第2話 シスコンと美少女、誤魔化し誤魔化され。
「あぁ、もう死んでしまいたい……」
下手すればある意味地元の人気者になりかけた次の日。俺は現在進行形で死んだ魚のような目で歩き慣れた通学路をとぼとぼと歩いていた。
天気は雲ひとつない快晴。普段であれば妹のパンツを大事に握りしめながらルンルン気分で登校しているのだが、残念ながら今日に至っては俺の心の中は土砂降りの雨だった。
それは何故か。
「それもこれも、全部昨日の変質者のせいだ……。あんなのがいたから俺は梓に嫌われちまったんだ……っ!!」
夜の街を巡回していた警察官に変質者と誤解されそうになったのは百歩譲っても良いとしよう。まさか襲われそうになっていた少女が実は同じクラスの清楚系美少女である小泉さんだったのはとても驚いたが、俺の渾身の身体を張った演技で可愛い子を救えたのならばなんの悔いもない。
……と思いながら逃走中に脱ぎ捨てた服や買い物袋を回収したのだが、急遽ここで問題が発生する。
———なんと袋に入っていたハーゲン○ッツが
手に持った容器越しに伝わるそのふにふにとした感触で俺は全てを理解した。神は俺を見放したと。財布に入った手持ちの軍資金が既に底を尽きた以上、新たに買い直すことは出来ないと……っ!!
おかげで昨日は大事な妹のキュートな表情を曇らせてしまった。今日に至っては「おはよう、お兄ちゃん」という挨拶がいつもより一オクターブほど低かったのできっと嫌われてしまったのだろう。
それもこれも全部あの憎き変質者のせいである。アイスが溶けたのも、そのせいでマイスィートシスターから失望されたのも、ついでに今日期末考査があるのに全然勉強が手につかなくなったのも、全部変質者のせいだ。
因みにだが、中で細菌が繁殖している可能性がある以上再冷凍はできない。仕方ないので罪悪感に塗れながらその溶け切ったアイスの液体を全部飲んだのだが、甘い筈なのに心なしか苦かった。
「……はぁ。まぁ今日はテストだから午前中だけの登校だし、帰ったら梓の好きなプリンでも作って許しを乞うとするか」
幸いにも今日のテストは三教科だけで、午後はテスト勉強の為に帰宅して良いことになっている。日頃から勉強はしているものの妹以外のこととなると途端に興味が失せてしまう俺。獲れる点数もたかだか知れているが、持てる知識を全て振り絞ってなるべく空欄にならないように頑張ろう。
そうして俺は家に帰ったらジャンピング土下座の練習と梓に捧げる愛のポエムを考えておこうと、そのままコンクリートの道を歩き続けた。
そして無事教室に到着。自分の席についてぐったりしようとしたところ、とある人物に話し掛けられた。
「おう拓哉、おはよう」
「うぃっすうぃっす」
「おん? どうしたお前、なんでそんなにきょどってんの? あ、もしかして今日のテスト自信ないんだろ〜? 大丈夫、俺たちは一蓮托生だ! 死なば諸共だぜ!」
「えと言わせてもらいますけど、それ貴方の感想ですよね?」
「……なんでひろ○き?」
「いや少しでも頭良く見せようと思って」
「手遅れだろ」
髪を茶色に染めたこの爽やか風イケメン野郎の名前は
知り合ったのは高校に入学してからだが、俺らは互いにシスコンにドルオタといった心から愛するものがある者同士。惹かれ合うものがあったからこそこうしてよく話すようになった悪友である。
……断じてバカ同士で波長が合った訳ではない。決して。
見た目と運動神経は無駄に良いので、そのステータス値をちょっとでも分けて貰えないだろうか。
「それよりも聞いたかよ」
「何を?」
「昨日の夜、この近くで不審者が出たんだってさ」
「………………へー」
その言葉を聞いた瞬間、思考が止まる。俺は思わずそっと目を逸らしてバッグから教科書や筆記用具を取り出すが、その手はわずかに震えていた。
「……因みにどんな変態だったんだ?」
「おっ、よく変態だってわかったな。それがさ、今日通学路を歩いてると警官が何人かパトロールしててさ。いつもなら大概一人だけなのに、何かあったのかと思って聞いたんだよ。そしたら昨日コートを着た露出魔がウチの制服を着た女子を襲おうとしてたみたいでよー」
「そ、そうか……!」
「いやなんでお前がホッとしてんだ?」
