第8話 美少女からお弁当を一緒に食べようと誘われた件について。



「響野くん、一緒にお昼食べませんか?」



 それは午前中最後の授業が無事終わり、これから昼食を食べようと背伸びをしていた時のことだった。清楚系美少女である小泉さんが俺の席の方へ近寄って、にこにこと笑みを浮かべながらそのように話し掛けてきたのである。なんだか人懐っこい犬のようだと思ったのは内緒だ。わー、もし尻尾があったらぶんぶん揺れてるんだろうなー。(棒読み)



「あ、あぁ。いいよ」

「やったっ、ありがとうございます!」



 因みに普段だと無駄にイケメン顔をしたドルオタな大司と一緒に弁当を食べているのだが、どうやら今日はめまい、熱と体調が悪いようで学校は休みである。バカは風邪を引かないと言うけれど、これまで遅刻欠席を一度もしたことがないあいつが体調不良で休むなんて珍しい。……いや、だからこそかな? きっと道端に落ちてたアイドルの写真や雑誌とか、何か拾い食いでもしたのだろう。うん、そうに違いない!


 それはともかく、にこやかな笑みを浮かべている小泉さんだが、一つだけ気になることがあった。小泉さん、いつもはこのクラスの女子たちと一緒に昼食を食べているみたいだけれど、その辺の付き合いなどは大丈夫だろうか?



「でも小泉さんっていつものメンバーでご飯食べてたよな? ……その、本当に良いのか?」

「はい。今日は響野くんとよく一緒にいる光明院くんがお休みなので、折角なら二人でお弁当を食べれたらと思いまして。ゆうちゃんたちも快く送り出してくれました」

「さいですか……」



 俺はそう返事を返しながらちらりとそのクラスメイトである杉本すぎもとゆうらの女子グループを眺めてみると、「鏡花頑張ってー」とひらひらと手を振っていた。どうやら朝の件でクラスメイトの女子は小泉さんを見守ることにしたみたいだ。殺伐として鋭い視線を向けながら一切あれから俺と言葉を交わそうともしない男子率いる野郎どもとは器の大きさが段違いである。是非とも男子諸君は女子たちの爪の垢を煎じて飲んでもろて。……え、ご褒美?


 何はともあれ、昼食を摂るには教室では注目を浴び過ぎてしまっているので、落ち着いて弁当を食べるのは難しい。どこか別の場所で食べるとしたら……うん、あそこが定番やな!!


 数瞬悩んだ末、俺は小泉さんに声を掛けて立ち上がった。



「じゃあ小泉さん、ここじゃあれだから違うとこ行こっか」

「はい!」



 二人で教室を出ていくと、小泉さんの足並みに合わせながらとある場所へ向かったのだった。



「———わぁ、気持ち良い風ですね!」

「小泉さんって屋上初めて?」

「はい。いつもは教室で食べてたので、なんだかとっても新鮮です!」



 そんなこんなで俺たちが移動したのは屋上だった。爽やかな微風がそっと頬を撫でる。七月らしいからっとした気持ちの良い天気なので、ここでならば落ち着いて昼休みの時間を過ごせる筈だろう。

 まぁ俺は小泉さんから色々質問されると思うと心落ち着かないんですけどね!!!


 その新鮮という言葉通り、小泉さんはそわそわしながら周囲をきょろきょろと見渡している。俺はそんな彼女を微笑ましげに眺めながら口を開いた。



「ここでなら、気兼ねなく小泉さんの目的が果たせるだろう?」

「それに二人っきりですもんね!」

「おっふ」

「さ、あっちでお弁当食べながらお話ししましょう!」



 どうやら今の所屋上には俺たちしかいないようなので、ある意味特等席と言える。途中おっふしてしまったが、小泉さんが指で示した屋上入り口から見て奥側のフェンス部分に二人で座るとなんとか平然を保ちながら弁当を食べ始める。もぐもぐもぐ。



「そのお弁当って、響野くんのお母様が作ったんですか? 肉野菜魚のバランスがとても良いですね」

「うん、特にサーモンハラスを焼いたやつが好き」

「美味しいですよねぇ、私も好きです」

「あ、そうなんだ。小泉さんの弁当も美味しそう」



 隣に並んで座る小泉さんの小さな弁当箱を覗き込んでみると、俺と同じく彩のバランスが良いおかずと白飯が詰められていた。たこさんウインナーにブロッコリー、焼き鮭、卵焼きにほうれん草の胡麻和えといった定番のおかずばかりである。


 俺のマミーが作ってくれた弁当もめちゃくちゃ美味しいし毎朝作ってくれることに感謝しているのだけれど、どうして美少女の弁当はこう目を引くのだろう?



「えへへ、ありがとうございます。実はこれ、私が作ってるんです」

「そうなの!? え、毎日!?」

「はいっ。どうしても時間がない時は冷凍食品ばかり詰め込んじゃいますが、今日はその……は、張り切っちゃいましたっ」

「うわー、すごいなぁ……。俺も妹の為によくスイーツを作るけれど、毎日は大変だぜぃ……?」

「響野くん、スイーツを作るんですか!?」

「あ、あぁ。昨日だったらミルクレープだったり、その前はプリンだったりかな」

「す、すごい美味しそうです……!」



 やはり小泉さんも女の子らしく、甘いものに目がないようだ。途端に瞳を輝かせているのは愛嬌か。小泉さんは料理が出来て、俺はスイーツが作れる。みんなえらい(えらい)!!


 言っておくが、俺はあくまでシスコンである。そんな俺がいくら彼女に告白されたとはいえ、そんな目で見つめられたら次のような言葉を口にしてしまうのは仕方がなかった。



「……もしよければ今度食べる?」

「良いんですか!?」

「まぁ妹に作ったスイーツの余りで良ければ、だけど」

「是非お願いします。スイーツとかお菓子大好きです」



 というわけで今度小泉さんにもスイーツをご馳走することになりました。このことを知られたら多分クラスメイトの男子に俺への恨みを込める用の藁人形を作られてしまうので絶対秘密にしようと思います(使命感)。


 すると、小泉さんは微笑みながら言葉を紡いだ。



「ふふ、それにしても響野くんは本当に妹さんのことが大好きなんですね?」

「そうだね、目に入れても痛くないくらい、とっても可愛くて大切な妹だよ」

「………………」



 しばらく無言の空気が二人の間に流れるも、それは小泉さんによって打ち破られた。



「ねぇ響野くん」

「ん、どうしたの小泉さん?」

「私、先程スイーツが大好きって言いましたが———勿論、響野くんの方が好きですよ?」

「……っ!」

「今はお友達として響野くんのお側に居ますが、それだけは忘れないでくださいね?」



 こそっと耳元で囁かれたので、俺は思わずどきりと胸が高鳴る。そう、今は彼女と友達として接しているが、大前提として俺は彼女に告白されているのだ。いくらシスコンな俺のことが知りたいとしても、妹が好きだと何回も訊いてしまえばもやもやしてしまうだろう。


 ———先程の言葉も、きっとそうだったから。



(うわ、うわうわうわっ)



 そう考えると途端に彼女がいじらしく感じてしまう。小泉さんの隣にいた俺はそれを理解してしまうと、ごくりんこと息を呑みながら素直に返事をするしかなかった。


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