第6話 ファーストメール
九人がホテルの入り口のドアを開ける。室内は所々明かりはあったがぼんやりと薄暗く、エアコンも効いていなかった。
「なにこれー? 蒸熱くて死にそう!」
加奈が露骨にいやな顔をした。
「おい、外にいるやつ! 冷房くらいきかせろよなっ」
内藤は監視カメラに向かって凄んでみたが、カメラは赤いLEDを点灯させて黙ったままだ。
「そんなこと言っても無駄じゃねえの? 俺は先に行かせてもらうぜ」
がっしりした体格の中谷は会話に加わる事もなく前に歩き始めた。
「ちょっと待ってよ。遅れてくる男がいるけどどうするつもり? 競争相手は少ないほうがいいんじゃないの?」
真樹が先を急ぐ中谷を呼び止めた。
「それもそうだな……」
立ち止まった中谷は、テーブルに置いてあるガラス製の灰皿に視線を移した。
「邪魔者は一人でも少ないほうがいい……か」
中谷が背中を向けたまま答えた。すかさず真樹が話を続けた。
「それじゃこうしない? あいつが入ってきたら私がうまく話しかけて注意を引くよ。そうしたら、後ろからあいつを殴って気絶させるの。」
「その考えいいと思うよ。私、女だから男なんて倒せないし……」
真樹の考えに加奈が同調した。遥は普段の生活では考えられない唐突で意外な会話の流れに、膝がぶるぶる震えていた。男を殴って気絶させる話をしている人がすぐ隣にいる。それも平気な顔をして話している。そう考えるだけで、遥は意識がどこか飛んでいってしまいそうだった。その時、左手で硬く握りしめていた携帯電話が震えた。呼び出しが一回、二回、三回続いて止まった。
「メール?」
すぐに遥は渡された折りたたみ式の携帯電話を開いて未開封のメールを読んだ。そのメールには、遅れてスタートしてくる加藤の写真と詳しい犯罪履歴が載っていた。
「そんな……」
恐怖心を隠しきれない遥は、大きくため息をついた。
「どうしたの? あんた顔が真っ青だよ」
心配そうな表情をした真紀が、小刻みに震える遥の顔を覗きこんだ。
「このメール見てください、多分遅れてくる男の人だと思うんですけど…… みんなにも送られてきてないですか?」
「見せてみな」
真樹は遥から携帯電話を受け取ると、興味深そうにそのメールを読み始めた。
「この男、女性や老人を狙った引ったくりの常習犯だってさ。弱い相手とみると手加減しないみたいで、被害者の中には暴行を受けて重症になった人もいるって書いてある。もう二回刑務所に世話になってるらしいよ」
「冗談だろ?」
中谷は右手にもった灰皿に自然と力が入った。
「なんで、そんな人がここにいるのよー!」
加奈の焦燥した声が、がらんとしたホテルのロビーに響いた。
「それじゃ、意識を取り戻しても俺達の邪魔ができないように、念のため足も折っておくか? そのほうが利口だよな? 三千万の大金が手に入るなら、軽い傷害で捕まっても、正当防衛を主張すれば1ヶ月で務所から出てこられるし。あと、ライバルは少ないほうがいいだろ?」
中谷の暴力的な問いかけに、周りにいた参加者が戸惑いをみせた。しかし真樹だけは涼しい顔で中谷の話を聞いていた。
「いいんじゃない、やっちゃいなよ。そのほうがみんな安心できるしね。こういう時は徹底的にやるのがいいのさ。なんなら私が、両足まとめて折ってもいいよ」
真樹は顔色ひとつ変えずに中谷の話に乗った。
「おっ、意見があったじゃん! これで話はきまりだな」
予期せぬ真樹の賛成意見に、中谷は冷たい笑みを浮かべた。
「まあ、あまり人にけがをさせるのは良くないけど、状況が状況だしね。それに一度、その男は足腰立てないようにしたほうがいいね。天罰を下してやらなきゃ!」
大げさなジェスチャーで佐野がこの場にいない加藤を罵った。佐野はテレビドラマでしか見たことのない残虐なリンチシーンを、すぐ目の前で見られることに興奮していた。
「お年寄りをひどい目に合わせる人間の当然の報いですね……」
佐々木が眉をひそめた。
「それじゃ、あんたの段取りであいつを仕留めるとするか。男の俺達はロビーのどの辺に隠れたらいい?」
「そうね、エレベータ近くのソファの後ろがいいんじゃない?」
「分かった!」
九人はそれぞれの役割を確認すると、自分の持ち場で息を潜めた。むせるほど熱い室内に冷たい風が一瞬吹いた。九人の目の色が変化した。
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