第13話 暴発

「八階まで探しても、どこにもねえじゃねーかよ、畜生! ふざけやがって! どこに隠してんだよっ!」

 熱気を帯びた息を吐きながら内藤が怒りに震えて叫んだ。

「俺の調べた部屋に金はなかった。とするとあいつらの持ってる鍵の部屋のどこかか? ぐすぐずしてると先に金を持って行かれる! 何とかしねえと……」

 内藤は部屋の隅に不自然に立てかけてあった金属バットをつかんだ。

「そうか、迷うまでもねえ。あいつらの持っている鍵を全部横取してやる! そうすれば金は自動的に俺のものだ! 絶対に金は渡さねえ!」

 猿の遠吠えのような甲高い奇声を上げて内藤は廊下に出た。

「こんな物いるかっ!」

 804と刻印された透明なオレンジ色の棒付きの鍵が思い切り床に叩きつけられた。

「どいつもこいつも俺を人間のクズ呼ばわりしやがって!」

 内藤はピンク色のカーペットが敷き詰められた床に大きな音をたてて唾を吐いた。右手に持った金属バットが小刻みに震えている。

(思い知らせてやる、この俺が一番だってことをな! あいつらどこだ……? きっとまだその辺をうろうろしてるに違いねえ。群れる事しか出来ねえ能無しやろうどもめ!)

 その時、ポケットにしまい込んだ携帯電話が、内藤の殺気に呼応するように震えた。

「こんな時になんなんだよ! また俺をコケにしたメールならただじゃおかねえからな!」

 怒りに震えた声をだして、内藤は受信したメールを開いた。

「何が書いあるんだ?」

 メールの文面を目で追う。すると全身から殺気をみなぎらせていた内藤の様子が少し変化した。

「ははっ、外の連中なかなか気が利くじゃん。あのむかつくヤクザ野郎がいる場所教えてくれるなんてよ」

 受信したメールには階段を上ってくる中谷と、その後を着いてくる加奈と遙の画像が添付されていた。

「あいつらすぐ下に来てるのか……」

 しかし内藤の機嫌がよかったのは最初だけだった。メールを読み進めていくうちに、その顔はみるみる元の凶暴な顔つきに戻っていった。そこには、中谷達三人が内藤を変質者呼ばわりして笑いものにしていると、ことさら大げさに書いてあった。その陵辱的な表現は、凄まじいほどの下品な言葉の羅列で、読んでいる内藤自身も目を疑いたくなるほど凄惨なものだった。

「人のことを化け物呼ばわりしやがって!」

 素早い身のこなしで、内藤は上がってきた階段の踊り場まで走り戻った。

「この俺様を怒らせるとどうなるかたっぷり教えてやる……」

 首を曲げて上下の階段に人の気配がないか確かめ、さらに両耳から聞こえて来る音に意識を集中させた。すると下の階の方向から、かすかに靴音と人の話し声が聞こえてきた。

(めーっけ、すぐ挨拶に行ってやるから待ってろよ!)

 嬉々とした笑みを浮かべて内藤は階段の踊り場から下を覗きこんた。物音をさせないように細心の注意を払いながら階段を下りていく。

「あの声の大きさなら、すぐ下の階だな……」

 踊り場の階数の表示が『7』になる。次第にはっきりと人の話声やドアを開け閉めする音が耳に入ってきた。内藤は壁に隠れるようにして、部屋の並んでいるフロアを注意深く観察した。じっと吹き出る汗を堪えること数分、エレベータに近い部屋のドアが突然開いた。ドアから出てきたのは背の高い黒いシャツの中谷とその横に遥、後ろに加奈だった。

「やっと出てきたか。次はどの部屋にはいる……?」

 中谷達は廊下で次に調べる部屋の鍵を確かめている様子だった。加奈が自分のもっていた鍵を中谷に手渡すと、内藤が隠れている非常階段から一番離れている部屋のドアを開けた。

「次に探す部屋はそこか!」

 ドアが閉まり、三人の姿が見えなくなる。内藤は体を起こし、中谷達が入っていった部屋に向かって音を立てずに近づいていった。

「まず、あのヤクザ野郎を先にやらねえと気がすまねえ」

 内藤はドアの向こう側から洩れてくる三人の物音に意識を集中させた。

「ドアが開いたときが勝負だ……。しくじらねえように……」

 金属バットを握る両手に力が入った。静まり返った廊下で、内藤は声を殺してドアが開く瞬間を待った。

「あいつら中でヤッてるんじゃねえだろうな?」

 緊張の中で言った冗談にニヤついた時、ガチャリとドアが開いた。同時に中谷の声が聞こえた。

「これで六部屋目だぜ。いくら探しても見つかりゃしねえ!」

「そんなこと私に言ってもしようがないでしょ。早く次の部屋探しましょ!」

 中谷の言った文句をさらりと加奈が受け流す。その同じ時、三人はドアの裏で内藤が金属バットを頭上高く構えている事など知るよしもなかった。思い切り力を込めて中谷の頭に金属バットを振り下ろす。ごんっと音がした。中谷は頭を押さえて数歩前によろめき、声もなく床に倒れ込んだ。

「うぉーーっ!」

 内藤は床に倒れた中谷の頭を狂ったように何度も叩いた。呆然とその光景を見ていた遥と加奈はその場に立ち尽くし、身動き一つ出来なかった。

「バカが、くたばりやがったか……」

 内藤は肩で息をしながら頭が血だらけの中谷を罵った。ぴくりとも動かない中谷から視線を外す。持っていたバットの先を、背中越しに見ていた遥と加奈に向ける。

「お前ら、持ってる鍵を全部俺によこせ! あと俺の金探し手伝ってくれるよな? いやとは言わせないぜ!」

 二人は無言で深く頷いて、ぴったりと寄り添い硬く手を握り合った。その姿は仲のよい姉妹を内藤に連想させた。

「そんなに怖がらないでさ、仲良くやっていこうぜ。とりあえず金が見つかるまでは、何もしねえよ、感謝しな!」

 内藤は邪悪な笑みを浮かべ、二人の体をなめるように見つめた。

「何でも言って、私達が出来ることなら何でもするから……」

 加奈は意味深な言葉を内藤に投げかけてみた。

「そう来なくちゃ! 俺も疲れたし、この辺で休憩でもするか。せっかくラブホにいるのに、金探すだけじゃ面白くないだろっ? さっき、お前達が出てきた部屋に戻って一緒にシャワーでも浴びようぜ!」

「そうね、私も汗で下着までびしょびしょだから一緒にあびましょ。遥もいいよね?」

「え? ――うん……」

 遥は加奈のあまり変わり身の早さに戸惑っていた。ついさっきまで中谷と仲良さそうに話していた加奈の面影が全くない事に気づいたからだ。

「うれしい事言ってくれるじゃんっ。マジに燃えてきたぜ。中に入りなっ」

 二人の背中を内藤は軽く押した。

「そんな急がなくていいじゃない。時間はまだあるんだからさ」

 後ろを振り返りながら加奈は微笑した。


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