訝しげな表情を浮かべながらそう俺に訊ねる大司だったが、これが喜ばずにいられるだろうか。あの場で出来うることをしたとはいえ、昨日の俺の痴態がもし妹の耳にまで届いたら即刻舌を噛みちぎる自信がある。
俺の醜聞が広まらずに済んで良かった、と安堵していると大司は次のように言葉を続けた。
「あ、でももう一人似たようなやつにも遭遇したらしいぜ?」
「……うん?」
「なんでもパンツ一丁で出没したらしいが、女性物のパンツを頭に被ったやべぇやつだったみたいだ。明るい内ならまだしも、真っ暗なところで
「そ、そうだなぁ」
しみじみとそう呟く大司から再度視線を逸らす俺。運動をしていないというのに、額からは脂汗が滲んでしまう。
平静を保とうとしても視界が揺れる。その正体が俺だということがバレませんようにと心から祈っていると、教室の扉が開いた。
「あっ…………」
「おふ…………」
そこには昨日変質者に襲われそうになっているところを助けた、クラスメイトの小泉鏡花が立っていた。
すらりとした体型と絹のようなさらさらとした黒髪のロングヘアに整った顔立ち。
清楚然とした雰囲気を纏いながらも、普段から見せるあらゆる男子を魅了するであろうその柔和な表情は、今この時ばかりは何故かこちらを向いていて。
一体何度目かよくわからないが、思わず勢い良く目を逸らしてしまう。
(やばい、やばいやばい……! もしかして昨日のこと俺だってバレてる……!?)
確かに彼女を助けた直後、俺の名前を言い掛けたような気もするが、すんでのところで誤魔化したので何とかバレていない筈だ。
そもそもあんな黒歴史確定な奇抜な格好をするのではなく、もっとスタイリッシュ且つ優雅で華麗に助ける方法は他になかったのだろうか。
まったく誰だよ変質者には変質者なんて無駄に格好つけてハンムラビ法典持ち出したの。はい、俺ですね。
奇しくも視線を逸らしていても聴覚は冴えている。こつこつとこちらへと近づく足音が耳朶に響いた。
やがて、近くから小泉さんの可愛らしい声が聞こえた。
「あ、あの、響野くん! おはようございます!」
「……おはよう小泉さん、今日は良い天気だね! それじゃ、俺はこれからお花を摘みに———」
「昨日は、助けてくれてありがとうございましたっ!!」
「ふぁっつ!?」
なんだと!? やはり昨日のセカンド変質者が俺だとバレていたとでもいうのか!?
流石成績優秀な美少女小泉さんだ。衝撃的な事件に巻き込まれたとはいえ、昨日のあの短い時間で俺だと看破するなんて恐るべき識別能力である。
だがしかし、ここは多くの同級生が集う教室の中。真面目で大人しくて告白もされる程の美少女に対しこのままどういたしましてと肯定してしまえば、餌に飢えた狂犬の如く他の男子から嫉妬が集中砲火されかねない。
なので、ここで俺が取る選択肢は誤魔化すことだった。
「な、なんのことかな、小泉さん?」
「え?」
「俺は昨日の夜はずっと家にいて勉強してたよ。まぁ気晴らしにコンビニに出掛けたりしたけれど……。小泉さんとはまったく! 全然!遭遇しなかったよ!」
「そ、そうですか……。おかしいですね、私が聞き間違える筈ないのですが……」
「いやぁ人間誰しも間違える時あるよ! だって人間だもの!」
小泉さんはなんだか納得いかないような表情を浮かべているが、このまま押せば誤魔化せそうである。
おかげでバカみたいな返しをしてしまったが、もう一人の変質者の正体が俺であることがバレてしまうよりはだいぶマシだ。
「じーっ」
「あっはっは、大丈夫きっと疲れてるんだよ。なにがなんだかわからないけれどきっとそうに違いない! それよりもほら、今日はテストなんだからそっちに集中した方が良いよ」
「そう、ですね……。すみません、私の勘違いだったかもしれないです。テスト、頑張りましょうねっ」
そう力なく微笑んでぺこりと頭を下げて自分の席へと戻る彼女。心なしか罪悪感がむくむくと湧き上がるが背に腹は変えられない。
ほぅ、吐息を吐いていると今まで無言だった大司がウインクをしながら口を開いた。
「勘違いでも、可愛い子から話し掛けられて良かったな!」
「……ある意味お前が羨ましいよ」
「うわきもっ」
思わずはっ倒したく気持ちをグッと堪えながら俺はアルカイックスマイルを浮かべたのだった。
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