第8話 56個の鍵
「――一人減ったか。さあ次はどうする?」
タオル地のチェック柄のハンカチで宇佐美は顔の汗を拭った。
「このホテルを外から見たけど、確か八階建てくらいだったわよね?」
引く様子のない汗を無造作に拭き続ける宇佐美に、真樹が確認するように言った。
「そうだったような気がするけどな」
「あと、部屋の鍵は全部開いているのかしら? もし全部閉まっていたらどうする?」
「ありえるな。外の奴らならそれくらいしててもおかしくねえ……」
「まず部屋の数を確認しておこうぜ!」
短く刈り込んだ頭をした内藤が、各部屋を予約する番号の押しボタンを右上から数え始めた。
「私も数えよっと!」
唇を尖らせて加奈も部屋のボタンをひとつひとつ数え始めた。二人の様子を見ながら宇佐美は灰皿を握った真樹に話しかけた。
「金は何処に隠されていると思う?」
「まあ、上の方にあるのは間違いと思うわ。ひねくれた隠し方してるんじゃないの」
「部屋の数はいくつある?」
「全部で五十六部屋、ワンフロア八部屋ってとこかな」
面倒くさそうに内藤が答えた。
「このホテル古そうだから部屋は鍵で開けるんじゃないかしら?」
遥はホテルのフロントに入るドアを開けて鍵を探し始めた。
「あった! 遥って勘がいいと思わない?」
「鍵は全部揃っていますかね?」
白い詰襟のスーツを着た佐々木は、いかにもという落ち着いた声で遥に問いかけた。
「たぶんね。私は八階の鍵を貰っておこうかな。残りの鍵はあなた達にあげる」
手際よく目当ての鍵を取るとフロントの部屋から出てきた。
「俺も鍵を貰わなくちゃ。八階に隠してるとは限らねえ!」
先を越されたと思った内藤が加奈に続く。
「おい待てよ! 鍵は公平に一つずつ順番に取っていかないか?」
すぐにでも鍵を取りに行きたい宇佐美だったが、大人の分別を建前に、状況を自分の方に引き寄せたいつもりだ。
「なんでだよ、俺はいやだぜ!」
「ちょっと待ちな! あまり勝手なことばかり言うとあの男みたいになるよ!」
真樹が細い眉を更につり上げた。
「何だ! てめえ脅してるつもりかよ!」
「あまり調子に乗るなよ、ガキ! あの男の言う通り一つづつ取ることにしなよ。さもないと血を吐いて倒れてるあの男みたいになるよ」
真樹はガラス製の灰皿をこれ見よがしに内藤の目の前にかざした。
「俺もそう思うぜ」
今まで黙っていた中谷も口を開いた。
「けっっ! 大人ぶりやがって! わかったよ。一つづつ取ればいいんだろっ!」
「分かったら壁にかけてある鍵を全部こっちに渡してもらおうか」
文句を言いながら内藤は壁にかけてある部屋のキーを手際よく集めはじめた。
「ちゃんと俺にもよこせよ! くすねるんじゃねえぜ!」
円筒形のプラスチック製のゴミ箱に部屋番号のプラスチックの棒が付いた鍵が投げ込まれていく。部屋を出てきた内藤は、八人の目の前に鍵の入ったごみ箱を置いた。
「悪いな、兄ちゃん。あとはさっき、あんたが先に取った鍵も入れてくれないかな? いやとは言わせないぜ、お姉さん?」
中谷は視線を加奈に向けた。
「分かったわよ、つまんないの!」
「それじゃ気を取り直して鍵を取っていこうぜ、一つづつな。まず俺からっと! それと鍵を取るときはゴミ箱の中は見るなよ。これは俺が追加した新ルールだからな!」
ごみ箱の中をかき混ぜながら内藤は三回目にひとさし指に触れた鍵を握った。
「さあ、何階の鍵かな?」
内藤は鍵を握った手をゆっくり開いた。
「やった、八階の鍵だぜ! ラッキー!」
「次は私が引く番よ!」
加奈は目を閉じてぶつぶつと何か呟いてゴミ箱に手を入れた。
「八階の鍵が当たりますように……」
じゃらじゃらと鍵をかき混ぜて、おもむろに鍵を一個つかみあげ、目の前にもってくる。
「なんで三階の鍵なのよー!」
期待はずれの鍵の番号に加奈は唇を尖らせた。
「次は誰が引く?」
腕組みをしてその様子を見ていた中谷は、プラスチックのゴミ箱を靴で軽くつついた。
「あんた引きなよ。その後はスタートした時に、名前を呼ばれた順番に引いていくからさ」
興味なさそうに真樹が答えた。
「そうか、じゃ、引かせてもらうぜ……」
筋肉質の太い腕がゴミ箱に伸びた。
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