第9話 セカンドメール

 九人が五十六個の鍵を一個づつ引いていくのに要した時間は十分もかからなかった。

「これでゴミ箱の鍵は全部なくなったわね」

 六個の鍵を掌にのせた真樹が確認するように言った。

「さあ、これからどうする? 仲良くみんなで探すか、それとも別れて探すか……」

 中谷は目の前にいる八人の参加者をぐるっと観察してみたが、自分より体力のありそうな参加者は見当たらなかった。ひとり背の高い若い男はいたが、けんかになれば余裕で勝てるとふんだ。その時、中谷のはいているスラックスの右ポケットの携帯電話が三回震えた。さっき受信したメールが加藤という男の犯罪履歴のメールだったとすると、今度もまた誰かの秘密を暴露したものと考えるのが筋だろう。

「また外のやつらからメールが来たみたいだぜ。今度は誰の秘密が書いてあるんだろうな? まさか俺なんていうオチはやめて欲しいぜ……」

 興奮気味の声で中谷は受信したメールを開いた。

「――えっーと、今回メールに書いてある人は内藤さんか。ああ兄ちゃん、あんたのことね」

 さっと内藤の顔が青ざめた。今まで仲良く隣に並んでいた参加者の驚きが、一瞬の沈黙に変わった。

「おっ、おもしろい事書いてあるじゃん! 読んでいい?」

 いたずらっぽい目をして、中谷が口元に笑みを浮かべた。

「うっせーなー、そんなに読みたきゃ、さっさと読めばいいだろっ!」

 狼狽した内藤の感情は羞恥心と憎悪に震えていた。まるで極端に落ちた成績表を、意地悪な仲の悪いクラスメートに見られたような気分だ。

「じゃ、読ませてもらおうかな。みんな、ちゃんと聞けよ。えーっと、まず内藤君は年少から出てきて、まだ三ヶ月もたってないですね。なんで少年院に入ったかというと、女の子の前ではあまり言いたくないんだけど、やった犯罪は強姦罪です。なんと年頃の女の子を三人犯しちゃってます。ははっ、お前すげーことやるなー。まあその陰気な顔じゃ、女つくるのは無理だろうけどな」

「てめーっ! うるっせーんだよ!」

「おー、おー、怖いねー、少年! 俺もいろいろ悪いことはしてきたけど、お前みたいなゲスなことはしなかったぜ。そういう、女を脅してまでやろうっていう根性が気にいらねーし。みんなこの変態野郎どうする? 俺としては半殺しにしたい気分なんだけど」

 中谷は血のべったりついた灰皿をもう一度手に取った。

「さっきの男みたいに動けないようにしたほうがいいんじゃない? あとで何されるかわかったもんじゃないよ!」

 佐野が警戒心をむき出しにして、中谷の後ろから激しく囁いた。

「あの人怖いー! きゃっ、こっち見たー。いやーっ!」

 わざとらしい驚き方の加奈も、ぴったり中谷に寄り添っている。

「人数が多いからって、いい気になんなよっ!」

 強がる言葉とは裏腹に、内藤はすぐにでもこの場を逃げ出したくてしようがなかった。

「てめえ、粋がってんじゃねーぞ! おらっ!」

 中谷は大きくガラスの灰皿を振り上げて内藤を威嚇した。

「うっせーなー、俺はお前と違って、ここにけんかをしに来たんじゃねーや。俺は金を探しに来たんだ。つまんねえ事でつっかかってくるなよな。もう、俺は行くぜ!」

 今にも襲い掛かってきそうな中谷を尻目に、内藤は緊張してもたつく足で後ずさりを始めた。

「なんだカマ野郎、お前逃げるのかよ? いい加減、見下げ果てたやつだな!」

 口げんかだけのあっけない幕引きに、中谷は肩透かしをくった感じになった。

「ほざいてろ! 後で会ったら、お前らみんなボコボコにしてやるからなっ!」

「いつでも来いや! けど、今度あった時はマジで半殺しにするからな、覚悟しとけよ!」

 中谷はすぐにでも殴りかかりたい衝動に駆られたが、周りにいる参加者に気兼ねしてこの場は怒鳴り声で威嚇するにとどめた。。

「ゲスやろうが、逃げてんじゃないよ!」

 真樹が内藤をゴキブリでも見るような目つきで罵った。

「やだー、あいつ超かっこわるいのー!」

 加奈は極度に狼狽した内藤の様子を面白がって、わざとらしい声でからかいはじめた。

「ふざけやがってっ!!」

 内藤は捨て台詞を残して、その場を立ち去った。廊下を蹴る内藤の靴音が、しんとしたホテルに響き、やがて小さくなり消えていった。

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