第14話 共謀~加奈と遥

「おーっ! なかなかいい部屋じゃん」

「私達先にシャワーを浴びてるから、後から入ってきて。遥行きましょ」

 加奈は握っていた遥の手を引いて浴室に向かって歩き始めた。内藤は血の着いたバットを右手に持ったまま、ベッドの上に大の字になった。

「用意が出来たら呼ぶからねーっ」

 内藤の機嫌を損ねないように、加奈は言葉を選んで言った。彼氏に話しかける時と同じように語尾を上げて甘えた声を強調した。すると直ぐに遥の方に向き直った。

「今まで黙ってたけど、私、ナイフを持ってるの……」

 ピンク色のぴったりとしたキャミソールに両手をかけながら加奈が遥に耳打ちした。

「えっ?」

 服を脱ぎ下着だけになっていた遥は目を丸くした。

「私があいつを誘ったのはわざとなの」

 加奈はブルーのホットパンツのポケットからハンカチに包んだナイフを取り出した。

「私達が力をあわせれば、あいつを動けなくするくらい出来ると思うの。協力してくれない?」

「えっ! 何するんですか?」

「あいつが裸で中に入ってきたら、あいつの前に立って体を洗ってほしいの。私は後ろから体を洗う振りをして、あいつの足を刺すから…… そうすれば私達を追ってこられないでしょ……」

 加奈はブラジャーを外し、ショーツを脱いだ。化粧台に置かれたタオルを手に取り、素早く持っていたナイフをその中に隠した。

「いい?」

 加奈が遥の腰に手をまわした。

「――うまくいくかしら?」

 不安そうな顔をして遥が自分のタオルを手に取った。白で統一された広いバスルームに入る。長い間使われていなかったタイルが熱い。

「このままだとあいつに犯されちゃうよ。それでもいいの? いやでしょ? 私は絶対にいや。この体は全部ヒカルのものなの。私、ヒカルと約束してるの。ただで他の男には絶対やらせないって……」

 蛇口をひねる。熱いシャワーが二人の汗ばんだ肌の湿り気を洗い流す。

「私も知らない男にレイプされるのは絶対いや…… わかったわ、あいつの注意を引けばいいのね?」

「きっとうまくいくよ!」

 二人の視線が重なった。

「体洗ってあげるから、こっちに来ない?」

 加奈は大きな声で内藤を呼んだ。

「おうっ!」

 待ちくたびれた声で内藤が答えた。荒々しい靴音がこちらに近づき、金属バットが壁に立て掛けられる音がした。

「おおっ、かわいい下着つけてんじゃん!」

 着ている服を脱ぎながら、内藤がふざけて言った。自分の姿が鏡に映る。目だけが異常につり上がった痩せた男がそこに立っていた。にっと笑ってみる。その微笑は内藤自身が見ても、悲しく異様で凶暴な顔をしていた。

「さあ、楽しもうぜ!」

 シャワーの白い湯気が立ち込めるバスルームには、笑顔の加奈と遥が立っていた。

「部屋の中は熱かったでしょ? 体を洗ってあげるね」

 約束どおり遥は内藤の前に立って体を洗い始めた。

「なかなかいいんじゃない? なんだかデリヘルで女二人呼んだみたいだな!」

 上機嫌になった内藤の表情がゆるんだ。

「私は背中から洗ってあげるわ」

 遥は足元に置いてあるボディシャンプーをタオルに含ませる真似をした。同時にその中に隠してあった鋭い刃先のナイフをつかんだ。

「私、体洗ってあげるのうまいんだから」

「へえーっ、じゃ頼むぜ!」

 振り返らずに答えた内藤の右足の太ももに、加奈は思い切りナイフを突き立てた。

「えっ!」

 内藤は酸素不足でひきつけを起こしたような声をだした。太ももに刺さったナイフの所から真っ赤な血が溢れでてくる。加奈はすかさず引き抜いたナイフを、今度は内藤の腰のつけ根に突き刺し、そのまま体当たりして、お湯の入っていない空の浴槽の中に突き落とした。

「おまっ!」

 足元をすくわれるかたちで、上半身から浴槽の中に倒れ込んだ内藤は、反射的に右手を浴槽の底に伸ばして体を必死に支えた。全体重が右手にかかる。手首に激痛が走り、ごきっと関節のずれる音がした。

「いってぇーっ!」

 二箇所のナイフの傷口と変な方向に曲がった右手首の痛みが、血だらけの下半身を駆け巡った。

「てめぇーらーっ!!、ぶっ殺してやる!」

 内藤はすぐに立ち上がろうとしたが、腰と太ももから流れ出す血液が、その力を大幅にそいでいた。

「ひっ、卑怯な連中めっ!」

 浴槽に両手をかけ、震える両足を踏ん張る。内藤は気絶しそうな痛みをこらえて立ちあがると、目の前で震えている遥に襲いかかった。

「いい気になるなよっ!」

 内藤は全身が硬直して身動きできない遥の頬を思いきり殴りつけた。

「きゃっ!」

 何が起こったのか分からないまま遥は数歩後ろによろめいて力なく崩れ落ちた。

「遥!!」

 加奈はとっさにナイフをもう一度内藤のわき腹に突き刺した。さらに壁に掛けてあったシャワーヘッドをつかみ、内藤の顔めがけて振り下ろした。硬い合成樹脂の角が内藤の鼻の軟骨を砕き割った。生暖かい鼻血がどっと噴出した。

「てめーとなんか誰がやるかよっ! 遥、大丈夫!?」

「――なんとかね……」

 加奈は呆然と床に座り込んでいる遥の手をとってバスルームを飛び出した。

「うぉおーっ! 待てぇやー、お前らあとで絶対見つけて殺してやるからなっ!」

 悲鳴を上げる内藤を後に、二人は洗面台の横に置いた服を素早くつかんだ。

「あれだけ怪我してれば、走ることは出来ないと思うけど、早く逃げよっ!」

「うん……」

 激しい息遣いをしてもがく内藤の声がバスルームから部屋中に響く。腰と太ももと砕けた鼻から流れだした真っ赤な血が排水溝に飲み込まれていく。

「服は後で着ればいいよねっ!」

「わかった」

 二人は勢いよく部屋のドアを開けた。

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