽそと何か言ってるが、少し離れているからよく聞こえないな。


 「はい、紅茶。それと、茶菓子にクッキーがある」

 「Thank you〜」


 紅茶を受け取り、微笑むリリー。

 俺も、リリーの対面に座って、紅茶を飲む。

 すると、リリーは細長い白魚のような指でクッキーを摘み、


 「ふふっ。コータロー、リリーがクッキー好きなノ、覚えててくれたんダ」


 ……………え?


 「お、おう。ど、どうだ、美味いか?」

 「ン! とてもおいしーネ」


 サクサクとクッキーを齧り、リリーはにっこりと笑う。

 ……あれ、リリーってこんなにクッキー好きだったけか?

 自分の中の記憶を掘り起こす。


 ……そういえば、リリーはうちの母さんがクッキーを作ると、そのたびに目を輝かせていくつも食べていた気がしなくもない。


 「ん〜、こっちはナッツの香ばしイ食感と香りがさいこーネ。こっちノ、チョコチップもつぶつぶしててdeliciousおいしいネ!」


 幸せそうな顔を見るに、本当にクッキーが好きなようだな。

 けど……なんで俺はこのことを忘れてたんだ?


 リリーとは小学生の頃は、一番親しかった友人、親友と呼んでも全く差し支えないほどのはずだ。

 そんな俺がなんで、リリー好み、しかも昔からの好みを、把握できてなかったんだ?


 「コータロー?」


 …… いやいやいや。

 そうだ、今のはちょっと間違えただけだ。


 自慢ではないが俺自身、少しだけ記憶力には自信がある。

 昔はよく推理もののドラマやアニメを見ており、いくつも犯人になりそうな人物を記憶して、何度も正解したこともあった。


 まあ、それはあまり関係ないかもしれないがともかく、俺がリリーのことを忘れてるなんてことは絶対にないはずだ。


 「コータローってば!」

 「うわっ! す、すまん。ちょっと考え事していてな」

 「モー、急に黙らないでヨ」


 ぷくー、とほおを膨らませていう。


 「悪かったよ。あ、そういえば、リリーはまだ日本に帰ってきて初日なんだろ? なら今度どこかへ出かけないか?」

 「ホント⁉︎」


 目を輝かせて食いつくリリー。


 やっぱり、笑うと一段とかわいいなこの子。


 「どこに行こっカナ〜」

 「そうだな〜、あそことかはどうだ? リリーが好きな………………」


 と、そこまでいうと言葉が止まってしまった。

 ……リリーの好きな所?

 あれ、どこだっけ?


 「エ、もしかしテ、またあのアニメショップに連れてってくれるノ!」

 「お、おお、そうだ!」


 思い出した。

 昔、リリーの家族と出かけた時に行ったアニメショップ。

 当時、日本のアニメにどハマりしていたリリーはそのアニメショップに頻繁に両親と行くようになっていた。


 「今はあのアニメショップもかなり大きくなっていたな。イギリスの方でもアニメ見てたのか?」

 「ウン! アニメサイトの方で、リアルタイムでは見れなかったケドネ」


 紅茶を飲みながら答える。


 「…………やばいな」

 「ナニが?」

 「いや、なんでもないぞ」


 …………もしかして俺って、リリーの好きなもの、マジで覚えていないのか?


 「あ、そういえばネ、」

 「ん?」


 なぜか少しだけ、モジモジして言う。


 「リリーネ、コータローと同じガッコウに行けるようにナッタ!」

 「えええ⁉︎」


 これまた突然のことに驚いてしまう。

 俺の高校…………母さんが教えたのか?


 「転入のテストは……? 俺の高校って、割と偏差値高いはずだぞ?」

 「満点ダッタヨ?」

 「満点⁉︎」


 あっけらかんと言うリリー。


 「昔から勉強ハ得意だっていったヨ。忘れちゃったノ?」

 「え、」


 これに関しては記憶にすらない。

 マジで、マジでこのままじゃ、このまま何も覚えていなかったら…………彼女に嫌われてしまうかもしれない。


 『ただいまー』


 そんなことを考えていると、玄関から声がする。

 おそらく母さんだろう。


 「ふぅ、重かったぁ」


 リビングに入ってきた母さんはドスンっと荷物を置く。


 「月子オバ様! オカエリナサイ!」

 「リリーちゃん! 洸太郎とはよく話せた?」

 「ウウン、まだ話し足りナイヨ!」


 女性同士でキャイキャイと笑い合う。


 「ごめんね〜洸太郎。驚いた?」

 「驚いたも驚いた。なんで言わなかったんだよ」


 呆れ顔で文句を言うが、母さんは笑ったまま手を振って、


 「やあね、悪気はなかったのよ。それに、」


 ちらりとリリーを見て、


 「リリーちゃんの頼みだったしね」

 「ちょ、オバ様!」


 リリーは真っ赤になりながら母さんに詰め寄る。


 ……へ? どゆことなの?

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