第1話 憂鬱
「あー、だめだ超憂鬱」
私立銘鈴高校の昼休み。
その一年三組に所属する俺こと、
「どうしたのよ急に」
「珍しいよね、洸太郎が悩み事なんて。いっつもなんにも考えてなさそうなのに」
そんな俺を、近くの席で昼食をとっていた二人の生徒が不思議そうにこちらを見ている。
「あんたでも何かに悩むことがあるのね。相談に乗ってあげようか?」
一人は、健康そうな褐色肌にウルフショートの髪とつり目が特徴的な女子、
ニッ、と歯を見せて笑っている姿がよく似合う。
「洸太郎から憂鬱なんて言葉初めて聞いたし、僕もちょっと興味あるかな」
もう一人は、端正な童顔の顔立ちにほっそりとした男子の、
ちなみにだが、千秋とは小学校の頃からの幼馴染でもあり、若干俺に対しては毒を吐いてくる。
「ひどくね? いやそりゃ俺だって悩みの一つや一つだってあるよ」
「なにそれ。それしか悩んでないってことじゃん」
苦笑しながら、そうつっこんでくる紗奈江。
「でもさ、本当に何かあったの? 僕らからしたら、珍しくてしょうがないんだけど」
「あー……実はだな」
おにぎりをちびちび食べる千秋に対し、苦い顔をしながら答える。
「なんか、俺の家にさ。イギリスからの留学生がホームステイするんだとさ」
「ホームステイ⁉︎ 外国人と一緒に住むってこと?」
「まあ、そうなるな」
「へぇー、すごいなぁ。」
なぜか羨ましそうに言う千秋。
「けど、それがなんで憂鬱なのよ?」
不思議そうな顔をする紗奈江。
「いや憂鬱にもなるだろ。だって俺、英語話せないし、英語話せないのに屋根ひとつ下で過ごすんだぞ? 普通嫌じゃん、私生活に突然知らない外国人来たら」
「あーね。けどそこまで暗くなる? 別にそこまで鬱になるほどのことでもなくないじゃない」
慣れれば問題ないじゃん、そう紗奈江は言いながら、食べ終わったパンのゴミを片付ける。
「いや問題あるだろ。大体俺の狭い一軒家に空き部屋なんてあるわけないじゃん。どう生活するんだよ……」
「んーでも、洸太郎とほぼ同じ歳の人が来るんでしょ? なら、やっぱり洸太郎とおんなじ部屋じゃない? そこくらいしか空いてる部屋ないんでしょ?」
「千秋……それが嫌だから困ってんだよ。そもそも空き部屋じゃないし。それに、『所変われば品変わる』って言うだろ? とてもあっちの価値観と合わせてやれる気がしないんだよなぁ」
食べ終わった弁当箱を片付けて、千秋に言う。
千秋が食べ終わるまでもう少しかかるかもしれない。
「まあ、それでも決まったからにはうまく付き合ってくしかないんじゃないの? まあ、もし困ったことがあったらウチらにも教えてよ。力になるから」
「紗奈江…………」
ニッ、かっこよくと笑う紗奈江に目頭が熱くなる。
「僕も。英検は準二級持ってるし、洸太郎よりも英語ができるしね。少しは力になれるよ」
「千秋……」
そんな小さな皮肉染みた言葉も、不安に覆われていた俺の心を癒してくれる。
ああ…………お前らほんとにいい奴だな!
「ありがとよ、まあ、なんかあれば二人を頼ることにするわ」
そう俺が笑うと、
「あれ、そういえばさ。洸太郎は昔、外国人の友達がいなかったっけ?」
「ん?」
おにぎりを食べ終えた千秋が唐突にそんなことを言ってきた。
紗奈江は首を傾げ、
「え、そうなの?」
「うん。黒木さんは小学校は一緒じゃなかったから知らないけど、光太郎は小学生の時にね、すごく仲が良かった外国人の女の子とすごく仲が良かったんだよねー」
「……ああ、リリーのことだな」
千秋が誰のことを言っているのかを、完全に理解した。
「へぇ、リリーちゃんっていうんだ。どんな子?」
「僕は二人が遊んでいるところしか見たことはないけど、すごく美人だった気がする。確か……あの人もイギリス人じゃなかったっけ?」
「ああ、確かにリリーはイギリス人だったな。どこの地域とかは知らないけど」
俺は頷き、窓の外を見る。
「そうか……受験勉強のせいで忘れてたけど……あいつがいなくなってもう五年も経つのか…………最近は連絡もとってないし、元気にしてるのかなぁ」
しみじみと呟いた。
若干寂しい気もした。もしかしたら、あいつはもう俺のことなど気にもとめていないかもしれない。
思えばまだ、あの日の約束だって守れてないままなのに……
「洸太郎?」
「ちょっと、大丈夫なの?」
ゆさゆさと肩を揺さぶられ、慌てて二人に向き直る。
「ああ、すまん。ちょっとボーっとしてたな」
「…………洸太郎、まだ後悔してるの?」
「あ? 何がだよ」
「……いや、なんでもないよ」
ほんの少し図星を突かれた俺は、反応はした。
千秋はそれをみて呆れているような顔をする。
「ちょ、なに、なんか不穏なんだけど」
そんな様子を見てオロオロする紗奈江。
その瞬間、次の授業のチャイムが鳴った。
授業を始めるぞー、と言いながら古典担当する先生が入ってくる。
クラスメイトが椅子を引きづり、席に着く音を聞きながら、俺は千秋の言葉を思い出していた。
「後悔…………か……」
後悔してないと言うと、きっとそれは嘘になるだろうな…………。
「あー、やっべぇ、めちゃくちゃ緊張してきた」
誰に言うわけでもないひとりごとをぶつぶつと呟きながら通学路を歩く。
母さんからは、今日の夕方ぐらいにはやって来ると聞いているため、その間に心を落ち着かせなければならない。
「ほんと、どんな人が来るんだろうな。イギリスだから……女の子だったらレディーファーストとか気をつけないといけないのかな……」
価値観の違い、文化の違い。
これらを考えるだけでも頭が痛くなる。
そんなことを考えていると、いつのまにか自宅に着いてしまった。
「…………とっとと寝よ、そしたら少しは落ち着けるだろうな」
ただいまー、家に入る。
母さんは出かけているらしく、家の中は物音一つしない。
ゆっくりと階段を上がり、自室に向かう。
「ふわぁ……はぁ、もう寝よ」
自室に入り、鞄を置いたその瞬間……!
『すぅ……ぴぃ……』
「っ!?」
微かに、しかし確かに人の気配がする。
息を殺して、耳を澄ますと、小さな音が聞こえてくるのだ。
そして、俺は気づく。
「……ベッドの掛け布団、なんか膨らんでないか?」
何者とも言い表すことができない寒気が俺の背筋を通り抜ける。
「…………ふぅ、」
ベッドの中にいる、何者かもわからない存在を刺激しないよう、静かに息を吐く。
そして俺は……
「…………起きませんように」
呼吸するかのように、ゆっくりと上下する掛け布団に手をかけ、優しく捲ってみる。
するとそこには……!
「すぅ……ぴぃ……、うー」
可愛らしい寝息をたてながら眠っている、明るい金髪の美しい、眠り姫がいた。
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