第4話 10人の参加者
「うわー、気持ちいいーっ! 東京とは空気の味がぜんぜん違うわー!」
新宿駅からバスに乗って約三時間で伊香保温泉に着いた。目の前にしている山深い景色は混沌とした新宿の街とは対照的だ。たった三時間でこれだけ劇的に景色が変化するものかと遙は素直に驚いた。
「えーと、待ち合わせは伊香保バスターミナルでいいんだよね。だいたい時間通りかな?」
スマホの時刻を見る。十三時の待ち合わせまであと三十分だ。受信メールから、あの『プレゼントメール』を開く。
「確か、迎えの白いマイクロバスが来ているはずなんだけど……」
ぐるっと周りを見回すと、道路を挟んだ向こう側にそれらしいバスが止まっていた。そのバスの前では旅行の添乗員のような格好をした男がこちらに向かって微笑んでいた。
「あれね!」
早足にバスに近づくと、遙は少しはにかみながら軽く挨拶をした。
「こんにちは! あのグローバル企画さんですか?」
「お待ちしていました。担当の井上と申します。それではゲームパーティ会場までご案内いたします。三千万円当たるといいですね!」
井上と名乗る男が優しく微笑んだ。年齢は三十代前半くらいで、清潔で落ち着いた雰囲気をかもしだしていた。
「あっ、はい。あと、はずれても三万円の交通費はもらえるんですよね?」
自分好みの男に、あつかましいと思われるのはいやだったが、念のために遙は聞いてみた。
「もちろん差し上げますので、ご安心ください」
「ありがとうございます! 今、給料日前であまり余裕がないんです!」
「ゲームが終わりましたら、すぐ皆さんにお渡します。今日は楽しんでくださいね!」
井上は上品な身のこなしで、遙を空いている席に案内し座らせた。井上はまばらに乗った参加者を目の前にして、丁寧にお辞儀をした。
「皆さん、今日は私達が開催するゲームパーティに参加して頂きまして、本当にありがとうございます。今回の企画は、会社創立十周年記念として企画いたしました。ぜひお楽しみになってください。会場へは二十分ほどで到着する予定ですので、もうしばらくお待ちください!」
最後の乗客を乗せたバスがゆっくりと走り出した。標高が東京よりもかなり高いため冷房を強くしなくても車内は快適だ。乗降口のすぐ後ろの座席に座った遥は、バスの中をちらっと一瞥してみた。シートに隠れて正確な人数は分からないが、十人くらいは座っていそうな感じだ。
(これから大金がもらえるゲームパーティがあるのに、みんな静かねー。まあ、これが終わったら、会うこともないし話してもしようがないか……)
遥は車内の静まりかえった雰囲気に少し違和感を感じていた。もうすぐこの中の誰かに三千万円もの大金が手に入るなら、隣同士でお金の話で盛り上がっていてもおかしくないと思ったからだ。
(それにしても、みんな元気ないなー。ゲームの前で緊張してるって訳じゃないよねー?)
通路を挟んで隣のシートに、ぼんやりと窓の外を眺めている五十代後半くらいの男が見えた。立てば長身百八十センチはあるだろう白い詰襟のスーツを着ている男は、そわそわしてなんだか落ち着かず、何かに怯えているようだ。前の席に目を移すと、ピンクのキャミソールを着た若い女が、ずっと貧乏ゆすりをしていて、こちらも楽しそうな雰囲気とは無縁のようだった。
(なんかやばい所に来ちゃったかも……)
低いエンジン音を響かせて、曲がりくねった坂道を登っていく。遥の席は道路中央の車線側にあるので、隣の白いスーツの男の頭越しに、窓の外の景色を見た。雲のない夏空の下、関東平野が眼下に広がった。
(きれいだなー、この景色。これなら埼玉を通り越して東京まで見えるような気がする)
遥が外の景色に見とれていると、前の席に座っていた井上がにこやかに振り返った。
「あと三つくらいカーブを曲がったら、ホテルの入り口が見えるはずです。あと、これから行くホテルは私達の貸切りとなっていますので、のびのびと自由に楽しんでくださいね」
「はい! でも井上さんの会社って、すごく儲かっているんですね。会社の創立記念に、こんな大金をかけたキャンペーンができるなんて、すごいです!」
「おかげさまで私たちの会社は順調に業績を伸ばしています。これもお客様、皆さんのおかげだと思っています」
そのとき、斜め前の席に座っていたピンクのキャミソールの女が、二人の会話に割り込んできた。年齢は遥より少し若い二十才くらいで、服装もメイクも流行のギャルファッションそのままという感じだ。
「ねえー、井上さん、ゲームに勝ったら本当に三千万円もらえるのー?」
重ね塗りしたマスカラと濃いアイラインをひいた目を大きくして、女が甘えた声をだした。
「安心してください、加奈さん。お金はちゃんと用意してありますから」
「ふーん、人から高い利息巻き上げているだけじゃないんだねー。たまには気前いいことするじゃん、ははっ!」
「手厳しいですねー、加奈さんは!」
「こっちは体売って、借りた金の高い利息払ってるんだからさー。そのくらい言わせてもらってもかまわないでしょ?」
加奈はにこやかに答えた井上に、軽いいやみを言った。
「今日のパーティは、皆さんに心から楽しんでもらうのが目的なんですから、加奈さんもお手柔らかにお願いしますよ」
「何言ってるんだか。いつも調子いいことばっかりしか言わないんだから!」
慣れた態度でいやみをかわす井上に、加奈は少しあきれ顔になって、すぐに背を向けた。
「井上さん、あの人、何言ってるんですか……?」
加奈という女性の意外な話に戸惑った遥は、目の前にいる井上に小声で話しかけた。
「はい、加奈さんは私達が懇意にしているお客様です。今回の参加者十名の中では、遥さんだけが一般からのご招待となっています」
「えっ、そうだったんですか?」
「そうです。ですから遥さんは本当に幸運だったんですよ。そろそろ、ホテルの入り口に通じる道に入ります。少しバスが揺れると思いますので気をつけてくださいね」
井上はそう言うと、バスを運転している男のほうに向き直り、短い会話を数回交わした。
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