第3話 残像
電車から見える景色が目の前を通り過ぎていく。それがせわしなく思えるのは、仕事で疲れているせいなのか、電車の中が混んでいるせいなのか分からなかった。電車のスピードがだんだん落ちてくる。窓の外が明るくなった。
(急いで走っていけば、19時32分のバスにまだ間に合うはずだよね!)
電車のドアが開く。遥は足早に階段を駆け下りて行った。高い靴音を響かせ、一番で改札を通り抜けてバス停に向かう。
(良かったー、まだいるよー!)
遥が乗るとすぐにバスの扉が閉まった。たぶん走ってくる遥の姿が見えていたのだろう。
「すいませーん!」
運賃を入れる時に、遥は軽くお辞儀をした。バスが動き出す。近くに空いている席を見つけてすぐに座る。席に着くと遥は目を閉じた。仕事でモニタを長時間見ていたせいで、目が疲れていたからだった。アパートまで十五分くらいなので目を休ませるには丁度いい感じだ。
(今日はスーパーの惣菜で間に合わせようっと。あのチャーハンまだ売ってるかな? 五目焼きそばでもいいんだけど……)
目を閉じながら、スーパーで買うものを頭に思い描いた。
買い物袋を提げて階段を上っていく。遥の部屋は五階建てのマンションの最上階にあった。騒音もなく窓から見える景色もきれいで気に入っていたが、エレベータがないのが少し不満だった。
「ただいまー!」
電気のついていない部屋に元気よく帰宅した。大学時代からずっと一人住まいだが、帰宅のあいさつは実家に住んでいたときと今でも同じだ。
「って誰もいないんだけどね」
買い物袋を冷蔵庫の上に置いて、十個入りの卵のパックとウーロン茶を冷蔵庫のいつもの棚に入れた。
「さあ、ご飯でもたべようかな!」
着ている服をハンガーに掛けていつもの服に着替える。テレビのスイッチを押す。見慣れているタレントのはしゃぐ姿が映った。
「相変わらずバカやってるわねー」
買ってきたチャーハンをほおばりながら、ウーロン茶が入っているコップを左手で握った。
「他に何か面白い番組ないかなー?」
テレビのチャンネルをリモコンで次々と変えていく。
「どれもみんなマンネリなんだよね、タレントも同じだし」
何のチャンネルを見るか決めかねている時、テーブルに置いたスマホの着メロが鳴った。
「誰ーっ? ご飯の途中なんだけど」
スマホのサブディスプレイを見てみる。大学で同じ学部の同級生だった晃一からだ。仕事の事で時々飲みに誘ったり誘われたりしてる間になんとなく付き合い始めた。
「もしー! 晃一、元気ー? 最近連絡なかったけど、新しい彼女でも出来たの?」
「冗談言うなよ、俺は遙だけだよ。今日そっち行っていい?」
「今日はだめなんだよねー! ちょっと用事があるから。それより日曜日あいてる?」
「日曜日? 買い物にでも行くの?」
「そんなんじゃないけどさ。もしかしたら日曜日、三千万円当たるかも知れないのよね」
「三千万円が当たる? 宝くじの抽選でもあるのかよ?」
「そこなんだけど、会場が伊香保温泉になっているのよ。賞金もらったら何かご馳走してあげるからさ。一緒に行かない?」
「俺はいいよ。今、新しい仕事任されて、覚えること案外あるから。伊香保温泉は東京よりずっと涼しいから、旅行するにはいいんじゃない?」
期待していた晃一の答えが違うものだったので、遙は少しがっかりした。
「なんだ、つまらないのー。それじゃ一人で行くからいいよ」
「その代わり、伊香保温泉から帰ってきたら電話してよ。一緒に夕食でも食べようぜ」
「出来たらね。じゃっ、またね」
「じゃ、日曜日! 電話まってるよ!」
「はい、はい」
遙はスマホをテーブルに置いた。
「あーあ、一人で行くのかー!」
冷めたチャーハンを口に持っていく。
「それより、まだ私、日曜日に行くって決めたわけじゃないんだけど」
遙は一度置いたスマホをもう一度手に取った。受信メールの一覧から、『必ず十人の中から当たる!』を見つける。
「ゲームで負けても、三万円はもらえるんだよね。今月、少し使い過ぎたからお小遣い足りないし。申し込んでみようかな? 晃一にも行くって言っちゃったし……」
最近買い換えた軽くて薄いスマホは遥のお気に入りだ。前のスマホは多機能だったが重たく、買ってから後悔した。だから今回は前回の逆を行く事にしてみた。
「まあ、行く気になれなかったら、行かなければいいだけの事よね。参加するのは無料なんだから……」
ベッドに置いてある愛用の長枕に顔をうずめて、遥は『参加する』のボタンを押した。
『ゲームへのご参加ありがとうございます。これから開催日時と会場への行き方をご説明させて頂きます。そのままお待ちください』
テキスト画面が切り替わると、女性のアナウンサーの映像が映し出された。優しく語りかけるような声で開催日時、開催場所への行き方が説明される。ただ耳に流れてくるBGMはあまりセンスを感じなかった。占いや催眠術などのテレビ番組で流れている音楽に似ていたからだ。
「あはは、アナウンサーが説明してくるなんて凝ってるじゃない。でもバックの音楽はセンスないなー」
興味深く映像を見ていた遙だったが、なぜか神経が興奮して異常に疲れている事に気づいた。原因は映像のちらつきなのか、女性アナウンサーの声なのか、流れてくる音楽なのか最後まで判然としなかった。
『なおゲームへの参加は当選者様のみとさせて頂きます。もし他の方と一緒にお越しの場合、ゲームの参加権は無効となりますのでご注意ください。それでは会場でお会いできる事を心よりお待ちしております』
映像が終った。ぼんやりと夢心地状態になっていた遙がはっと我に返った。流暢に話していた女性アナウンサーの姿はもう消えていて、かわりに白と黒の模様みたいな記号が奇妙な動きをしていた。
「私、ムービー見ながら寝ちゃったのかしら。疲れてるのかな?」
遙はベッドから起き上がるとテーブルの上を片付けた。
「今日は早くシャワー浴びて寝よっと! 日曜日は賞金ゲットだぜ! なーんてね、ははっ!」
遙は時計の針の進む音が急に大きくなったような気がした。
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