第15話 分裂

「もうあの三人が行ってから一時間以上経つよ。まだここでずっと隠れているつもり?」

 落ち着かない様子で佐野が愚痴をこぼした。

「確かにやつら遅いな。仲間割れでもしたか……」

 宇佐美も、ここでじっとしているのにうんざりしている様子だ。その時、もどかしい思いで二人の話を聞いていた中堂がソファから立ち上がった。

「そんなことより、僕はこれ以上変な事に巻き込まれるのはいやですよ。この際、賞金は諦めてみんなで逃げましょうよ! みなさん、そう思いませんか!」

 ぽかんと口を開けて気絶している加藤を気にしながら、中堂がヒステリックな口調でせきをきったように話し始めた。

「まだそんな事言ってるのかよ。逃げたいなら逃げればいいだろ。別に引止めねえからさ。くだらないことで口だすのやめてくれる?」

 話の腰を折られた宇佐美が、迷惑そうな顔を中堂に向けた。

「あいつらは私達の行動を全て監視してるんだよ、逃げられる訳ないだろ」

 真樹が口元から吐き出したタバコの煙を目で追う。

「確かに賞金は欲しいですよ! だけどここは危険過ぎます!」

 中堂はのどが渇き口の中が粘ついているのに気づいた。

「まあ、あんたが運良く外に逃げられたとしても、半殺しのリンチに合うんだけどね。これがただのゲームじゃないのはさっき来たメールで解ってると思うけど?」

「ですが、こんな事って!」

 中堂は続けて何か言おうとしたが言葉が見つからなかった。

「郷に入れば郷に従えって諺もあることだし、ここは素直に賞金探しに集中したほうがいいんじゃないの?」

 宇佐美はなぜか眉間にしわを寄せて苦悩している中堂が滑稽に見えて仕方がなかった。

「それより先に行った連中がどうしてるかが気がかりだな。見つけた金の奪い合いでもしてるのかもしれないしな……」

 唇にひとさし指を当てて宇佐美はこれからの計画に思いを巡らせた。その時、沈黙を守っていた佐々木が口を開いた。

「ここで待っているのはもう必要ないと思いますよ。ゲームの制限時間も迫っていますし、早くお金を探しに行きましょうよ。誰かこの中で、私と一緒に賞金を探しに行きたい方はいませんか」

 何もせず待つことに限界が来ていた佐々木が、丁寧な言葉使いで四人に問いかけた。数秒の沈黙の後最初にその言葉に反応したのは佐野だった。

「もういい加減ここにいるのにも飽きたし、私は一緒に行くわ。見たところあなた、多少はまともそうだしね」

 すぐにでも金を探しに行きたかった佐野は、待っていましたとばかりの返事をした。

「信用してくれていいですよ」

 信者を見つめるときの慈悲深い表情で佐々木は佐野に微笑んだ。

「行きましょうか」

 落ち着いた雰囲気を漂わせて佐々木は立ち上がった。ぐるりと辺りを見回し、不審者がいないか念を入れて確認する。どんな状況でも、自分を信じてついて来てくれる人がいるのは気分が良かった。いつの間にか根拠のない自信が、佐々木の頭に膨らんできていた。

「私を信じてくれれば、きっと全てがうまく行きますよ!」

「そうお?」

 佐野のいぶかしい返事に応えるため、佐々木は勇気を振り絞って歩き始めた。

「ちょっと、待ってくださいよ! 僕も一緒に行きますから!」

 中堂の声が二人を引きとめた。

「なに、あんた逃げるんじゃなかったの?」

「せっかくここまで来たんだから最後までやりますよ。こんな山奥まで来て丸損なんていやですから!」

「どうでもいいけど、あんた、言うことがいちいち説明っぽいんだよね」

 気まずそうに立っている中堂に、佐野はあきれ顔だ。

「俺は一緒には行かないぜ。どうもお前は信用できねえ」

「いいですよ。私もあなたが、どういう方か分かりませんから。さあ、行きましょう!」

 佐々木は突き放すような言葉使いで宇佐美に答えた。この話し方は信者を突き放すときによく使っていた言葉だ。佐々木を先頭に佐野、中堂の三人が再び歩き始めた。

「ところであんたはどうするつもりだよ?」

 いっこうに慌てる様子のない真樹に、用心深く宇佐美は探りを入れてみた。

「私はここにいるよ。井上は最初から私達をリンチするつもりなんだよ。金だってどこあるか分からないし。上に行ったら誰かにやられるのが落ちさ」

 真樹は冷めた声で宇佐美に答えた。

「あんたは女だから、マワされて薬打たれるくらいで済むかもしれないけどな…… だけど男の俺は半殺しに会うのは目に見えている。俺は行くよ。じゃあな」

「好きにしな。忠告しておくけど、やられる前にやったほうがいいよ。覚えておきな!」

「わかったよ!」

 黄色い上下のジャージ姿の宇佐美はそそくさと佐々木の後を追って行った。

「ほんと、何も解ってないね……」

 一人残された真樹は空虚な目で誰もいないラブホテルのロビーを眺めた。飽きるほど数多くのラブホテルに今まで行ってきたが、こんな孤独な気分になったのは初めてだった。

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