第2話 再開

「な……⁉︎ 誰だよこの子」


 あまりの出来事に、思わず声が出なくなる。

 俺のベッドで眠っている眠り姫(仮)は、俺の声に全く気がつかないのか小さな寝息を立てるばかりで、起きる様子もなかった。


 「…………」


 うん。普通の人なら、大きな声で驚いて、とっとと110番通報しているところだろうが……俺はあくまで冷静になろうとした。


 ふむ。まずは彼女を観察するところから始めよう。


 さらさら、というよりふわふわとした長い金髪、シミのない真っ白で透き通るような肌。ツンッとだった綺麗な鼻筋に、長いまつ毛。


 顔立ちからして、日本人というよりも、外国人といった方がしっくりくる容姿で、一発で超がつくほどの美少女だということがわかった。


 胸はかなり大きいが、決して太っているわけでなく、ほっそりとしたウエストはしっかりくびれていて、さながらグラビアモデルのようなスタイルだ。


 さて、それともう一つ考えることがある。 


 「……なんでこの子、俺のベッドで寝てんの?」


 そう、どういうわけなのか、彼女は俺のベッドで寝ている。 


 しかも俺は許可をとっていない上に、母さんは留守。

 俺の頭の中に一つの単語が浮かび上がってくる


 ────不法侵入。


 「いや待て待て落ち着くんだ洸太郎。そもそも彼女が不法侵入者だとしても、動機がわからない、というか動機がないじゃないか」


 そこで俺は、主に三つの仮説を立てた。


 一つ、普通に不法侵入。寝ているところを見ると、どうやら金銭目当てではないことがわかる。


 二つ、母親が犯罪を起こした。微塵も考えたくないが、これだけの美人だ。もしかすれば、うちの母親は魔がさして、攫ってきてしまったのかもしれない。……いや、この考えはよそう。


 三つ、突如発生した時空の狭間から出現した美少女。これから俺は彼女と壮大な冒険でも始めるのだろうか。


 「いや、バカか」


 こめかみを抑え、考え込む。


 そうだ、そもそも俺が意味不明な仮説など立てたところでこの状況は何も変わらん。

 問題は、この眠り姫をどうするかだ。


 「さて、どうすりゃいいんだろうなぁ」


 彼女はまだ、全くもって起きる様子もなく、寝息を立てるたびに大きな胸が上下する。


 「……目に毒すぎるだろ」


 まともに恋愛を経験したことのない高校生からすれば、かなり刺激が強いのも難題だ。


 「……とりあえず、母さんに報告しとこ」


 スマホを取り出して、母親に電話をかける。


 1コール、2コール、3コールと、母さんが出てくれるまで待つ。

 と、どうやら繋がったらしく、電話の奥からノイズ音が聞こえ、


 『もしもし? 洸太郎?』


 俺の母親、高峰月子が電話に出る。


 「あ、母さん? あのさ、今どこにいるの?」

 『んーとね、今母さん近所のスーパにいてね、今日はあの子のホームステイ記念パーティーをやろうと思うの。でも、何にしようか迷っててねー』

 「あの子?」


 まるでもう会ったことがあるかのような言い方に若干疑問符が浮かび、


 「……なあ、もしかしてその留学生……もう家にいたりするか?」

 『あら、もう家に帰ってたの?』


 この反応から察するに…………今俺のベッドに寝ているこの子が、イギリスからの留学生で、俺たちのホストファミリーだとでもいうののか?


 「ああ。それで、なんか知らん人が、俺のベッドで寝ててすごく怖かったんですけど……」

 『…………ふぅん、知らない人、ねぇ』

 

 当然の疑問をしたはずなのに、母さんは何やら意味深に呟く。

 しかし、どうやらこの子がその留学生だということは確定した。


 「……なに隠してる」

 『ん? なんのことかしら?』


 実の母親におどけられるのはなんか腹立つなぁ。


 「で、結局この子は、これから俺らと住む留学生ってことでいいのか?」

 『そうね。もしその子が起きたらお相手してあげてねー』

 「ちょ、相手って、一体どうすれば、」


 母さんは最後まで聞かず、電話を切ってきた。


 あの野郎…………


 「はぁ、まったく……けど、こんな可愛い子とある意味同棲か……」


 ぶっちゃけそんなに悪くない気が……


 「いや、いかんいかん! いくらこの子が美少女でも、気をしっかり持て俺!」

 パンっと自分にビンタして、煩悩を振り払う。


 しかし……


 「うむぅ……」


 その音が彼女に響いたのか、ゆっくりと目を開いた。


 「……あ、」


 しまった! つい、大きな音を鳴らしてしまった。

 俺が音を鳴らしたせいで、彼女が完全に起きてしまう。

 目を開いた彼女は、吸い込まれるような青い碧眼で俺をジーっと見てくる。


 「え、えっと、は、はろー?」


 ……ん? なんか若干デジャブを感じる。


 「……Hello」

 ……またもや小さなデジャブを感じるんですけど……。


 すると、俺を見ていた金髪碧眼の女の子が口を開く、


 「……もしかしテ、コータロー?」

 「……あれ、その呼び方、どこかで…………」


 ………………まさか…………!

 俺の記憶上、コータローと俺を呼んでいた人物は一人しか該当しない。


 それに、仮に初対面だとすれば……突然俺のことを呼び捨てにしてくるのも変な話だ。


 まさか、まさかまさかまさか‼︎


 「お前、リリーか⁉︎」

 「コータロー‼︎」


 俺が、彼女の名前を読んだ瞬間、彼女は俺の鳩尾に向かって飛びついてきた!


 「コータロー、ダ! コータローの匂いダ!」


 ぐりぐりと鳩尾に頭を擦り付けて、そう呼び続ける。 


 「リリー、本当にリリーなのか⁉︎」

 「ウン! リリーだヨ! 会いたかったヨ、コータロー‼︎」


 頭を擦り付けたあと、リリーであろう彼女は、膝立ちのまま、俺の腹部に顔を埋める。


 「本当ニ、会いたかったヨォ」


 彼女の温かい涙が、俺の服をじんわりと濡らしていく。


 ……約5年ぶりの、再会だ。


 だというのに…………何故か俺には、実感が湧いてこなかった。


 リリーが、こうしてここに戻ってきてくれたというのに。


 まるで、まだここにはいないのではないかという、言葉では言い表せない違和感と、心の底でモヤモヤした何かが詰まってるような…………そんな気がしたのだ。

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