シスコンな俺、不審者に襲われているクラスメイトの心優しい清楚系S級美少女を助けたら惚れられて、いつの間にか溺愛されるようになりました。
惚丸テサラ【旧ぽてさらくん。】
第1話 目には目を、歯には歯を、変質者には———変質者を!!
「お兄ちゃんを頼ってくれて嬉しいなあ」
七月に突入して本格的な夏が始まりそうな暑さがとにかく目立つこの頃。俺、
「
夜の八時を過ぎているということもあり辺りは真っ暗。高校二年生という身分でこんな時間に出歩いているのは少々罪悪感があったが、マイスィート天使な妹から「アイス食べたいなぁ、おにーちゃん?」ときゅるんとした瞳でそう言われてしまったら無碍には出来ない。
結局少ない小遣いを
「喜んでくれるといいけど……おっとぉ?」
角を曲がるも俺は咄嗟に元来た道のブロック塀に身を隠す。そおっと顔を覗かせると、視線の向こうにはやはり先程と変わらない光景が広がっていた。
「ぐふふ……ど、どうだいお嬢ちゃん……僕のゾウさん大きいかい……?」
「い、いや…………っ!」
ぼんやりとした明かりを灯す電柱の下。そこでなんとコートを広げて全裸を
恐怖からか、少女は動けず涙目でふるふると首を振りながらか細い声をあげている。そんな女の子の反応を楽しんでいるのか、不審者は口角を上げながらじりじりと滲み寄っていた。
「えぇ、ガチぃ……?」
どうやら俺は痴漢という衝撃的な場面に遭遇してしまったらしい。動揺して思わず言葉を失ってしまう俺だったが、今にも現在進行形で少女が襲われそうになっているのは変わらない。
警察を呼ぶという考えが一瞬だけ脳裏をよぎるが、きっとそれでは間に合わないだろう。きょろきょろと周囲を見渡すが、人通りが少ないのか残念ながら通行人や車などの気配はない。こちらに到着するまでの間に変質者にあーんなことやそーんなことをされてジ・エンドである。
「……どうしよ」
今更言うまでもないが、俺はシスコンである。もし愛する妹が目の前で襲われそうになっているのならば全身全霊で暴漢や犯罪者にも立ち向かうが、そうでないのならば極力関わりたくはない。
しかし、しかしだ。俺はいつだって妹に誇れるお兄ちゃんでありたい。目の前で困っている人に手を差し伸べなかったと知られれば、梓に軽蔑されてしまうこと間違いなしだろう。
ならば、ここで素通りするのはあり得ない。頼もしくありたい兄としてはその選択肢は絶対にノーである。
「……よし」
そう小さく呟いた俺は持ち物を確認する。先程コンビニで購入したアイスにスマホ、財布、そしてごそごそとズボンのポケットを弄ると———その手には妹のパンツがあった。ピンクの、真ん中に小さいリボンがついた可愛らしいパンツである。
いつもお守りとして妹の部屋から拝借して毎日持ち歩いているそのパンツを、俺はぎゅっと握りしめながら強く思う。
(俺に勇気をくれ、梓……!)
何はともあれ、今すぐこの状況をなんとかしなければいけないだろう。漫画やアニメなどではここで颯爽と登場して不審者を殴って撃退するというのが定番であるが、なにぶん俺はただの高校生。不審者の前に出ても、残念ながらへにゃちょこパンチしか繰り出せない。
———ならば、俺の考えうる撃退方法は一つ!
「目には目を、歯には歯を、変質者には———変質者を!!」
そう思い立った俺は、早速行動に移した。
◆
なんて厄日なのだろう。
今にも襲い掛かろうと滲み寄る変態を目の前に、私、
「いひひひ、さぁお嬢ちゃん……僕と一つになろうねぇ…………!!」
「き、気持ち悪いです……っ! 来ないでくださいっ!!」
「あぁ良いよぉ、その蔑んだ視線が僕を興奮させるぅぅぅっ」
私の目の前にはコートを広げて身体をクネクネとさせている気持ち悪い男が、はぁはぁと息を洩らしながら顔を赤らめています。何が面白いのかわからないけれど、ニタニタと笑みを浮かべている姿は不快。ただただ気持ち悪いし、とっても怖いです。
(どうして、こんな目に遭わないといけないんですか……っ?)
部活に所属していない私は高校が終わるといつも通り塾へと向かいました。そして帰り道にそれは起こったのです。
普段であれば電柱が多く立ち並ぶ比較的明るい道を通るのですが、ここのところしばらく勉強漬けで寝不足だったのです。なにせ明日は高校の期末考査。早く家に帰ってリラックスしながら寝たいと思い、近道である静けさが目立つこの薄暗い道を通っていたのですが、そもそもそれが間違いでした。
これまで何度か通ったことがある道だから大丈夫だろう。そういった慢心が今回の悲劇に繋がってしまったので、ひたすら後悔しかありません。
人は突如衝撃的な場面に遭遇すると、頭が真っ白になって咄嗟の判断が出来なくなる。それを今回身を持って初めて知りました。
「ひっ」
「さぁ、もう逃げられないねぇ」
今まで懸命に恐怖に耐えながらなんとか足に力を入れていましたが、どうやらもう限界みたいです。ぺたりと尻餅をついてしまうと、露出魔の別に見たくもなかった、汚らしいゾウさんがますます視界に入ります。自然と顔を顰めてしまいました。
「やっとだぁ……! お嬢ちゃんの柔肌ぺろぺろしちゃうぞーー!!」
「きゃあーーーーーっ!!!」
もうダメだと思った瞬間、暗がりの向こうからチャリン、と音が響きました。まるで地面にお金の小銭が落ちたような、そんな金属音。
チャリン。チャリン。チャリンチャリン。チャリンチャリンチャリン。
「な、なんだ……?」
「……?」
目の前の露出魔もその音が耳に届いたのでしょう。私に伸ばす腕をぴたりと止めると、戸惑いを隠そうともせず訝しげな表情をそちらへと向けます。
涙を浮かべながら私もその方向へ視線を向けると、うっすらとした暗がり、その先に誰かが佇んでいました。
(もしかして、通行人の方ですか……っ!?)
これまで絶望しかなかったのに、私の胸の内には希望の光が差しました。私は思わず咄嗟に助けを求めます。
「た、助けて……っ!」
他の人を巻き込んでしまうことに罪悪感を感じますが、背に腹は変えられません。
こちらへ歩みを進めているのか、暗くても次第にその姿が鮮明になっていきます。男性か女性か不明ですが、不安や緊張が少しだけ和らいだ気がしました。
———そして、私は再び頭が真っ白になりました。
何故なら視線の先には、頭に女性物の下着を被った、下半身はボクサーパンツのみという第二の不審者が現れてしまったからです!
「………………」
「………………」
目を見開いて絶句しながら露出魔と共に動けずにいると、直立不動だった不審者が突然両腕をだらんとしながら膝を深く曲げました。
そうして次に首をこてんと曲げると———なんと頭を左右に振り乱しながら、なんとも説明し難い滑らか且つ気持ち悪い動きでチャリンチャリンと小銭を落としながらこちらに迫ってくるではありませんか!!
「アァァ⤵︎アァァァ⤴︎アァァ⤵︎アァァァァ⤴︎!!!」
「「ぎゃあああああああああ〜〜ッ!!!!!!」」
奇声を上げながら緩急をつけてこちらに向かってくる第二の不審者に対し、思わず私たちは声を大にして悲鳴をあげてしまいます。全く嬉しくありませんが、奇しくも露出魔と思いが重なった瞬間でした。
「へ、変態だ〜〜〜〜〜っっ!!!!!」
露出魔は第二の不審者がこちらに走り出すと、そう叫びを上げながら脱兎の如く逃げていきました。一難去ってまた一難。私も逃げ出したい気持ちで山々でしたが、足に力が入りません。
やがて顔を正面に戻すと、目の前にはその第二の不審者が立っていました。再び視線の先に広がる、先程の露出魔のものとは大違いのそのボクサーパンツ越しのゾウさんの大きさに私は思わず顔を赤らめてしまいます。
私は動揺を悟られないように、地べたに座り込みながらも頭に下着を被った不審者を睨みつけます。すると、こちらを見下ろした目の前の不審者から声が発せられました。
「……え、小泉さん?」
「え……っ?」
私の名字を呼ぶ、とても聞き覚えのある声。というか、この深みのある暖かな声色を持つこの声の主は同じクラスの響野くんでは?
私と同じ高校二年生の響野拓哉くん。成績も運動神経も至って普通の男子高校生で、明るい性格と人懐っこい笑みで常に多くの友人に囲まれている人気者。自他ともに認めるシスコンということですが、何があっても妹さんを優先するとっても妹思いの優しい男の子と記憶しています。
緊張してしまうので実際に教室では大してお話をした事はありませんが、声が私の好きな声優さんとそっくりなので先程の奇声はともかく、普通の話し声なら一瞬で判別がつきます。
……彼が教室で口を開く度に聞き耳を立てていたのは内緒です。
「ご、ごほんっ。———大丈夫だったかい? お嬢さん?」
「はうっ……あのっ、もしかして、響野く———」
「あっはっは、知らない子ですねえ!!」
どうやら響野くんは自分の正体がバレるかと思い焦ったのでしょうか。彼は私の声を遮るように一際大きい声でそのように言い放つと、私を安心させるような声音でそのまま言葉を続けます。
「さ、もう大丈夫だからお家へお
「そこで何をしてる?」
彼がこちらに手を差し伸べようとした瞬間、ライトの光が私たちを照らします。正直とても眩しいです。どうやら辺りを巡回していた警察官のようで、自転車に跨りながらこちらに光を向けていました。
ある意味、タイミングが悪いですね。
涙目で座り込む私に、明らかに変態の格好をした不審者。短い間固まっていた警察官の方ですが、すぐさま状況を把握したようです。
「逮捕ーーーーー!!!!!!」
「誤解ですぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
彼が走り去る方向へ自転車で追跡しようとしていた警察官の方ですが、どうやら私の安否を優先してくれたようです。彼を追うのを諦めると、私の方へ心配そうな表情を浮かべて近寄ってきました。
「大丈夫でしたか? 怪我はありませんでしたか?」
「はい、大丈夫です」
こうして、無事私の身柄は保護されたのでした。
(あぁ、響野くん)
どくんどくん、と熱く高鳴る胸の鼓動はきっと気の所為ではありません。彼の格好がどんな物であれ、襲われている私を助けてくれたことに変わりはない。今まではただ彼のことが気になっていただけでしたが、この出来事でようやく感情の輪郭がはっきりとしました。
これまで生きてて十余年———どうやら私は、初めて恋をしてしまったようです。
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